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17 目覚め
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「……せ、離せっ! おい、起きろよっ」
自分の腕の中で何かがモゾモゾ動く気配を感じ、私は意識を取り戻した。
しかし、目が開かない。私は、起きている。離せという声も聞こえる。だが、瞼が非常に重い上に、睫毛は張り付いているような感覚さえする。一旦ぎゅっと力を入れて目をつぶり、ゆっくり瞼を持ち上げると、睫毛がパリパリ音を立てながら、ようやく少し外の世界が視界に入った。すると、目の前には顔を真っ赤にして何やら吠えている王太子がいた。
「あ、ごめん」
私が腕を緩めると、王太子は逃げるようにサカサカサカサカッと寝台の外へ降りた。そしてその場でしゃがみ込み、三角座りをしてうなだれてしまった。
昨夜あのまま寝てしまったのだろう。朝日の眩しさを感じながら、私はゆっくりと身体を起こした。
「……信じられない……てかなんでこんなとこで寝てるんだ……しかも勝手に俺に抱きつくとか……」
(勝手に抱きついてきたのはあんたでしょうが)
ブツブツ小声で文句を垂れている王太子は放っておいて、髪をとかすために鏡台へ向かった。椅子に座り正面を見る。すると、そこには、まごうことなきブスが、こちらを見ていた。
「ぶっっっ……さ! ぇ、まじ…?」
自分が不美人であることは知っていたが、今朝の顔はいつもとは比べ物にならない程酷い。瞼は真っ赤にぱんぱんに腫れ上がり、睫毛には目やにがこびりついている。そしてその下の目なんて、薄く糸のようにしか開いていない。涙で寝化粧はまばらに剥がれ落ち、ところどころ川の跡やら干魃やらが起こっているような状態だった。
(昨日、泣き過ぎたからなー。しかしこりゃひどい……)
私が自分の酷い顔を眺めながら少し顔をこすっていると、床にしゃがんた王太子がまたボソボソと何か喋り出した。
「……だから言ったじゃないか……それなのに俺に酷いこと言って……妃のくせに……ていうか全然話が違う……」
独り言のように下を向いて呟く王太子に、朝から無駄に感情が動いてしまった。私は立ち上がって王太子の側まで行き、彼の前にしゃがみ込んだ。
「ねぇあんたさ、そうブツブツ小声で言うんじゃなくて、言いたいことあんならハッキリ言いなよ」
王太子はビクッと身体を跳ねさせると、急に立ち上がってヨタヨタと戸の方へ走っていった。
「おい、黎! 黎はいるか? 帰るぞ、支度しろ!」
彼もまた寝起きのまま髪も服も崩れている状態だったが、こちらを振り返りもせずにあの宦官と思われる名前を呼び、慌てて帰っていった。ボソボソしか喋れないのかと思ったら、意外と普通に喋れるんじゃないか、と思った。
そして彼が出ていったのと入れ替わりに、菖蒲が部屋へ入ってきた。
「おはようございます、青妃。昨晩は御勤めご苦労様でございました」
「あ、いや……」
御勤めも何も、結局何もしていない。国王に続き王太子にも逃げられた?となれば、またがっかりさせてしまうだろうか。いや、嘘をついて誤魔化しても仕方あるまい。
私は正直に、昨晩呼びつけた時は殿下は本当に寝ていて、そのまま自分もぐっすりと眠ったことを話した。
「だから、昨日の疲れもばっちり取れたわよ。あ、顔は酷いもんだけど!」
「青妃……」
あ、そんな、憐れむような目で見ないで。
私、本当に気にしてないから。
そう思ったのは本当だった。
昨日は、本当に色々なことがあった。私が今までの人生で築き上げてきたものが一気に崩れ、そしてこれから生きる縁も何もかも、失ってしまった。ーーいや、最初からそんなものなかったのだと、突きつけられてしまったといった方が正しいかもしれない。
私の縋っていた世界は崩壊し、まっさらになった。
そんなところへ王太子が現れ、つい感情を爆発させてしまった。人に掴みかかったのも、大声で罵ったのも、生きてきて初めての経験だった。だがそのことにより、やけにすっきりした気分を感じてしまった。感情を偽らずに吐き出すということは、こんなにも気持ちがいいものなのかと、衝撃を受けた。
これで、私は立ち上がれるような気がした。
私はもう、何も演じない。
私はこれから何者でもなく私として生きると、心の中で誓いを立てた。
自分の腕の中で何かがモゾモゾ動く気配を感じ、私は意識を取り戻した。
しかし、目が開かない。私は、起きている。離せという声も聞こえる。だが、瞼が非常に重い上に、睫毛は張り付いているような感覚さえする。一旦ぎゅっと力を入れて目をつぶり、ゆっくり瞼を持ち上げると、睫毛がパリパリ音を立てながら、ようやく少し外の世界が視界に入った。すると、目の前には顔を真っ赤にして何やら吠えている王太子がいた。
「あ、ごめん」
私が腕を緩めると、王太子は逃げるようにサカサカサカサカッと寝台の外へ降りた。そしてその場でしゃがみ込み、三角座りをしてうなだれてしまった。
昨夜あのまま寝てしまったのだろう。朝日の眩しさを感じながら、私はゆっくりと身体を起こした。
「……信じられない……てかなんでこんなとこで寝てるんだ……しかも勝手に俺に抱きつくとか……」
(勝手に抱きついてきたのはあんたでしょうが)
ブツブツ小声で文句を垂れている王太子は放っておいて、髪をとかすために鏡台へ向かった。椅子に座り正面を見る。すると、そこには、まごうことなきブスが、こちらを見ていた。
「ぶっっっ……さ! ぇ、まじ…?」
自分が不美人であることは知っていたが、今朝の顔はいつもとは比べ物にならない程酷い。瞼は真っ赤にぱんぱんに腫れ上がり、睫毛には目やにがこびりついている。そしてその下の目なんて、薄く糸のようにしか開いていない。涙で寝化粧はまばらに剥がれ落ち、ところどころ川の跡やら干魃やらが起こっているような状態だった。
(昨日、泣き過ぎたからなー。しかしこりゃひどい……)
私が自分の酷い顔を眺めながら少し顔をこすっていると、床にしゃがんた王太子がまたボソボソと何か喋り出した。
「……だから言ったじゃないか……それなのに俺に酷いこと言って……妃のくせに……ていうか全然話が違う……」
独り言のように下を向いて呟く王太子に、朝から無駄に感情が動いてしまった。私は立ち上がって王太子の側まで行き、彼の前にしゃがみ込んだ。
「ねぇあんたさ、そうブツブツ小声で言うんじゃなくて、言いたいことあんならハッキリ言いなよ」
王太子はビクッと身体を跳ねさせると、急に立ち上がってヨタヨタと戸の方へ走っていった。
「おい、黎! 黎はいるか? 帰るぞ、支度しろ!」
彼もまた寝起きのまま髪も服も崩れている状態だったが、こちらを振り返りもせずにあの宦官と思われる名前を呼び、慌てて帰っていった。ボソボソしか喋れないのかと思ったら、意外と普通に喋れるんじゃないか、と思った。
そして彼が出ていったのと入れ替わりに、菖蒲が部屋へ入ってきた。
「おはようございます、青妃。昨晩は御勤めご苦労様でございました」
「あ、いや……」
御勤めも何も、結局何もしていない。国王に続き王太子にも逃げられた?となれば、またがっかりさせてしまうだろうか。いや、嘘をついて誤魔化しても仕方あるまい。
私は正直に、昨晩呼びつけた時は殿下は本当に寝ていて、そのまま自分もぐっすりと眠ったことを話した。
「だから、昨日の疲れもばっちり取れたわよ。あ、顔は酷いもんだけど!」
「青妃……」
あ、そんな、憐れむような目で見ないで。
私、本当に気にしてないから。
そう思ったのは本当だった。
昨日は、本当に色々なことがあった。私が今までの人生で築き上げてきたものが一気に崩れ、そしてこれから生きる縁も何もかも、失ってしまった。ーーいや、最初からそんなものなかったのだと、突きつけられてしまったといった方が正しいかもしれない。
私の縋っていた世界は崩壊し、まっさらになった。
そんなところへ王太子が現れ、つい感情を爆発させてしまった。人に掴みかかったのも、大声で罵ったのも、生きてきて初めての経験だった。だがそのことにより、やけにすっきりした気分を感じてしまった。感情を偽らずに吐き出すということは、こんなにも気持ちがいいものなのかと、衝撃を受けた。
これで、私は立ち上がれるような気がした。
私はもう、何も演じない。
私はこれから何者でもなく私として生きると、心の中で誓いを立てた。
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