身代わりで隣国に嫁がされましたが、チー牛王子となんやかんや仲良く生きていきま、す?

佐伯 鮪

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13 さよなら、私

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「私、朱琳しゅりんは、本日を以て青妃付きの侍女を辞させていただきます」


 国王の一件からまたしばらく経った頃、突如朱琳から退職宣言をされた。

 国王は私を王太子妃に、ということであったが、王太子の訪れは未だなかった。住まいはこのままで良いとのことだったので、結局これまでと変わらぬ日々を過ごしていたある日のことだった。

 あのあとすぐに東龍国王へは青妃の名で朱琳が、皓月様へは朱琳の名で私が、起こったことを手紙に書いて出した。朋央国王からも正式な通知は行っているはずだったが、祖国からの返事や指令は、特になかった。

「辞めて、どうするの? まさか国へ帰るとか……」

 そんなこと、できるはずがない。東龍国の元公主が、妃の立場を侍女に押し付けて自分だけ国へ帰ってきた、など許されるわけがない。

「いえ。国には帰りません。妃付きでない女官になります。宮廷楽団の管理の仕事に空きが出て、そこへ入れていただけることになったのです」
「楽団?」

 例の、美形の宦官達が集う団体か。相変わらず後宮内を走り回っていた彼女は、様々なところに顔を出し、女官長などとも伝手を作って、上手いこと希望の仕事を見つけたらしい。

「もう、祖国のことは断ち切ることにしましたから。私は私の道を行く。オトウサマの命令に背いても、後宮ここにいる限り向こうだって手出しはできませんからね」

 朱琳はにっこりと微笑んで、吹っ切れたように言った。
 その台詞は、まるで私に対しても言い聞かせているようにも聞こえた。

「……やりたいことをやる、と言っていたものね。元気でね」
「青妃、これまで本当に本当にありがとうございました。貴女も、どうかご自身を大切に」

 本当にもう、彼女のせいで散々だ。

 もし彼女が私との入れ替わりを行っていなければーー
 予定通り、国王は彼女を妃とし、私たちは間諜の真似事を続けていただろう。彼女は国王に気に入られ、私は知り得た情報を皓月様へ流していく。そしていつか祖国へ帰りーー、

「それともう一つ、ご報告がございます」

 朱琳は、懐から巻物を取り出して見せた。

「東龍国の第二王子である青皓月ハォユェから、青妃の侍女、朱琳宛の書簡です」
「えっ……!」

 他の宮女は部屋から払っていて良かった。この動揺を見られてしまっては、何かと不審に思われてしまうことだろう。

 朱琳宛、ということは、私宛、ということだ。祖国へは、私達の入れ替わりのことは伝えていない。向こうは当然、妃は彼女であり、侍女は私であるという認識だ。
 私は高鳴る心臓を必死で押さえ、その書簡を受け取った。

 巻物をゆっくり開いていく。皓月様の美しく力強い文字が、本人のものであることを示していた。
 だが、そこに書かれていた内容は、およそ私が期待していたものではないどころか、地面も天井も同時に崩れ落ちていくような、そんなものであった。

 その場でへたり込みそうになった私を朱琳は咄嗟に支え、部屋の長椅子まで誘導した。あの公主様が、こんなことができるようになったのだな、と、ふらつく頭で何故かふと思った。

 書簡には、このようなことが書かれていた。
 
 東龍国の三公のうちの一人の娘を、妻に迎えたこと。
 もう自分宛に手紙を送ってくる必要はないこと。
 そして、朋央国で、これからもずっと妹を支えて頑張ってほしい、との言葉で締めくくられていた。

「ふふ、うふふふ……用済みって、ことかな」

 何故だか乾いた笑いが込み上げてくる。

「青妃……」
「……知っていたのね、朱琳」

 国王がここを訪れた夜、彼女が意味深なことを言っていたことを思い出した。皓月様は約束を破っている、というような意味に取れることを。

「はい。彼の結婚のことは、私たちがここへ来ることが決まるより前に、話がありました。それから、朱琳を青公主の付人に推薦したのは自分である、とーーそう言っておりました」

 あぁ、なるほど。

 身分の低い私なんかより、国の重鎮の娘の方が、よっぽど今後を有利にしてくれるだろう。向上心の強い彼ならば、当然の判断と言える。
 厄介払いをしたい彼にとって、妹の隣国への結婚は渡に船だったに違いない。邪魔な女を後腐れなく遠くへ追いやり、戻ってこれなくするには打って付けの話だった。

 彼は、容姿で見下されがちな私に、決してそのようなことは言わなかった。可愛いと、好きだと言われ、あっさりと身体を許し、のぼせ上がってしまった。なんと滑稽な、ちょろすぎる女。

 そして、王妃ではなく王太子妃の宮女となった朱琳わたしからの情報と、その手紙のやり取りを妻や他の人間に知られる危険性を天秤にかけ、前者は不要との判断をしたのだろう。

 うん、理解できる。
 皓月様あのひとなら考えそうなことだと……。

「青妃」
「あ、ごめんなさい。これからは、官舎に住むの?」
「はい。では………」
「……あ、待って。最後に教えて。あの時、国王陛下のお誕生日に、何を贈ったの?」

 私の質問に、朱琳は一瞬きょとんとして、微笑みを作ってから答えた。

「男性用の、くしかんざしです」
「……何で?」
「うーん、一種の賭けというか、まぁ、面白そうだったから?かな。ふふっ」

 無邪気に笑うその顔は、相変わらず花のように愛くるしかった。
 その笑顔を向けていれば、国王はその贈り物についても不問にするつもりだったのだろう。
 今更、この件について怒る気にもなれなかった。


「そう、引き止めてごめんなさい。支度ができたら、もう行っていいわ」
「はい、お世話になりました、"青妃"」
「えぇ、さようなら、"朱琳"」
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