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11 愛しい君の為
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「朱琳、待ってたよ」
にっこりと微笑んで抱き締めてくれる、この国の王子様。
私の仕える公主様の、お兄様。
「皓月様……私も、公主様と共に隣国へ行かなければならなくなりました。私、私は、貴方と一緒になりたかったのに……」
私と皓月様は、正式な婚約は交わしてはいないものの、そういう関係にあった。
「あぁ、国王から話は聞いているよ。君が遠くへ行ってしまうなんて、僕は耐えられそうもない」
「皓月様……」
「でも朱琳、大丈夫だよ。妃は後宮を出ることはできないが、侍女であれば何かしら理由をつけて退職することは不可能ではない。もちろん、初めのうちは公主を支えて貰わないといけないから、すぐには無理だけどーー。香月が上手くやって、国王を籠絡できたら、君は帰っておいで。そうしたらその時は、僕と結婚しよう」
「信じていいですか、皓月様」
「あぁ、勿論だ。それと、君も後宮にいる間、その中での様子や人間関係など、僕に教えて欲しい。妃とは違う視点で観察することができるだろう」
「……お役に立てる情報を出せるかどうか」
「その情報が役に立つか立たないかを判断するのは、君じゃない。僕だ。僕も、国に対して功を挙げたいんだ。今は王太子ではないけれど、継承順位が上がれば君にも悪い話ではないはずだ」
「わかりました、頑張ります」
皓月様の顔が近づいて来て、唇が重なる。慣れた手付きでその手は服の中をまさぐりながら、あっという間に私の身体を寝台へと倒れ込ませる。
「僕のためにありがとう、朱琳。ーー大好きだよ」
私の胸の膨らみに顔を埋め、この身体を当分抱けなくなるのは寂しいと、だから今日はいっぱい奉仕して欲しい、と彼は言った。
その言葉に少しひっかかりを覚えながらも、彼に抱かれることに悦びを感じてしまう私は、ただただ従うしかなかった。
*
ーー私たちに課せられた役目は、現国王の懐に入り、その意向を探ること。そして、国王を懐柔し東龍国へ有利に動かすことーー
現国王の妃の座を失った今、国王の意向を閨で探り、かつ東龍国を優位に動かすよう働きかけることなど、不可能になってしまった。
東龍国側が欲しているのは、『今』の情報だ。
数十年後に有利になる"かもしれない"では、意味がない。それだけのうちに、西麟国が攻めてくることだってありえるからだ。皓月様にしても、現国王が入れ替わる前に継承順位を上げ、王太子とならなければ意味をなさないだろう。
「朱琳、これからどうしよう……」
自分でも珍しく、泣き言を漏らした。朋央国へきてから、初めてかもしれない。これから自分の行動をどうすればいいのか、指針が外れてしまったからだ。
「王太子様から、情報を探れるかしら。それに、それができたとしても、国を動かすことはできなくなるわね……」
「青妃……いえ、今だけ元の名でーー『朱琳』と呼ばせて貰うわ。ねぇ、朱琳。貴女はどうして、そんなに役目を果たすことに拘るの? 国のため? それとも、お兄様のため?」
数ヶ月ぶりに、彼女が意図的に口調を元の関係に戻して、私に問いかけた。
「お兄様……皓月様のこと、気づいていらしたのですか」
自然と私も元々の、彼女の付人だった頃のように、敬語で言葉を返してしまう。
「そりゃ、ね。……貴女、朱琳の名でせっせとあいつに書簡を書いているでしょ。国王陛下の命令でもないのに、そこまであの人に肩入れする理由は見つからないわ」
「すみません」
「? 何で謝るの? それにしても、もうお兄様に手紙を出す必要はないのではなくて?」
「でも、約束ですから」
「どんな約束をしたのか知らないけど、約束というのはお互いに守ってこそ成立するものでしょ」
「……それって、どういう」
まるで、皓月様はこちらへの約束を守っていないような口ぶりだ。
「いえ、出過ぎたわ。まぁ、今聞かなくても、いずれわかるわ。今日のところは、やめておきましょう」
「そう、ですか。わかりました」
「朱琳、貴女は本当に素直で真面目ね。他人の意向に逆らわず、言われるがまま何でもやるのね」
「どういうこと、でしょうか」
全てを私に押し付けて、さらに結果的に侮辱まで与えた張本人がこれを言うのか。
「そのままの意味よ。国から言われた私の従者として、間諜として、お兄様の手先として、そして王妃として、貴女は全て抵抗も見せずに受け入れて来た。臣下として、随分と立派なことよ」
「……それが、私の役目だと、果たすべき義務だと……」
「その先に、何があるの? 何を支えに、頑張っているの?」
「……」
「貴女はこのままだと、他人にいいように使われて終わるだけよ」
一体何度思っただろうか。
「お前がそれを言うのか?」と。
だが、反論出来なかった。
皓月様のことにしたって、侍女であれば祖国へ帰ることも数年後位にはできたかもしれない。だが、入れ替わりにより王妃となった時点で、その望みは完全に潰えていたのだと、頭では理解していたはずだった。
それなのに、私は未練がましく約束の書簡を送る作業を続けていた。現実から、目を逸らし続けていたのだ。
「他人に使われるだけ」……他人に使われることが、私の仕事だと思ってやってきた。それが良いか悪いか、そんなことは考えたことはない。
流されるまま、王太子妃になることになったらしいが、いよいよ他人の指示によって自分の行動を定めなくなる時が来たのかもしれない。
腹を括らなきゃいけない。
でも、どうやったらいいのだろう。
いつも他人の指示で動いていた自分に、果たしてそれができるだろうか。
にっこりと微笑んで抱き締めてくれる、この国の王子様。
私の仕える公主様の、お兄様。
「皓月様……私も、公主様と共に隣国へ行かなければならなくなりました。私、私は、貴方と一緒になりたかったのに……」
私と皓月様は、正式な婚約は交わしてはいないものの、そういう関係にあった。
「あぁ、国王から話は聞いているよ。君が遠くへ行ってしまうなんて、僕は耐えられそうもない」
「皓月様……」
「でも朱琳、大丈夫だよ。妃は後宮を出ることはできないが、侍女であれば何かしら理由をつけて退職することは不可能ではない。もちろん、初めのうちは公主を支えて貰わないといけないから、すぐには無理だけどーー。香月が上手くやって、国王を籠絡できたら、君は帰っておいで。そうしたらその時は、僕と結婚しよう」
「信じていいですか、皓月様」
「あぁ、勿論だ。それと、君も後宮にいる間、その中での様子や人間関係など、僕に教えて欲しい。妃とは違う視点で観察することができるだろう」
「……お役に立てる情報を出せるかどうか」
「その情報が役に立つか立たないかを判断するのは、君じゃない。僕だ。僕も、国に対して功を挙げたいんだ。今は王太子ではないけれど、継承順位が上がれば君にも悪い話ではないはずだ」
「わかりました、頑張ります」
皓月様の顔が近づいて来て、唇が重なる。慣れた手付きでその手は服の中をまさぐりながら、あっという間に私の身体を寝台へと倒れ込ませる。
「僕のためにありがとう、朱琳。ーー大好きだよ」
私の胸の膨らみに顔を埋め、この身体を当分抱けなくなるのは寂しいと、だから今日はいっぱい奉仕して欲しい、と彼は言った。
その言葉に少しひっかかりを覚えながらも、彼に抱かれることに悦びを感じてしまう私は、ただただ従うしかなかった。
*
ーー私たちに課せられた役目は、現国王の懐に入り、その意向を探ること。そして、国王を懐柔し東龍国へ有利に動かすことーー
現国王の妃の座を失った今、国王の意向を閨で探り、かつ東龍国を優位に動かすよう働きかけることなど、不可能になってしまった。
東龍国側が欲しているのは、『今』の情報だ。
数十年後に有利になる"かもしれない"では、意味がない。それだけのうちに、西麟国が攻めてくることだってありえるからだ。皓月様にしても、現国王が入れ替わる前に継承順位を上げ、王太子とならなければ意味をなさないだろう。
「朱琳、これからどうしよう……」
自分でも珍しく、泣き言を漏らした。朋央国へきてから、初めてかもしれない。これから自分の行動をどうすればいいのか、指針が外れてしまったからだ。
「王太子様から、情報を探れるかしら。それに、それができたとしても、国を動かすことはできなくなるわね……」
「青妃……いえ、今だけ元の名でーー『朱琳』と呼ばせて貰うわ。ねぇ、朱琳。貴女はどうして、そんなに役目を果たすことに拘るの? 国のため? それとも、お兄様のため?」
数ヶ月ぶりに、彼女が意図的に口調を元の関係に戻して、私に問いかけた。
「お兄様……皓月様のこと、気づいていらしたのですか」
自然と私も元々の、彼女の付人だった頃のように、敬語で言葉を返してしまう。
「そりゃ、ね。……貴女、朱琳の名でせっせとあいつに書簡を書いているでしょ。国王陛下の命令でもないのに、そこまであの人に肩入れする理由は見つからないわ」
「すみません」
「? 何で謝るの? それにしても、もうお兄様に手紙を出す必要はないのではなくて?」
「でも、約束ですから」
「どんな約束をしたのか知らないけど、約束というのはお互いに守ってこそ成立するものでしょ」
「……それって、どういう」
まるで、皓月様はこちらへの約束を守っていないような口ぶりだ。
「いえ、出過ぎたわ。まぁ、今聞かなくても、いずれわかるわ。今日のところは、やめておきましょう」
「そう、ですか。わかりました」
「朱琳、貴女は本当に素直で真面目ね。他人の意向に逆らわず、言われるがまま何でもやるのね」
「どういうこと、でしょうか」
全てを私に押し付けて、さらに結果的に侮辱まで与えた張本人がこれを言うのか。
「そのままの意味よ。国から言われた私の従者として、間諜として、お兄様の手先として、そして王妃として、貴女は全て抵抗も見せずに受け入れて来た。臣下として、随分と立派なことよ」
「……それが、私の役目だと、果たすべき義務だと……」
「その先に、何があるの? 何を支えに、頑張っているの?」
「……」
「貴女はこのままだと、他人にいいように使われて終わるだけよ」
一体何度思っただろうか。
「お前がそれを言うのか?」と。
だが、反論出来なかった。
皓月様のことにしたって、侍女であれば祖国へ帰ることも数年後位にはできたかもしれない。だが、入れ替わりにより王妃となった時点で、その望みは完全に潰えていたのだと、頭では理解していたはずだった。
それなのに、私は未練がましく約束の書簡を送る作業を続けていた。現実から、目を逸らし続けていたのだ。
「他人に使われるだけ」……他人に使われることが、私の仕事だと思ってやってきた。それが良いか悪いか、そんなことは考えたことはない。
流されるまま、王太子妃になることになったらしいが、いよいよ他人の指示によって自分の行動を定めなくなる時が来たのかもしれない。
腹を括らなきゃいけない。
でも、どうやったらいいのだろう。
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