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9 王妃、クビ
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この部屋に国王が到着した知らせを受け、朱琳がさっと扉を開けた。
ず、ず、と部屋に人の入ってきた気配がして、それは私から少し離れた位置で足を止めた。拱手の礼をして下を向いている私は、そのままの姿勢で挨拶をした。
「来るのが遅くなって、すまなかったポォン。それに関しては謝るポォン。だがポォン……あの誕生日の祝いの贈り物、あれはなんだポォン?」
あの時、誕生日祝いの会の時に聞いた口調のまま、国王は言った。しかしどうやら、その言葉には怒りが込められているようだ。
(誕生日祝いの、贈り物……?)
朱琳に一任すると言って、その後最終的にどれにしたか、確認していなかったことに気づいた。
一体、何を贈ったというのだろうか。
私は冷や汗が噴き出してくるのを感じながら、下を向いたまま答えられずにいた。
「君には昔、会ったことがあるポォン。だいぶ小さかったと思うけど、覚えてるかな? あの頃の君は、とても愛らしかった。その愛らしさで朋に尽くしてくれるなら、贈り物のことを水に流してもいいポォン。……そんなに震えて、怖がらなくても大丈夫だポォン。さ、顔を上げるポォン」
国王が、私の髪飾りに触れた。それが、合図だ。
ここまで来たら腹を括るしかない。私は恐る恐る顔を持ち上げた。
「ぶっ、さ……え? ポ、ポポ……ポォン」
カシャン、と髪飾りが床に落ちる音がして、部屋は静寂に包まれた。
「…………」
「ブス」や「ブサイク」だと言われるのは、まぁ慣れてはいる。常にあの美しく可憐な公主様と共にいたのだから、挨拶がわりに呼ばれることだってしばしばだった。普段、国中から集めた美女に囲まれて過ごしている上、幼い頃の公主様が育った姿を想定していたのだとしたら、国王が私の顔にがっかりするのも仕方がないといえよう。
沈黙の中、行燈の明かりだけが揺らめき、国王の少し脂っぽい頭皮を怪しく照らした。
「成長して、随分と変わったポォンねぇ」
「……自分ではあまり、わかりかねます」
(そりゃそうだろ……アンタが見た愛らしい公主は、さっきこの部屋の扉を開けた侍女だよ、残念でした)
心の中でだけ悪態をついて、次の動きを待った。
このまま、退散することもあり得るだろうか? しかし、だとしたら二度と私の元へは訪れないかもしれない。
それは、いろいろとまずい。妃として与えられた役目を果たすことができなくなってしまう。
縋り付いた方がいいのだろうか? 抱いて下さい、と……
「ポォン!」
私が悶々と考えていると、国王が謎の雄叫びを上げ、握り拳を自身のもう片方の手の平に打ちつけた。
「そうだったポォン、大変なことを忘れていたポォン。君は、東龍国から来た青公主は、朋の妃ではなくて、王太子妃とするはずだったポォン!」
跪いて顔だけ上げた姿勢で固まっている私に、国王は続けた。
「東龍国は、大事な友好国だポォン。一介の妃にするんじゃなく、朋の息子の王太子にはまだ妻はいないから、ゆくゆくは王后となる立場を与えることになってたはずだったポォン。これは、東龍国にとっては、今、王の妃になるよりもよっぽど有益な話だポォン」
国王は説明口調で矢継ぎ早に捲し立てた。
そんな、馬鹿な。
青公主は確かに、現国王の妃として、ここへ入ることになっていたはずだ。東龍国にいた時にも、何度も念押しされていたから、間違えようはずもない。
(……私がブスだからって、息子に押し付けた、の? それとも、贈り物が不適切だったから?)
朋央国は東龍国との関係をないがしろにはできない、と夏妃が言っていた。国王の妃として受け入れて、御渡りがないということになれば、国同士の関係にも影響する、と。
この国王は、私の顔を見て、今後も自分がここへ来ることはないと考えたのだろう。そして、そのまま放置するわけにいかないから、息子にその役目をなすりつけた、といったところだろうか。
確かに、下位の妃よりも、国王の対となる后になれるという方が、圧倒的に上位の扱いであると言える。社会的身分も国王に次ぐ高さであり、東龍国に有利な計らいだってできてしまう程の権力を持つ。
が、だが。
それは将来的に、の話であって、「今」は王太子妃となったとしても、政治の中枢に関われるわけではない。国王の懐に入り込むことができないのならば、妃として後宮へ入った意味をなさないのではないか。
「すまなかったポォン。朋の勘違いだったポォン。東龍国王へは、朋から手紙を出して、きちんと訂正しておくポォン。君に悪いようにはしないから、安心するポォン」
国王は私の肩をぽんぽんと叩き、踵を返し去っていった。
立ち去る際、パキン、と小さな音が響いた。
それは先ほど落とした、髪飾りが割れる音だった。
ず、ず、と部屋に人の入ってきた気配がして、それは私から少し離れた位置で足を止めた。拱手の礼をして下を向いている私は、そのままの姿勢で挨拶をした。
「来るのが遅くなって、すまなかったポォン。それに関しては謝るポォン。だがポォン……あの誕生日の祝いの贈り物、あれはなんだポォン?」
あの時、誕生日祝いの会の時に聞いた口調のまま、国王は言った。しかしどうやら、その言葉には怒りが込められているようだ。
(誕生日祝いの、贈り物……?)
朱琳に一任すると言って、その後最終的にどれにしたか、確認していなかったことに気づいた。
一体、何を贈ったというのだろうか。
私は冷や汗が噴き出してくるのを感じながら、下を向いたまま答えられずにいた。
「君には昔、会ったことがあるポォン。だいぶ小さかったと思うけど、覚えてるかな? あの頃の君は、とても愛らしかった。その愛らしさで朋に尽くしてくれるなら、贈り物のことを水に流してもいいポォン。……そんなに震えて、怖がらなくても大丈夫だポォン。さ、顔を上げるポォン」
国王が、私の髪飾りに触れた。それが、合図だ。
ここまで来たら腹を括るしかない。私は恐る恐る顔を持ち上げた。
「ぶっ、さ……え? ポ、ポポ……ポォン」
カシャン、と髪飾りが床に落ちる音がして、部屋は静寂に包まれた。
「…………」
「ブス」や「ブサイク」だと言われるのは、まぁ慣れてはいる。常にあの美しく可憐な公主様と共にいたのだから、挨拶がわりに呼ばれることだってしばしばだった。普段、国中から集めた美女に囲まれて過ごしている上、幼い頃の公主様が育った姿を想定していたのだとしたら、国王が私の顔にがっかりするのも仕方がないといえよう。
沈黙の中、行燈の明かりだけが揺らめき、国王の少し脂っぽい頭皮を怪しく照らした。
「成長して、随分と変わったポォンねぇ」
「……自分ではあまり、わかりかねます」
(そりゃそうだろ……アンタが見た愛らしい公主は、さっきこの部屋の扉を開けた侍女だよ、残念でした)
心の中でだけ悪態をついて、次の動きを待った。
このまま、退散することもあり得るだろうか? しかし、だとしたら二度と私の元へは訪れないかもしれない。
それは、いろいろとまずい。妃として与えられた役目を果たすことができなくなってしまう。
縋り付いた方がいいのだろうか? 抱いて下さい、と……
「ポォン!」
私が悶々と考えていると、国王が謎の雄叫びを上げ、握り拳を自身のもう片方の手の平に打ちつけた。
「そうだったポォン、大変なことを忘れていたポォン。君は、東龍国から来た青公主は、朋の妃ではなくて、王太子妃とするはずだったポォン!」
跪いて顔だけ上げた姿勢で固まっている私に、国王は続けた。
「東龍国は、大事な友好国だポォン。一介の妃にするんじゃなく、朋の息子の王太子にはまだ妻はいないから、ゆくゆくは王后となる立場を与えることになってたはずだったポォン。これは、東龍国にとっては、今、王の妃になるよりもよっぽど有益な話だポォン」
国王は説明口調で矢継ぎ早に捲し立てた。
そんな、馬鹿な。
青公主は確かに、現国王の妃として、ここへ入ることになっていたはずだ。東龍国にいた時にも、何度も念押しされていたから、間違えようはずもない。
(……私がブスだからって、息子に押し付けた、の? それとも、贈り物が不適切だったから?)
朋央国は東龍国との関係をないがしろにはできない、と夏妃が言っていた。国王の妃として受け入れて、御渡りがないということになれば、国同士の関係にも影響する、と。
この国王は、私の顔を見て、今後も自分がここへ来ることはないと考えたのだろう。そして、そのまま放置するわけにいかないから、息子にその役目をなすりつけた、といったところだろうか。
確かに、下位の妃よりも、国王の対となる后になれるという方が、圧倒的に上位の扱いであると言える。社会的身分も国王に次ぐ高さであり、東龍国に有利な計らいだってできてしまう程の権力を持つ。
が、だが。
それは将来的に、の話であって、「今」は王太子妃となったとしても、政治の中枢に関われるわけではない。国王の懐に入り込むことができないのならば、妃として後宮へ入った意味をなさないのではないか。
「すまなかったポォン。朋の勘違いだったポォン。東龍国王へは、朋から手紙を出して、きちんと訂正しておくポォン。君に悪いようにはしないから、安心するポォン」
国王は私の肩をぽんぽんと叩き、踵を返し去っていった。
立ち去る際、パキン、と小さな音が響いた。
それは先ほど落とした、髪飾りが割れる音だった。
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