身代わりで隣国に嫁がされましたが、チー牛王子となんやかんや仲良く生きていきま、す?

佐伯 鮪

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3 押しつけ

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 形の良い眉が瑠璃のような瞳に近づき、公主様は不快感を露わにした。そんな顔をしていても生まれ持った美貌は崩れることなく、一層の愛らしさを見せるくらいだから恐ろしい。


「そんな理由ですか? というか、この国の国王陛下は貴女の顔をご存知なのでしょう? 似ても似つかない私が来たら、怪しまれるかもしれませんよ」
「大丈夫よ。会ったのなんて、うんと小さい子供の頃よ。顔が変わっていてもおかしくないわ。それに、ここに私達の顔と名前を知る人はいない。ばれっこないわ」

「しかし、御父上である国王陛下から仰せつかっている御役目はどうなさるおつもりですか」
「問題ないわ、何も。貴女が私の役目を果たし、私が貴女の役目を果たせばいいだけよ」


 言いたいことは、まだまだいろいろある。だが、その全てを一問一答で問いただしたところで、このようにヒラヒラと躱されてしまうのだろう。
 そして、ここの後宮の人間達に私が青公主だと紹介を済ませてしまった手前、もう覆すことは無謀だといえよう。そんなことを言い出せば、逆に私たちの存在自体が怪しまれかねない。

 それにしても、公主様は「あんなハゲでデブのオッサンは無理」と言った。はっきり言った。そのためなら、妃の身分を捨てて宮女に、元々の侍女である私の世話をする役目になってもいいとまでの拒否っぷりだ。

 それほどまでに嫌な役目を、あっさりと他人に押し付けるとはーー彼女にとっての自分の存在が、いかに矮小なものであったかを思い知るに、充分な仕打ちだった。


 悪気がないのはわかっている。ただ単に、自分が嫌だから、それだけの理由だ。それによって他人がどう迷惑を被るか、どういう気持ちになるかなんて想像にも及ばないのだ。生まれながらの公主であり、今まで他人の気持ちを慮ったことなどないが故の無邪気な所業だ。
 少しくらい、嫌味を言っても、天は許してくれるだろう。

「でも、貴女様が侍女のお仕事を果たせるでしょうか。私なんかの小間使いやら、炊事や掃除が、できるのでしょうか。子供のごっこ遊びではないのですよ」
「……言ってくれるわね、お様」

 公主様は美しい眉を釣り上げて、口元に笑みを浮かべた。

「『子供の遊びではない』と言ったわね。でも、本当にそうかしら? 私は今まで、公主を演じてきた。これからは、演じる対象が変わるだけ。人生なんて、全て遊びよ、遊び。私はね、お父様お母様の言いなりで生きてきたわ。でも、せっかく国を抜け出せたんだもの。これからはやりたいことをやって生きることにしたの」
「……侍女になることが、貴女のやりたいことなのですか?」

 私たちは、役目を与えられて祖国から送られてきた存在だ。一介の侍女ならば宿下りもできる可能性はあるが、この状態で国へ帰ることなど到底できそうもない。
 ましてや、公主であった彼女が、お付きの侍女に王妃の役目を押し付けて帰ってきたなどということになれば、国家間の信用問題にだって影響してくる話となってしまうだろう。

 妃であろうと侍女であろうと、私たちがこの後宮から出られないことには変わりはない。さほど置かれた状況は変わらないのではないかと思った。

「手、出して」
「え?」
「いいから」

 彼女のきつい口調の命令に、私は条件反射で片手を差し出した。公主様は自分の指に嵌めていた指輪を抜き取り、私の指にするりと滑らせた。

「うん、大きさも丁度いいわ」
「これは……!」

 土台に施された金細工の龍が、大きな碧玉へきぎょくを抱えた指輪。透き通る濃いめの青の奥に紋章が浮かび、偽造もしにくい造りとなっている。

 これは、東龍国の国王直系の王族の証だ。

 道中に服装を入れ替えていた時も、この指輪だけはそのままにしていたものだった。

「……本気、なのですか?」

 私は指輪を嵌められた手を宙に浮かせたまま、自分の手が震えるのを眺めながら言った。

「わかってくれた? ふふっ」

 公主様はまたいつもの愛らしい笑顔を転がし、満足そうに笑った。

「ま、自分で言うのもなんだけど、私結構要領はいい方なのよ。ごっこ遊びの延長が本格的になっただけ。頑張るわ。よろしくね、ご主人様」
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