なりたくない女

佐伯 鮪

文字の大きさ
上 下
1 / 8

1.現在:色気皆無のプロポーズ

しおりを挟む
 人生の起承転結の結は、一体いつ訪れるのだろう。

 死ぬ時――というのは除外するとして、何か区切りが付いた時だろうか。例えば、子供の頃描いた「将来の夢」が叶った時とか。


(「将来」って、今、なのかな……)

 珍しく真剣な面持ちをした彼氏の顔を見つめ返しながら、私はそんなことを思った。
 今、私は所謂プロポーズというものをされたらしい。

「……え?」
「もう一回言えって? だから、結婚しない?」

 なんとも軽いプロポーズに何と返したらいいか逡巡していると、彼はさらに続けた。

「同棲でもいいけどさ、既婚の方が家賃補助も出るし。それぞれで家賃払ってるよりも、その方が得だろ?」

 そりゃあ、バブル期のような"夜景の見えるレストランで給料三か月分の婚約指輪をパカッ"なんてプロポーズを期待していたわけじゃない。でも、あまりにも現実的過ぎる理由でロマンのかけらもありゃしない、と思ってしまう程度には、ちょっとは気の利いたシチュエーションを心の奥底では望んでいたらしい。

 今、私と彼は布団に潜ってはいるものの、一糸纏わぬ姿であった。ただ、それも特別ロマンチックなものではなく、いつも通りのスケジュールを淡々とこなした後、という表現の方がしっくりくるような、日常的なことだった。
 同い年で二十代も後半になった私たちは、付き合って二年になる。趣味が合うことから仲良くなり、何事も等しく友達のように付き合ってきた。彼の調子のいいところも、こちらも気負わず自然体でいられて楽だった。喧嘩だって、特にしたことはない。

 もし彼と結婚したら、このまま友達の延長にあるような、仲良し夫婦になれるだろうか。

「……うん、考えてみるね」
「あれ? 即答だと思ったのにー」

 すぐにイエスの返事を返せなかったのは、プロポーズのせいなのか私自身にある漠然とした迷いのせいなのか。私は再び目を閉じ、布団に潜りこんだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

濡らされた鼠

天野蒼空
現代文学
「おばさん」をお題に、人の人生に口出してくるタイプのネチネチ系うざいおばさんいるよね、って感じで書きました。おばさんがひどくうざいです。

借りぐらしのアラウンドサーティ

羽鳥双
大衆娯楽
アラサー寄生系女子の短いお話です。

1921年、里見一族、世界で稼ぐ

ハリマオ65
現代文学
 里見一族は、昭和初期、欧州へ移動、子孫、健一が日本戻り食堂経営で成功。やがて息子たちに引き継ぐ! 里見兵衛は、横浜開港で絹取引で小金をため、その後の船景気で大金をつかみ、大恐慌前に横浜からマルセイユに渡り以前仕事をしたM物産のコネで欧州での仕事をもらった。その後、里見の子孫がスイスにわたり子孫を増やし、子孫たちの一部が日本、カナダへ渡り活躍する物語。激動の時代背景と里見家の活躍を描いた。

ピンクのスカートが滲んでいく。

yoshieeesan
現代文学
余震を忘れるべからず。しっかりものの薬剤師の婚活中を襲った悲劇とは?

アンハッピー・ノエルズ

GMJ
現代文学
クリスマスを舞台にしたちょっと悲しい物語集

スタートボタン

水瀬白龍
現代文学
 不治の病を発症した嫁の脳を冷凍保存してから、三十年もの時が経ってしまった。六十となった私は現在、一人の女性と共に生活している。そんなある日の夜更けに、一本の電話がかかってきた。それは嫁の脳の冷凍を委託している研究所からで――。  ※小説家になろう様、カクヨム様にて重複投稿しております。

老婆の魔法

一宮 沙耶
大衆娯楽
老婆と会った翌朝、女性となっていた。男性と女性はどちらが幸せ? 幸せって何? 偏ったシチュエーションですが、そんな永遠なテーマを一緒に考えさせてください。 今回は、タイトルとは違って、少しシリアスな内容ですが、飽きずにお付き合いくださいね。

処理中です...