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葡萄酒と杏仁
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※兄弟のおしゃべり。今までの話から、少し時間が経過しています。
「はい、遥ちゃん、どーぞ❤︎」
佑星は盃に外国から調達してきた新種の酒を注ぎ、弟に手渡した。
「遥ちゃんって……。あ、この酒は」
「あぁ、覚えてるか? 西方の蛮族から奪ってきたやつ」
「忘れるわけないだろ。この酒で、詩音のこと脅したじゃないか」
かつて佑星が詩音の挙動を疑っていた頃、この酒を飲ませて自白させようとしたことがあった。
「えへ、覚えてたー? その節はごめんね~」
「はぁ、まったく。……それにしても、すごい色だな」
そこには、真っ赤な血のような赤い液体が入っていた。
「葡萄の皮ごと酒にしてるから、そういう色になるらしいぜ。向こうでは一般的な酒なんだとさ」
遥星は警戒してか、くんくんと匂いを嗅いでいる。
「まぁ、香りは悪くない。というか、飲みたくなる」
「だろ? さ、乾杯だ」
二人は盃を掲げて、同時に口に含んだ。
「うん、美味しい」
「だろー」
「ただ、なんかつまみが欲しい。これだけだと、きつい」
「ふっふっふ。そういうと思って~」
遥星が要望を述べると、佑星はすかさず何か入った器を差し出した。
「これは?」
「杏仁の種を炒ったやつだ。葡萄酒とよく合うらしい」
「いただきます」
二人はゆっくりと酒とつまみを楽しんでいた。
「ところでよー、遥。お前さ、つまみはいらねぇの?」
佑星は杏仁の種を一粒取って、掲げながら遥星に訊いた。
「ん? 今食べてるけど」
「違う違う、そっちじゃなくて、女のことよ。女。」
隠喩が伝わらない弟に、若干いらっとしながら佑星は言った。
「お前さ、詩音ちゃんだけじゃん? もう彼女が帰ってきてしばらく経つしさぁ、側室とかどうなの? っていうか単純に、他の女ともやってみたいとか思わねえ?」
現在、佑星には正室が一人、側室が三人に増えていた。それ以外にも正式な立場にない女も沢山いるらしい。彼は「皇帝ではない」という立場もあって、「手を付けたら迎えいれなければならない」といった縛りもなく、実に自由に振る舞っていた。
一方、遥星の「女」は兄の言う通り正室である詩音一人で、他に側室はいなかった。
「側室なんて、金がかかるだけじゃないか。兄上もちょっとは控えてくれよ。国の予算はもっと他のことに使いたいのに」
「悪い悪い。贅沢させすぎないようにするからさ。……ってそうじゃない、予算とかそういう話じゃなくてさぁ。純粋に、一人の女で満足できてんのかって聞いてんの」
「……できてるよ」
「ほんとかー? お前のことだし詩音ちゃんの手前、彼女が悲しむからって自制してんじゃねーの?」
ぐいぐい責めてくる兄に、遥星は少しずつ気持ちを吐露した。
「うーん、それも否めないかな。詩音の国はね、一人の男につき一人の女しか結婚できないんだって。たとえ有力者でもね。まぁ、表向きにはってことだけど。そういう価値観を持ってるから、もし俺が側室なんてとろうものなら、卒倒するんじゃないかな」
「そうはいったって、今はこの国で生きてるだろー。男が何人も妻を持つのは当たり前だってこともわかってるはずじゃねーか」
「頭で理解できても、感情的に受け入れられるかどうかは別だと思うよ」
「で、お前はその意思を尊重したい、と」
「まぁ、それもあるかな」
含みを持たせた遥星の言い方に、佑星は食いついた。
「それも?」
「あー……、まぁ、兄上だから言うけど」
葡萄酒が回ってきたのか、いつになく遥星が自分から話をした。
「今のさ、俺の立場だったら……たぶん、どんな女も、拒否しないだろうと思うんだよね」
「そりゃま、そうだろうな。そんなことしたらどんな目に合うかわかんねーって普通は思うし」
「なんか、さ。仕方ないとは言え、つまんなくない?」
「……へぇ、どういうこと?」
佑星はにやにやして、続きを促した。
「達成感がないっていうかさ、いや、違うな……なんだろう、うーん」
「簡単になびいちゃつまらんってことー? なら、苦労して落とせればいいって感じか?」
「うーん……」
「そもそもさ、詩音ちゃんだって最初は向こうからぐいぐい来てたじゃん? で、お前ビビってたじゃん? お前が苦労して落としたってわけでもなく、どっちかってーと詩音ちゃんがそっち側だよな」
「……悪かったな」
「あー、あれかね。自分の命令に従われても楽しくないんだろ。女の方から来て欲しい、引っ張ってって欲しいとか」
いつのまにか、葡萄酒は瓶の半分ほどがなくなっていた。
「じゃあ、そういう女ーー押せ押せで来る女が現れたら、ちょっと揺らいじゃう?」
佑星はさらに遥星の盃に酒を注ぎながら、次の言葉を促す。
「えぇ……それはそれでなんか腹立つな、たぶん」
「面倒くせえなお前って」
「詩音は……ただ押せ押せで来てたわけじゃないだろ。あんなに俺に気持ちをぶつけてくるくせに、なんか弱いし……それに、すぐにどこかにいなくなっちゃいそうで、ちゃんと繋ぎ止めておかないと、俺に力を与えてくれなくなっちゃうんじゃないかって……」
遥星は先程注がれた酒を、ぐいっと飲み干した。
「はは、そうね、君は詩音ちゃん大好きなのね」
「あーたーりーまーえーーー」
「あれ、結構酔ってきちゃったかね、水いる?」
「いらない、さっきの種、もっとくれ」
「あんま食べすぎも良くないらしいし、あとちょっとな」
見るからに酔っ払ってきた遥星に、佑星は悪戯心が疼いて仕方がなかった。素面だったら、このあたりの話は大体「兄上はまたその話か」などと言ってかわされることばかりだったから、こんなに饒舌に自分のことを話すなどありえないからだ。
「褥の中では詩音ちゃんはどんな感じ? 自分から動いて進めてくれる、とか」
「うーん、まぁ、いろいろ」
「いろいろ! どういろいろなんだよ」
「いろいろしてくれようとするんだけどね、俺がちょっと触るとすぐ落ちちゃうんだよね」
「感じやすいってやつ?」
まぁ、そうだろうな、と佑星は思った。
彼は一度、詩音のその身体に触れたことがある。葡萄酒の件で問い詰めた時だ。あの時佑星は、脅しの最中ではあるのものの、まるで愛しい女にでも触れるように、わざと優しく、指を這わせた。その時の彼女は、怯えて怒ってはいたものの、身体の反応は上々だった。
これは佑星がよく使う手だった。態度では高圧的に強引に進めていくが、反対に愛撫は徹底的に丁寧に、いたわるように触れていく。大抵の女は、これで身体を、そして心を開いてくれる。
詩音に至っては、派手に拒絶されてしまったが。
しかし、これが目の前の弟にバレたら、大変なことになるだろう。このことを思い出したことすら、悟られないようにしなければ、と佑星は顔に出ないよう努めた。
幸いにして、遥星は酔っているためか、下を向いていて助かった。
「もっともっとって訴えかけてくるみたいな。意識しなくても、次はこうすればいいって手に取るようにわかるんだ。それでまた、良い反応が返ってくるから……なんか、俺って凄いんじゃないかって錯覚しそうになる」
(あの女、なかなかのやり手だな)
「導かれてるってことに、なるのかな。でも、目の前の彼女は、ほんとに可憐で……無邪気で……俺に従順で、俺の方が立場が強いように思えて……」
「凄い女にハマっちゃったなぁ、お前」
佑星は水を一杯差し出した。それを受け取った遥星は、その杯を見つめながら、言葉を続けた。
「あの肌がね、凄いんだ。抱いていると、だんだん絹のように滑らかに"変化"してくるんだ。まるで最高級の絹織物に包まれてるみたいな……柔らかくて、すべすべで、この手に掴んでるのに、擦り抜けていっちゃう感じがするんだよ。それでいて、水のように吸い付いてきて、離れなくて」
遥星は水を一気に飲み干し、そしてまた葡萄酒のおかわりを要求した。
「布なのか水なのか、どっちだよ」
「そうだよな、何、言ってるんだろうな、俺。でも、そうとしか言いようがなくて」
杯を握りしめ、遥星は中の液体を見つめて言った。
「なぁ兄上……俺は今、女に溺れてるか? どうしたらいい? このままじゃ、まずいだろうか。殷の紂王と妲己のように、なってしまわないかって」
(マジで妲己の生まれ変わりだったりしないよなー。あの宦官の言ってた妖って説も、ちょっと嘘とも言い切れないかねぇ)
佑星もそんなことを考えながら、葡萄酒を口にした。
「なぁ遥。紂王がダメだったのは、妲己の言いなりになって悪政を敷いたからだ。あの女狐に骨抜きにされて、政治を疎かにしたのが原因だ」
「うん……そうだね」
「だからつまり、政治をちゃんと行えばいいんだ。"女の楽しみ"のために変な処刑や酒池肉林で面白おかしくするんじゃなく、民の為になる、国が豊かになる政治をしてくんだよ」
弱音を吐く遥星に、珍しく佑星が真面目に話を返す。
「前に、言ったことがあっただろ。"女はうまくすればこれ以上ない活力を与えてくれる"って。女を抱いて万能感を得られるなら、それは悪いことじゃない。それをいい方向に活用するんだ」
「うん」
「詩音ちゃんが来てから、お前は随分変わったよ。生き生きしてるっていうか、人間くさくなったっていうか。だからさ、まぁ血の通った政治をだな、やってこうぜ……って聞いてる?」
佑星は動かなくなった弟を、ゆさゆさと揺すった。
「うん……詩音はね、天女であって、女神なんだ……洛水の、女神。だから、絹のようで、水のようで…………」
あーこりゃダメだ、と佑星は一息ついて一人肩をすくめた。水を半ば無理矢理何杯か飲ませ、肩に担いだ。
「はいはーい、ちょっと寝台まで頑張って歩いてね。昔はあんなちっちゃかったのに、随分でかくなったねー、君は」
なんとか寝台に寝かせると、遥星はすぐに寝息を立て始めた。佑星は酒瓶と杯を持ってきて、その側で手酌で再び葡萄酒をあおった。
「一発目で大当たり引いちゃったのかね。こりゃ他の女の入る余地は当分ないかね~。まぁ、良かったね、遥。」
.+*:゜+。.☆
翌朝、佑星が部屋を出ると、ちょうど詩音がこちらに来るところだった。
「あ、お義兄さま。おはようございます。遥さまの処にいらっしゃったんですか?」
昨晩の話を思い出し、つい佑星はまじまじと詩音を眺めた。
(……まぁ、綺麗っちゃ綺麗だけど、別に娼婦みたいに色気むんむん出てる感じでもないよなぁ。悪いけど普通っぽいってーか。妲己とかの印象とはまぁ違うか)
「あの……どうかしました?」
おずおずと問い掛ける詩音に、佑星もついたじろぐ。
「あ、いや。てかなんで、こんなとこにいるの?」
「遥さまが本殿にお見えにならないので、様子を見に来たんです。具合でも悪いのかと……」
「わざわざ? 誰かに来させりゃよかったのに。もしさ、もしだよ? 俺じゃなくて、見知らぬ女とかが出てきたらどうするつもりだったの」
皇帝の寝殿にわざわざ来るなんて。昨晩の話もあって、少し意地悪に言ってみた。すると詩音は、急に青白くなって、震えだした。
「そ、そうですね……そういうことも、ありえるんですよね。忘れてた……」
("忘れてた"、か。絶対に他の女を寄せ付けない自信があるってわけでもないのか?)
佑星は少しかまをかけてみようと思った。
「君の手練手管の術中に、奴は見事ハマっちゃってるみたいよ。皇帝を籠絡して、何を企んでるんだい?」
「? またそれですか……企みなんて、何もありませんよ。ただ私が、彼の側にいたいだけです」
「あいつの何がそんなにいいの?」
「何がって……」
「言えない? 金? 権力?」
「……そんなものは。一言で言うなら、彼の存在そのもの、です」
何故朝っぱらからこんな会話をしなければならないのだろう、と詩音が思っていると、目の前の扉が開いた。真っ白な顔をした遥星が、そこから半分顔を出した。
「おい、うるさいぞ。何して……あ、詩音? なんで」
言いかけたところで、遥星はその場で盛大に戻してしまった。
「きゃー、遥さま、だ、大丈夫ですか!?」
詩音は真っ先に駆け寄って、彼を支えた。今朝着てきたばかりの美しい服にも、さらに追加で吐瀉物がべっとりとかかった。佑星はその様子を見て、ぼそっと呟いた。
「天女の羽衣が、ゲロまみれ……」
「ちょっと、何言ってるんですか! いいからお医者様呼んできてください!」
「あぁ、大丈夫大丈夫。昨日お酒飲み過ぎちゃっただけだから。今日は一日潰れてると思うから、ちょっとついててやってくれる? 大臣たちには俺から言っとくからー」
「え、ちょ」
「遥をよろしくね、女神さま」
そう言い残して、手をひらひらさせて佑星は去っていった。
全身を汚物で汚されても眉一つ顰めずに体調を気遣えるあたり、あの女の遥星への気持ちは偽物ではないのだろう。そこまで含めて計算されてるのだとしたら、大したものだ。
(……"存在そのもの"、ねぇ。そこまで自分を肯定してくれる女がいたら、まぁそりゃ手放せないよな)
また逆に、妖だろうが天女だろうが、騙し切ってくれて悪さをしないならば、それはそれで構わないかもな、と佑星は思った。
「はい、遥ちゃん、どーぞ❤︎」
佑星は盃に外国から調達してきた新種の酒を注ぎ、弟に手渡した。
「遥ちゃんって……。あ、この酒は」
「あぁ、覚えてるか? 西方の蛮族から奪ってきたやつ」
「忘れるわけないだろ。この酒で、詩音のこと脅したじゃないか」
かつて佑星が詩音の挙動を疑っていた頃、この酒を飲ませて自白させようとしたことがあった。
「えへ、覚えてたー? その節はごめんね~」
「はぁ、まったく。……それにしても、すごい色だな」
そこには、真っ赤な血のような赤い液体が入っていた。
「葡萄の皮ごと酒にしてるから、そういう色になるらしいぜ。向こうでは一般的な酒なんだとさ」
遥星は警戒してか、くんくんと匂いを嗅いでいる。
「まぁ、香りは悪くない。というか、飲みたくなる」
「だろ? さ、乾杯だ」
二人は盃を掲げて、同時に口に含んだ。
「うん、美味しい」
「だろー」
「ただ、なんかつまみが欲しい。これだけだと、きつい」
「ふっふっふ。そういうと思って~」
遥星が要望を述べると、佑星はすかさず何か入った器を差し出した。
「これは?」
「杏仁の種を炒ったやつだ。葡萄酒とよく合うらしい」
「いただきます」
二人はゆっくりと酒とつまみを楽しんでいた。
「ところでよー、遥。お前さ、つまみはいらねぇの?」
佑星は杏仁の種を一粒取って、掲げながら遥星に訊いた。
「ん? 今食べてるけど」
「違う違う、そっちじゃなくて、女のことよ。女。」
隠喩が伝わらない弟に、若干いらっとしながら佑星は言った。
「お前さ、詩音ちゃんだけじゃん? もう彼女が帰ってきてしばらく経つしさぁ、側室とかどうなの? っていうか単純に、他の女ともやってみたいとか思わねえ?」
現在、佑星には正室が一人、側室が三人に増えていた。それ以外にも正式な立場にない女も沢山いるらしい。彼は「皇帝ではない」という立場もあって、「手を付けたら迎えいれなければならない」といった縛りもなく、実に自由に振る舞っていた。
一方、遥星の「女」は兄の言う通り正室である詩音一人で、他に側室はいなかった。
「側室なんて、金がかかるだけじゃないか。兄上もちょっとは控えてくれよ。国の予算はもっと他のことに使いたいのに」
「悪い悪い。贅沢させすぎないようにするからさ。……ってそうじゃない、予算とかそういう話じゃなくてさぁ。純粋に、一人の女で満足できてんのかって聞いてんの」
「……できてるよ」
「ほんとかー? お前のことだし詩音ちゃんの手前、彼女が悲しむからって自制してんじゃねーの?」
ぐいぐい責めてくる兄に、遥星は少しずつ気持ちを吐露した。
「うーん、それも否めないかな。詩音の国はね、一人の男につき一人の女しか結婚できないんだって。たとえ有力者でもね。まぁ、表向きにはってことだけど。そういう価値観を持ってるから、もし俺が側室なんてとろうものなら、卒倒するんじゃないかな」
「そうはいったって、今はこの国で生きてるだろー。男が何人も妻を持つのは当たり前だってこともわかってるはずじゃねーか」
「頭で理解できても、感情的に受け入れられるかどうかは別だと思うよ」
「で、お前はその意思を尊重したい、と」
「まぁ、それもあるかな」
含みを持たせた遥星の言い方に、佑星は食いついた。
「それも?」
「あー……、まぁ、兄上だから言うけど」
葡萄酒が回ってきたのか、いつになく遥星が自分から話をした。
「今のさ、俺の立場だったら……たぶん、どんな女も、拒否しないだろうと思うんだよね」
「そりゃま、そうだろうな。そんなことしたらどんな目に合うかわかんねーって普通は思うし」
「なんか、さ。仕方ないとは言え、つまんなくない?」
「……へぇ、どういうこと?」
佑星はにやにやして、続きを促した。
「達成感がないっていうかさ、いや、違うな……なんだろう、うーん」
「簡単になびいちゃつまらんってことー? なら、苦労して落とせればいいって感じか?」
「うーん……」
「そもそもさ、詩音ちゃんだって最初は向こうからぐいぐい来てたじゃん? で、お前ビビってたじゃん? お前が苦労して落としたってわけでもなく、どっちかってーと詩音ちゃんがそっち側だよな」
「……悪かったな」
「あー、あれかね。自分の命令に従われても楽しくないんだろ。女の方から来て欲しい、引っ張ってって欲しいとか」
いつのまにか、葡萄酒は瓶の半分ほどがなくなっていた。
「じゃあ、そういう女ーー押せ押せで来る女が現れたら、ちょっと揺らいじゃう?」
佑星はさらに遥星の盃に酒を注ぎながら、次の言葉を促す。
「えぇ……それはそれでなんか腹立つな、たぶん」
「面倒くせえなお前って」
「詩音は……ただ押せ押せで来てたわけじゃないだろ。あんなに俺に気持ちをぶつけてくるくせに、なんか弱いし……それに、すぐにどこかにいなくなっちゃいそうで、ちゃんと繋ぎ止めておかないと、俺に力を与えてくれなくなっちゃうんじゃないかって……」
遥星は先程注がれた酒を、ぐいっと飲み干した。
「はは、そうね、君は詩音ちゃん大好きなのね」
「あーたーりーまーえーーー」
「あれ、結構酔ってきちゃったかね、水いる?」
「いらない、さっきの種、もっとくれ」
「あんま食べすぎも良くないらしいし、あとちょっとな」
見るからに酔っ払ってきた遥星に、佑星は悪戯心が疼いて仕方がなかった。素面だったら、このあたりの話は大体「兄上はまたその話か」などと言ってかわされることばかりだったから、こんなに饒舌に自分のことを話すなどありえないからだ。
「褥の中では詩音ちゃんはどんな感じ? 自分から動いて進めてくれる、とか」
「うーん、まぁ、いろいろ」
「いろいろ! どういろいろなんだよ」
「いろいろしてくれようとするんだけどね、俺がちょっと触るとすぐ落ちちゃうんだよね」
「感じやすいってやつ?」
まぁ、そうだろうな、と佑星は思った。
彼は一度、詩音のその身体に触れたことがある。葡萄酒の件で問い詰めた時だ。あの時佑星は、脅しの最中ではあるのものの、まるで愛しい女にでも触れるように、わざと優しく、指を這わせた。その時の彼女は、怯えて怒ってはいたものの、身体の反応は上々だった。
これは佑星がよく使う手だった。態度では高圧的に強引に進めていくが、反対に愛撫は徹底的に丁寧に、いたわるように触れていく。大抵の女は、これで身体を、そして心を開いてくれる。
詩音に至っては、派手に拒絶されてしまったが。
しかし、これが目の前の弟にバレたら、大変なことになるだろう。このことを思い出したことすら、悟られないようにしなければ、と佑星は顔に出ないよう努めた。
幸いにして、遥星は酔っているためか、下を向いていて助かった。
「もっともっとって訴えかけてくるみたいな。意識しなくても、次はこうすればいいって手に取るようにわかるんだ。それでまた、良い反応が返ってくるから……なんか、俺って凄いんじゃないかって錯覚しそうになる」
(あの女、なかなかのやり手だな)
「導かれてるってことに、なるのかな。でも、目の前の彼女は、ほんとに可憐で……無邪気で……俺に従順で、俺の方が立場が強いように思えて……」
「凄い女にハマっちゃったなぁ、お前」
佑星は水を一杯差し出した。それを受け取った遥星は、その杯を見つめながら、言葉を続けた。
「あの肌がね、凄いんだ。抱いていると、だんだん絹のように滑らかに"変化"してくるんだ。まるで最高級の絹織物に包まれてるみたいな……柔らかくて、すべすべで、この手に掴んでるのに、擦り抜けていっちゃう感じがするんだよ。それでいて、水のように吸い付いてきて、離れなくて」
遥星は水を一気に飲み干し、そしてまた葡萄酒のおかわりを要求した。
「布なのか水なのか、どっちだよ」
「そうだよな、何、言ってるんだろうな、俺。でも、そうとしか言いようがなくて」
杯を握りしめ、遥星は中の液体を見つめて言った。
「なぁ兄上……俺は今、女に溺れてるか? どうしたらいい? このままじゃ、まずいだろうか。殷の紂王と妲己のように、なってしまわないかって」
(マジで妲己の生まれ変わりだったりしないよなー。あの宦官の言ってた妖って説も、ちょっと嘘とも言い切れないかねぇ)
佑星もそんなことを考えながら、葡萄酒を口にした。
「なぁ遥。紂王がダメだったのは、妲己の言いなりになって悪政を敷いたからだ。あの女狐に骨抜きにされて、政治を疎かにしたのが原因だ」
「うん……そうだね」
「だからつまり、政治をちゃんと行えばいいんだ。"女の楽しみ"のために変な処刑や酒池肉林で面白おかしくするんじゃなく、民の為になる、国が豊かになる政治をしてくんだよ」
弱音を吐く遥星に、珍しく佑星が真面目に話を返す。
「前に、言ったことがあっただろ。"女はうまくすればこれ以上ない活力を与えてくれる"って。女を抱いて万能感を得られるなら、それは悪いことじゃない。それをいい方向に活用するんだ」
「うん」
「詩音ちゃんが来てから、お前は随分変わったよ。生き生きしてるっていうか、人間くさくなったっていうか。だからさ、まぁ血の通った政治をだな、やってこうぜ……って聞いてる?」
佑星は動かなくなった弟を、ゆさゆさと揺すった。
「うん……詩音はね、天女であって、女神なんだ……洛水の、女神。だから、絹のようで、水のようで…………」
あーこりゃダメだ、と佑星は一息ついて一人肩をすくめた。水を半ば無理矢理何杯か飲ませ、肩に担いだ。
「はいはーい、ちょっと寝台まで頑張って歩いてね。昔はあんなちっちゃかったのに、随分でかくなったねー、君は」
なんとか寝台に寝かせると、遥星はすぐに寝息を立て始めた。佑星は酒瓶と杯を持ってきて、その側で手酌で再び葡萄酒をあおった。
「一発目で大当たり引いちゃったのかね。こりゃ他の女の入る余地は当分ないかね~。まぁ、良かったね、遥。」
.+*:゜+。.☆
翌朝、佑星が部屋を出ると、ちょうど詩音がこちらに来るところだった。
「あ、お義兄さま。おはようございます。遥さまの処にいらっしゃったんですか?」
昨晩の話を思い出し、つい佑星はまじまじと詩音を眺めた。
(……まぁ、綺麗っちゃ綺麗だけど、別に娼婦みたいに色気むんむん出てる感じでもないよなぁ。悪いけど普通っぽいってーか。妲己とかの印象とはまぁ違うか)
「あの……どうかしました?」
おずおずと問い掛ける詩音に、佑星もついたじろぐ。
「あ、いや。てかなんで、こんなとこにいるの?」
「遥さまが本殿にお見えにならないので、様子を見に来たんです。具合でも悪いのかと……」
「わざわざ? 誰かに来させりゃよかったのに。もしさ、もしだよ? 俺じゃなくて、見知らぬ女とかが出てきたらどうするつもりだったの」
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「そ、そうですね……そういうことも、ありえるんですよね。忘れてた……」
("忘れてた"、か。絶対に他の女を寄せ付けない自信があるってわけでもないのか?)
佑星は少しかまをかけてみようと思った。
「君の手練手管の術中に、奴は見事ハマっちゃってるみたいよ。皇帝を籠絡して、何を企んでるんだい?」
「? またそれですか……企みなんて、何もありませんよ。ただ私が、彼の側にいたいだけです」
「あいつの何がそんなにいいの?」
「何がって……」
「言えない? 金? 権力?」
「……そんなものは。一言で言うなら、彼の存在そのもの、です」
何故朝っぱらからこんな会話をしなければならないのだろう、と詩音が思っていると、目の前の扉が開いた。真っ白な顔をした遥星が、そこから半分顔を出した。
「おい、うるさいぞ。何して……あ、詩音? なんで」
言いかけたところで、遥星はその場で盛大に戻してしまった。
「きゃー、遥さま、だ、大丈夫ですか!?」
詩音は真っ先に駆け寄って、彼を支えた。今朝着てきたばかりの美しい服にも、さらに追加で吐瀉物がべっとりとかかった。佑星はその様子を見て、ぼそっと呟いた。
「天女の羽衣が、ゲロまみれ……」
「ちょっと、何言ってるんですか! いいからお医者様呼んできてください!」
「あぁ、大丈夫大丈夫。昨日お酒飲み過ぎちゃっただけだから。今日は一日潰れてると思うから、ちょっとついててやってくれる? 大臣たちには俺から言っとくからー」
「え、ちょ」
「遥をよろしくね、女神さま」
そう言い残して、手をひらひらさせて佑星は去っていった。
全身を汚物で汚されても眉一つ顰めずに体調を気遣えるあたり、あの女の遥星への気持ちは偽物ではないのだろう。そこまで含めて計算されてるのだとしたら、大したものだ。
(……"存在そのもの"、ねぇ。そこまで自分を肯定してくれる女がいたら、まぁそりゃ手放せないよな)
また逆に、妖だろうが天女だろうが、騙し切ってくれて悪さをしないならば、それはそれで構わないかもな、と佑星は思った。
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しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。
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お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
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