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詩音の悩み
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※詩音の一人称視点で話が進みます。
「お待たせ、詩音」
「いただきます。今日も、凄くいい香りですね」
ふたりで夜を明かす時は、寝る前に彼の入れてくれるお茶を飲むのが恒例だ。
今日は、約一週間ぶりに、この部屋に来ていた。
現代日本での生活を捨ててこの世界に飛び込んで来て、いまだに慣れないことがある。
夫婦と言えど居室は別どころか建物も別で、自分の部屋とお世話係の部屋子が与えられる。
彼と一緒に寝る時はこの部屋に来るわけだけど、つまり、そういうことをしているか否かということが、周囲にあからさまになってしまうことーー。
夜に後宮を空けるのであればそういうことだし、自室で過ごすのであれば今日はなし、ということがもろバレだ。
今日だって、生理があった期間は後宮で過ごして、終わったからやっと来た......という状態。
そのことが誰に対しても明らかで、それを考えると物凄く恥ずかしかった。
部屋子の鈴と蘭はまだ10歳程度の子供だが、理解しているのかよく分からないが、きちんと私の姿を整えて送り出してくれた。
そしてこの仕組み、朝になって着替えに部屋に戻った時に誰かに鉢合わせたら、気まずいことこの上ない。
幸いにして、彼には今私の他に妻はいないが、もしいたらどうなってしまうのだろう。自分は後宮にいて、彼の部屋から戻ってくる誰かと会ってしまったりしたらーーー
全くもって、耐えられる気がしない。
仮に自分が第一夫人でトップの扱いだったとしても、問題はそういうことではない。
この世界の、いや、他の世界も含めて、一夫多妻制の立場の妻たちは、どうして受け入れられるのだろう。「そういうもの」として育って来ていれば、違うのだろうか。
そんなことを考えながら、温かいお茶を口に含んだ。
「美味しいです。茉莉花茶ですか?」
「そうだ、覚えてたのか?」
「一応、知ってました。私の国でも、時々飲めましたから。こんなに美味しくはなかったですけど」
私が口にしたことのあるジャスミン茶は、ペットボトルやファミレスとかで飲むような程度で、こんな風にきちんとした茶葉から丁寧に入れたものではなかった。
「......故郷が、恋しくはならないか」
心配そうに尋ねられて、少し考えてみる。
が、自分でも驚く程に戻りたいという気持ちはわかなかった。どうしても物資に違いがあるから、時々「あれがあったらいいのに」と思うことはあるけれど。
「家族や友達が、元気にしてるかな、と思うことはありますがーー帰りたいとは思いません。私は、ここに、貴方の処に来たいと強く願って、自分で選んで来ましたから」
私が胸元にあるネックレスに触れながら答えると、彼は「そうか」と優しく微笑んだ。
お茶を飲み終えた後、夜風に当たりたいと、私から庭へ誘った。
「手、繋ぎませんか」
「手?」
「はい。私の故郷では、恋人同士は歩く時にこうやって繋ぐんです」
彼の手を取って、いわゆる恋人繋ぎを作る。
「......詩音も、誰かとこうしていたのか?」
し、しまったあああああああああ!
こないだ、過去の男がいたことで苦しんでることを知ったばっかりだったのに。
私ったら、なんて無神経なことを!
「......遥さま。私は今、貴方とこうしたいんです。それじゃ、ダメですか?」
握る手に少し力を込めて、上目遣いに問いかける。頭が良くて、真面目で、こんなことで誤魔化されてくれる人じゃないことはわかってるけど――
「いや、すまなかった。みっともないところを見せてしまったな」
「いえ私の方こそ、考えなしでごめんなさい」
どちらからともなく、そっと歩き出す。
夜風がそよそよと頬を掠めた。
見上げると、半月になりかけの楕円形の月。
いつもより白っぽく、少し淋しく感じた。
月はいつも、満ちているわけじゃない。膨らんだり欠けたり、見えなくなったり、色んな顔を見せる。
「遥さま......あの、」
「ん?」
急に不安になって名前を呼ぶと、いつもの優しい顔がこちらを向く。
「お兄様は、奥様が3人いますよね。お父様にも、沢山いたと伺っています。だから、貴方も......他の方を妻に迎えたり、するのでしょうか」
何、聞いてるんだろう、私。
こんなこと聞いて、余計にショック受けるだけかもしれないのに。
この人は、こっちの世界の常識で生きてるんだから、そんなこと、当たり前なのに。
彼が、私の過去の男を気にするように、
私は今、彼の未来の女を気にしてる。
彼はいつものように握った手を持ち上げ、私の手の甲にキスをした。口を付けられた箇所がじんと痺れ、余計に切ない気持ちを煽ってくる。
「私は元々、女人はそんなに得意ではないのだ。詩音は――今まで見た事のあるどのような女とも、違う雰囲気を纏っていた。だからこそ、そなたを妻にした。他の女は、別に考えたくないな」
ほっとしたのもつかの間、彼は言葉を続ける。
「だが、世継ぎは必要とされるだろう。私がいらぬと言っても、もしそなたに子が宿らなければ、周りがそれを許さないということはあるかもしれない」
そ、そっか。そうだよね、そういう立場だった。
ここに来るまで、結婚も、もちろん妊娠出産も、遠い未来の(できるかも分からない)ことだと思ってたけど――
「だから詩音。私の子を、産んでくれるか」
両手で包むように手を握られ、真剣な眼差しに射抜かれる。
今回は、仔犬と大人の雄犬が混ざったみたいな。
「も、もちろんです! 頑張ります!!」
「............」
思わず力いっぱい返事をしてしまうと、面食らった彼が少し固まった後、噴き出した。
「はは、頼もしいな。詩音、そなたは、本当に可愛い」
彼は時々、私のことを「可愛い」と言ってくれる。8つも年下なのに、これを言われると、どうしても甘えたくなってしまう。
一歩前に踏み出して彼に抱きつくと、顎を持ち上げられ、軽い口付けが落とされた。
「だから、いっぱいしよう?」
「......は、はいぃぃ」
悪戯っぽく言われ、胸が、お腹が、きゅうぅんと詰まる。
そしてもう一度、彼の顔が近付いてくる。
私は彼の一挙手一投足に翻弄される自分を感じながら、これから始まる夜の幕開けとなる、次の深い口付けに、身を委ねた。
「お待たせ、詩音」
「いただきます。今日も、凄くいい香りですね」
ふたりで夜を明かす時は、寝る前に彼の入れてくれるお茶を飲むのが恒例だ。
今日は、約一週間ぶりに、この部屋に来ていた。
現代日本での生活を捨ててこの世界に飛び込んで来て、いまだに慣れないことがある。
夫婦と言えど居室は別どころか建物も別で、自分の部屋とお世話係の部屋子が与えられる。
彼と一緒に寝る時はこの部屋に来るわけだけど、つまり、そういうことをしているか否かということが、周囲にあからさまになってしまうことーー。
夜に後宮を空けるのであればそういうことだし、自室で過ごすのであれば今日はなし、ということがもろバレだ。
今日だって、生理があった期間は後宮で過ごして、終わったからやっと来た......という状態。
そのことが誰に対しても明らかで、それを考えると物凄く恥ずかしかった。
部屋子の鈴と蘭はまだ10歳程度の子供だが、理解しているのかよく分からないが、きちんと私の姿を整えて送り出してくれた。
そしてこの仕組み、朝になって着替えに部屋に戻った時に誰かに鉢合わせたら、気まずいことこの上ない。
幸いにして、彼には今私の他に妻はいないが、もしいたらどうなってしまうのだろう。自分は後宮にいて、彼の部屋から戻ってくる誰かと会ってしまったりしたらーーー
全くもって、耐えられる気がしない。
仮に自分が第一夫人でトップの扱いだったとしても、問題はそういうことではない。
この世界の、いや、他の世界も含めて、一夫多妻制の立場の妻たちは、どうして受け入れられるのだろう。「そういうもの」として育って来ていれば、違うのだろうか。
そんなことを考えながら、温かいお茶を口に含んだ。
「美味しいです。茉莉花茶ですか?」
「そうだ、覚えてたのか?」
「一応、知ってました。私の国でも、時々飲めましたから。こんなに美味しくはなかったですけど」
私が口にしたことのあるジャスミン茶は、ペットボトルやファミレスとかで飲むような程度で、こんな風にきちんとした茶葉から丁寧に入れたものではなかった。
「......故郷が、恋しくはならないか」
心配そうに尋ねられて、少し考えてみる。
が、自分でも驚く程に戻りたいという気持ちはわかなかった。どうしても物資に違いがあるから、時々「あれがあったらいいのに」と思うことはあるけれど。
「家族や友達が、元気にしてるかな、と思うことはありますがーー帰りたいとは思いません。私は、ここに、貴方の処に来たいと強く願って、自分で選んで来ましたから」
私が胸元にあるネックレスに触れながら答えると、彼は「そうか」と優しく微笑んだ。
お茶を飲み終えた後、夜風に当たりたいと、私から庭へ誘った。
「手、繋ぎませんか」
「手?」
「はい。私の故郷では、恋人同士は歩く時にこうやって繋ぐんです」
彼の手を取って、いわゆる恋人繋ぎを作る。
「......詩音も、誰かとこうしていたのか?」
し、しまったあああああああああ!
こないだ、過去の男がいたことで苦しんでることを知ったばっかりだったのに。
私ったら、なんて無神経なことを!
「......遥さま。私は今、貴方とこうしたいんです。それじゃ、ダメですか?」
握る手に少し力を込めて、上目遣いに問いかける。頭が良くて、真面目で、こんなことで誤魔化されてくれる人じゃないことはわかってるけど――
「いや、すまなかった。みっともないところを見せてしまったな」
「いえ私の方こそ、考えなしでごめんなさい」
どちらからともなく、そっと歩き出す。
夜風がそよそよと頬を掠めた。
見上げると、半月になりかけの楕円形の月。
いつもより白っぽく、少し淋しく感じた。
月はいつも、満ちているわけじゃない。膨らんだり欠けたり、見えなくなったり、色んな顔を見せる。
「遥さま......あの、」
「ん?」
急に不安になって名前を呼ぶと、いつもの優しい顔がこちらを向く。
「お兄様は、奥様が3人いますよね。お父様にも、沢山いたと伺っています。だから、貴方も......他の方を妻に迎えたり、するのでしょうか」
何、聞いてるんだろう、私。
こんなこと聞いて、余計にショック受けるだけかもしれないのに。
この人は、こっちの世界の常識で生きてるんだから、そんなこと、当たり前なのに。
彼が、私の過去の男を気にするように、
私は今、彼の未来の女を気にしてる。
彼はいつものように握った手を持ち上げ、私の手の甲にキスをした。口を付けられた箇所がじんと痺れ、余計に切ない気持ちを煽ってくる。
「私は元々、女人はそんなに得意ではないのだ。詩音は――今まで見た事のあるどのような女とも、違う雰囲気を纏っていた。だからこそ、そなたを妻にした。他の女は、別に考えたくないな」
ほっとしたのもつかの間、彼は言葉を続ける。
「だが、世継ぎは必要とされるだろう。私がいらぬと言っても、もしそなたに子が宿らなければ、周りがそれを許さないということはあるかもしれない」
そ、そっか。そうだよね、そういう立場だった。
ここに来るまで、結婚も、もちろん妊娠出産も、遠い未来の(できるかも分からない)ことだと思ってたけど――
「だから詩音。私の子を、産んでくれるか」
両手で包むように手を握られ、真剣な眼差しに射抜かれる。
今回は、仔犬と大人の雄犬が混ざったみたいな。
「も、もちろんです! 頑張ります!!」
「............」
思わず力いっぱい返事をしてしまうと、面食らった彼が少し固まった後、噴き出した。
「はは、頼もしいな。詩音、そなたは、本当に可愛い」
彼は時々、私のことを「可愛い」と言ってくれる。8つも年下なのに、これを言われると、どうしても甘えたくなってしまう。
一歩前に踏み出して彼に抱きつくと、顎を持ち上げられ、軽い口付けが落とされた。
「だから、いっぱいしよう?」
「......は、はいぃぃ」
悪戯っぽく言われ、胸が、お腹が、きゅうぅんと詰まる。
そしてもう一度、彼の顔が近付いてくる。
私は彼の一挙手一投足に翻弄される自分を感じながら、これから始まる夜の幕開けとなる、次の深い口付けに、身を委ねた。
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