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第四章

告白

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 騒ぎをききつけ、それから更に続々と人が集まってきた。その中に喬の姿を認めた遥星は、彼に対してこう言った。

「兄上に知らせ、ここへ来るように伝えてくれ。それから、医務室に行って、今から怪我人を運ぶから準備するように伝え、お前もそこで待機するように」
「.....かしこまりました」

 と言うや否や、喬は走っていった。

 それから近くにいた者に氷と水と手拭いを持ってくるようにテキパキと指示を出した。
 作業着の男性に、「荷物を戻すのは兄上が来て検証してからだ」と遥星が言うと、彼は一層青ざめた。

(お兄さん? ここに関係あるの?)

 彼が青ざめているのは、佑星が諸々の処罰関係を牛耳っているからだった。佑星の処罰は厳しいことで有名で、皇后に怪我をさせてしまった彼も、何らかの罪に問われることを怯えているのだった。

 勝手に入ったのは私達だしあなたは悪くない、と言いたいとも思ったが、後々の他の判断と矛盾が生じてもいけないと思い、口を噤んだ。

 用意された氷水と手拭いで遥星が患部を冷やしていると、佑星が現れた。

「詩音ちゃん、だいじょーぶ!?  ありゃりゃ、痛そ~」

 いつもの軽い調子で言う佑星に、遥星は何かを耳打ちした。それを聞いた佑星は、「ちょっとごめんね~」と怪我の様子を目視したあと、作業着の男と現場周囲の確認や、片付けた時の状況の詳細を説明させたりし始めた。

 遥星は兄に「あとはよろしく」と言い残し、詩音を担ぎ上げて医務室へ向かった。

(お姫様抱っこ、二回目.....!)

 詩音はなるべく彼の腕への負担がないようにと、ぎゅっとしがみついた。

「そんなに力を入れなくても大丈夫だ。最近は鍛錬も前より増やしてるからな」

 さっきタックルをした時、確かに硬いと感じたのは、そのせいもあったのだろうか。そもそもそんな時の感覚なんて比較材料がないのだから、確かめようもないのだけれど。
 なんでお姫様だっこはできるのに、手に触れるのはあんなにぎこちないのか、不思議な人だ。

 医務室には医者と喬が待機していて、到着すると早速処置を施された。
 
「……っ!」
「痛みますかな? 多分、折れてはいないでしょうが、何日か経っても痛むようならヒビが入ってるかもしれませんね。しばらく冷たすぎない水で冷やして動かさないように」 

 喬は無言で、テキパキと包帯など用意をしていた。彼は何か専門分野があるわけではないが、幅広く色々なことができるらしい。以前までみたいに朝夕会うことはなくなったが、後宮でも本殿でも何かしら動き回っている様子を見かけていたので、久しぶりという感覚はあまりしなかった。


 処置後は、遥星の部屋へ連れて行ってもらった。
 相変わらず律儀に後宮へ帰そうするものだから、またしても詩音から"お願い"する形になったが。


(ほんとにもう……言わなきゃわかってくれないんだから)

 そこまで頭の中で呟いて、自分の思考の違和感に気付く。


 言わなきゃわからない? そんなの、当然ではないか。


 随分ここにいるような気がしていたが、詩音はまだここに来て1ヶ月ちょっとしか経っていない。
 向こうから求婚されて妻になったわけだが、単にお互いに都合が良いからであって、そこに愛があったわけではない。
 長年連れ添った夫婦でもあるまいし、ましてや彼は女性に免疫のないタイプだったわけで、どうして、自分の考えていることを言わずともわかってくれるはずだと、期待できたのだろう。

 ここへ来た当初、様々な出来事に対して「仕事だったらこうする」と考えることは多かったはずなのに、すっかり抜け落ちてしまっていたのだろうか。


 考えていることは、言葉にしなきゃ伝わらない。
 相手に届く方法で言わなきゃ始まらない。
 それだって、100%伝わることはない。

 仕事とか恋愛とか関係なく、基本中の基本ではないか。



「詩音、ごめんな。まだ痛むか?」

 寝台に寝かせた詩音の脚に、濡らして搾った手拭いを充てながら遥星が心配そうに尋ねる。



――だから、聞きたいのは「ごめん」じゃない。



「ねぇ、遥さま」
「うん?」



「―――好きです」



(……あれ? 私、何言って? てか、会話つながってないし!)


 言いたいことを言わなくちゃ、と思っていたら、そんな言葉が勝手に口をついて出た。

 目の前の遥星は、ただきょとんとしている。

 日が沈みかけ、窓側には夕日が淡く差しているものの、部屋の半分は既に暗く顔が見えにくくなってきている。ちゃんと顔を見て向き合えるように、詩音は上半身を起こした。

「手、出してください」

 彼が手拭いで押さえている方と反対の手を取り、両手で包む。

「私は、貴方の側にいると……心が、波のように、大きく動きます。嬉しい、楽しい、悔しい、悲しい。私を見て欲しい。貴方に触れたい、触れて欲しい。まるで子供に戻ったように自制が効かなくなって、感情が溢れてきて止まらないのです」

 彼の目をまっすぐに見つめ、言葉を紡ぐ。

 握った手がじんわりと湿り気を帯びてくる。

 また腕を引かれてしまわないように、彼の手を開き、指を一本一本絡ませる。


「私は、貴方が、好きです」


 もう一度、今度は無意識ではなく、ありったけの感情を込めて伝える。
 夕日に照らされた彼の揺れる瞳を見つめ、握る指に力を込めた。
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