無能と呼ばれる二世皇帝の妻になったら、毎日暗殺を仕掛けられて大変です【改訂版】

佐伯 鮪

文字の大きさ
上 下
42 / 57
第四章

考察

しおりを挟む
 あの時、暗殺者は二人いた。

 あの女と、庭から矢を放ってきた何者か。

 使われた矢は城内の武器庫のものであったし、そもそも皇帝の部屋へ通じる庭へ侵入できたことを考えると、内部の者という線が濃厚だった。その後、怪しまれないよう人員の出入りは制限し、あれから入職者も退職者もいない。

 この数か月、自分に注目が集まらないように、そしてあえて隙だらけになるように過ごしていた。生来の性格もあったし、兄が目立つ存在であったからか、そのことが不審がられずに済んだことは幸いだった。
 遥星の暗殺を目的としていたならば、もう一度仕掛けてくるはずだった。だが、一向に遥星に対しての動きはなかった。

 捜索を諦めかけていた時、突如として詩音が現れた。
 まさに、天の采配だと思った。

 あの場にいて矢に討たれたはずの彼女がいれば、何か新しい手掛かりがつかめるかもしれないと、どうにかして彼女を繋ぎとめた。

 そして、ことは彼女の周りで動き始めた。

 だが、その動きに疑問があった。
 遥星に対する動きは相変わらずなく、詩音だけを対象にしたものであったこと。
 また、初回を除いては、彼女を殺そうとするほどのものではなく、あくまで「脅し」程度の動きでしかないということ。

 霊廟でわざと転ばせたり、婚礼衣装に剃刀を仕込むなど、ちまちましたことばかり起きていた。
 仮にあの日の目撃者である彼女を消そうとするならば、他にもいくらでもやりようはあったはずだ。

 そして、昨晩――婚儀の夜。

 結果として、何も起きなかった。

 あの時と同じ状況になれば、もう一度来るかもしれないとひっそりと警備を強化して一晩中警戒していた。さすがに詩音と連れ立って外に出る、という完全な再現までは躊躇われ、彼女は寝かせておくことにしたのだが。

 警備が厳重なのがバレていて、避けられたか。
 何か思惑があるのか。
 皇帝の暗殺を謀ることはやめにしたのか。
 詩音への攻撃は、本当に単に後宮の人間がただの嫌がらせで行っているのか。


 そろそろ別の動きを誘発すべく、こちらの行動を変えてみる必要があるか、などと考えながら、遥星は眠気覚ましのお茶を淹れた。

 ---


 婚儀のあった翌朝、佑星は後宮へと戻る詩音を見かけた。彼女が帰るということは、弟は今は一人だということだろう。初夜の話でも聞いてやるか、と彼の部屋へ立ち寄ってみることにした。


よう~、入るぞ~」

 返事を待たずに、勝手に扉を開けて入る。
 遥星は、一人優雅にお茶を啜っていた。

「あぁ、兄上、おはよう。ちょうど良かった、話したいことがあったんだ」

 弟の顔を見ると、目の下にクマが滲んでいる。

「まったく寝てねーの?  ふーん、で、どうだった?」

 弟の門出をからかい半分に祝ってやろうと、向かいに腰掛けながら、佑星はにやにやしながら尋ねた。

「それが、何もなかったよ」

「はー? いやいやいやいや、おかしいだろ」

「昨晩は来る可能性が高いと思って、密かに警備も強化してたんだけど。それがバレてたかな? だとすると.....」

「ん? まて、何の話?」


 遥星は、昨晩は暗殺者を警戒して、あわよくば捕えるつもりで一晩中待機していたこと話した。
 それを聞いた佑星は、盛大に溜息をついた。

「その間、詩音ちゃんは何してたの?」

「え?  寝てたはずだけど」

――やれやれ。
 とはまさに、こういう時に使うべき台詞だろう。

「お前は寝てろ、俺は起きてるから、って?
 それで、『はいわかりました』ってなったわけ?」

「えっと」

 遥星は、昨夜のことを思い出した。
 詩音の方から手を重ねてきたこと、そのことで理性がなくなってしまうような恐怖を憶え手を振り払ったこと、そのあとすぐ詩音は自分から寝てしまったことを、正直に兄に話した。


「はー――――、お前、これだからど、あ、いや。それに、それは結構マズいんじゃないかと思うぞ」

「でも、それどころじゃ」

「女ってのはなー、いつ爆発するかわかんねぇ恐ろしい生き物だ。こっちが他のことで重要な時に限って、何故か最悪のタイミングで爆弾をぶっ込んできたりするんだよ」

「.....詩音は、そんな女性じゃ」


 そこまで言いかけて、ふと考える。
 じゃあ、どんな女性だというのだろう。

 はじめは、しっかり物事を考えていて弁も立つ強い女性だと思った。かと思えば、泣き言を吐いてみたり、あっさり立ち直ったり、控えめで大人しいかと思ったら、急に怒り出したり、甘えてみたり。
 兄と違って女慣れしていない遥星にとって、まさに未知の生き物との遭遇で、顔にこそ出さないものの、毎回どうして良いかわからなかった。

 初めて会った時は大人っぽい女性だと思ったが、妻になってからというもの、何故かだんだん子供っぽくなってきたような気もする。
 そう思っていたのに。


 昨夜のことは、何だったのだろう。
 何故彼女は、あんなことをしてきたのだろう。


 彼女に触れたのは、別に初めてではない。これまでだって何回か、自分から触れることはあった。

 だが、向こうから触れられたのは初めてだった。
 そしてそれは、今までとは全く違った意味を遥星に感じさせた。

 
 ――支配される。

 あの瞳に、肌に、唇に、指に、自分が吸い取られてしまう。
 そんな恐怖に似た感情が、あの瞬間に駆け巡った。

 "女に溺れるな"と、父は言った。
 直感的に、「溺れる」と思った。

 歴史的に見ても、皇帝が女に溺れて国が滅びた事例も少なからずあるし、何より父自身がそのせいで奇襲をかけられ、本来この皇帝の座についているはずだった息子――遥星にとっては異母兄――を失うという大損害を被っている。

 先人達が口を酸っぱくしてそう言うのは、"女"がそういう存在だからに他ならないのではないか。
 そんな魔物のような存在なのに、どうして男はそこから逃れることをしないのだろうか。


 遥星が思っていることを話すと、兄は声を上げて笑い出した。

「あー、頭で考えようとすんの、ほんとお前の悪い癖だよな~! こればっかりは、習うより慣れよとしか言えねーな。誰だって、泳げなきゃ水は怖いままだろー?」

 兄は昔から、理屈でなく実践でいつも最短距離で本質に到達してしまう。思案に思案を重ねる遥星には、いつまで経っても真似できない芸当だ。

「お前に通じやすいようにその質問に答えるとだな、女は男を惑わす存在ではあるけど、うまくいけばこれ以上ない活力を与えてくれる存在だからだ。一度味を知ったら、他のものでは代替が利かない。
 あとな、俺が言うのもなんだけど、そんなに"女"で一般化しようとするな。女っていう別の生き物だが、同じ人間でもあるし、橘 詩音っていう個体でもある。そこを見失うと痛い目に遭うぜ~」

 実際に"痛い目"に遭ったのだろう、その言葉は実感の籠ったものだった。


「まーだから、それについては深く考えるな。素直に感じたように行動すればいい。やばかったら俺が忠告するからさ。
 それより、さっきの話じゃ、そろそろ暗殺者の捜査の方針の転換も必要だろ。そっちをどうするか、考えようぜ」

「うん、そうだな。あ、例の件はどうなってる?」

「あぁ悪い、もう少し待ってくれ。だが、面白いことがわかるかもしれない」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

崖っぷち令嬢の生き残り術

甘寧
恋愛
「婚約破棄ですか…構いませんよ?子種だけ頂けたらね」 主人公であるリディアは両親亡き後、子爵家当主としてある日、いわく付きの土地を引き継いだ。 その土地に住まう精霊、レウルェに契約という名の呪いをかけられ、三年の内に子供を成さねばならなくなった。 ある満月の夜、契約印の力で発情状態のリディアの前に、不審な男が飛び込んできた。背に腹はかえられないと、リディアは目の前の男に縋りついた。 知らぬ男と一夜を共にしたが、反省はしても後悔はない。 清々しい気持ちで朝を迎えたリディアだったが……契約印が消えてない!? 困惑するリディア。更に困惑する事態が訪れて……

処理中です...