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第二章

大臣と昔話

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 竹簡ちくかんは、誇張ではなく山のようにあった。それを一つ一つ手に取り、起案者の名前を確認して分けていく。こりゃ、書類(?)運びだけでもかなりの腕力が必要だななどと思っていると、扉の外から呼びかける声がした。

 皇帝の許可を経て大臣が招き入れる。その間に、詩音は念の為竹簡の束から離れ、まくっていた袖を戻して端に立った。

「陛下。先程、佑星殿下ゆうせいでんかがお戻りになられました」
「おぉ、兄上が! 分かった、いま行こう。詩音、すまない、少し外す。大臣、詩音を頼む」

 そう言って、遥星は呼びに来た人と共に部屋を出ていった。

(お兄さん? 例の.....。どこか遠くに出ていたのかな?)


 大臣とふたり、部屋に残される形となった詩音は、再び仕事に取り掛かることにした。
 しばらくお互いに黙々と仕事を進めていたが、一区切りついた時に詩音は思い切って話しかけてみることにした。

「あの、黄大臣、ありがとうございます」

 竹簡に目を通していた大臣が、顔を上げる。

「何がですかな」
「私に、仕事をさせていただいて」

 大臣は、不思議そうな顔をして答える。

「皇后になったら嫌でも謁見なども陛下と共に行わなればなりませんぞ。今のうちに後宮でゆっくりしておけばいいものを」
「遥さまに、無理を言ってお願いしたんです。一人になりたくないのと、何か仕事をさせて欲しいと」
「……ふん、まぁ、詩音殿を一人にしないというのは、こちら側も監視できるという意味では利点はありますからな」

 あくまでも詩音のことはまだ信用していない、という姿勢は崩さなかったが、どこか柔らかい雰囲気を感じていた。もう少し、話をしてみたいと思った。

「遥さまは、大臣のことを随分と信頼されていらっしゃるようですね。いつ頃からの関係なんですか?」 

 大臣が一瞬黙る。

(しまった、踏み込みすぎた?)

 しかし、大臣は自慢そうに髭を撫でながら、ゆっくり口を開いた。

「私は先代とは元々友人で、この国の長となる前から共に過ごしてきました。陛下については、それこそお生まれになった時から存じております。幼少期は教育係としても携わっておりました」

(幼少期かぁ、なんか、変わってなさそう)

「遥さまの幼少期って、どんな感じだったのか訊いてもよろしいですか?」

「何事も飲み込みが早くて記憶力や思考力も素晴らしく、非常に聡明なお子様でいらっしゃいました。幼いころから詩文にきょうじ、その才能は父君も認めるところでございました。
 ただ、甘えん坊ですぐ周囲に頼るところや、興味のないことは中々真剣に取り組もうとしないところには苦労しましたが――それは、今も変わりませんね」

 そういう大臣の顔は、慈愛に満ち溢れているようだった。二世とはいえ、一応一国の皇帝であり主君である人に対して「甘えん坊」という表現をしてしまうことに、この二人の関係性が見えた気がした。

 大臣としても今の彼を一人前の存在として扱っているわけではないのだろうが、少し長い目で彼が開花するのを見守っているのかもしれない。


「そう言えば、先程戻ってきたという兄君はどういう――」

 詩音が大臣に質問しようとしたところで、遥星が戻ってきた。

「大臣、詩音、待たせてすまなかったな。遠征に出ていた兄上が帰還した。これで関係者は揃ったぞ。明日にでも詩音のお披露目をしよう」
「かしこまりました」
「あの、私はどうすれば……?」
「ん? お披露目と言っても、まぁ単なる宴会だ。普段通りで構わない。明日はそれまで後宮で休んでいてもいいし、こちらに来ても良いぞ」

 詳しく聞いてみたところ、その会はさるの刻―現代の時間で16時頃―に始まるということだった。この世界では夜の灯りは松明たいまつで照らすくらいしかなく真っ暗になってしまうので、こういう催しも明るい時間に行うのが一般的なようだ。

 後宮にいてもまた元の退屈なのに危険な状態になってしまうだけと考えた詩音は、明日も今日と同じように仕事をさせてもらうことにした。 
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