上 下
25 / 57
第二章

仕事が…したいです

しおりを挟む
「とにかく、そなたは一人にならないようにな」

 遥星が詩音の身を案じてした発言は、一つの気付きを与えた。

 あの空間で、一人にならないようにするというのは、実質無理だ。
 鈴と蘭は片方は寝ていて、片方は何かしら作業をしていることが多いし、他の夫人達とは四六時中一緒に過ごせるような関係ではない。働いている人は他にもいるものの、「自分のそばに」いてくれる人はさほどいないのだ。
 だとしたら――

 詩音は手に持ったままの茶碗の中身を一気に飲み干して、お盆に置いた。

「遥さま。今から2つ、お願いごとを申し上げます。聞いていただけますか?」

 詩音の何か意を決したような発言に、遥星は少々面食らいながら、続きを促した。

「まず一つ目は、先程の件。前言撤回をして申し訳ありませんが、やはり調査をお願いします。ただし、事件ではなく、単に事故という名目で」

 彼の言う通り、詩音も彼も見くびられてるというのなら、何もしないというのは余計馬鹿にされる一因となってしまうだろう、と思い直した故の撤回だった。
  
 事故として調査すれば、犯人疑いの汚名を彼女らに着せることはない。だが、皇帝側も黙っているわけではない、ということさえ主張出来るだけでも、牽制にはなるだろう。どうせ犯人は見つからないのだろうし、見つかったってトカゲの尻尾切り程度にしかならないのなら、そこは捨て置けばいい。

「そして二つ目。これは、この国の常識上、無礼なことであったら申し訳ありません。日中、私を本殿に置いていただけないでしょうか。もちろん、何もしないというわけではありません。雑用でもなんでもします! ……というか、させて欲しいのです」

 遥星はその提案に目をぱちくりとさせた。お茶を一口含み、ひと呼吸置いてから答えた。

「一つ目の調査については、承知した。そのように手配しよう。それから二つ目、その真意の程は?」

 詩音はそう考えた理由を述べた。
 後宮で"一人にならない"というのは難しいだろうということ、それから、何もしないで過ごしたこの数日は大変もどかしく、何か手や身体を動かしていないと落ち着かない、ということを切に訴えた。

「以前お話ししましたが、これでも秘書の仕事をしていました。環境は違うので行き届かない点もあるかとは思いますが、少しはお役に立てることもあるのではないかと思います」

(い、言い切ってしまった。自信満々に。この世界の、この人たちの仕事がどんなものかも知らないくせに)

 詩音は内心冷や汗をかきながらも、しっかりと遥星の目を見つめて返事を待った。
 遥星は少し考える素振りを見せてから、ゆっくりと口を開いた。

「うむ、構わん」

 意外な程あっさりとしたその回答に、いつの間にか強ばっていたらしい肩の力が抜ける。

「ただ、皇后になる身とはいえ、まだそなたとは婚儀も挙げていないのだから、政務に携わらせることに難色を示す者もいるかもしれない。安全上のこともあるし、そなたは私の執務室内のみで仕事の手伝いをしてくれるか。表向きは、私に呼ばれて会いに来たということにでもしておけばいい」
「は、はい! ありがとうございます!!」

(どうしよう、めちゃくちゃ嬉しい)

 役割を与えて貰えるということは、こんなにも喜ばしいことだったのか。澱んでいた空気が一気に晴れたような開放感が、詩音を包んだ。

「あ、でも」

 詩音はあることに気づき、遥星に尋ねた。

「日中に逢引、をしているように言ってしまって、大丈夫なんですか? 真面目に仕事をしろ、と非難されませんか?」

 自分から押しかけさせて貰うお願いをしておいてどの口が言うかという感じだが、ふと心配になった。そして、詩音の不安は変な方向に的中した。彼のこの後の発言は、襲われるのとは別の意味での心配を抱かせるのに十分だった。

「さあ? ま、普段からあまり仕事はしていないからな」
「……え?」


――そりゃ、具体的なことは知らないけど、皇帝って国のトップなわけだから、やることは色々あるんじゃないの? 大丈夫じゃないよね、それ?

「父の代に集めた我が国の臣下は非常に優秀での。特に内務大臣は私に代わって色々まとめておいてくれるから、私は大してやることはないのだ」

――いやいやいやいや。あの髭の大臣におんぶにだっこというわけですね?


 どうしてこの人は、上げて落とすようなことばかりするのかと、詩音は頭を抱えた。

 実際には遥星としては特に何も意識しておらず、詩音が勝手にときめいて幻滅してを繰り返しているだけなのだが、毎回振り回されてしまっている気持ちが拭いきれなかった。

 そうして、安堵と不安がごちゃ混ぜになった中、詩音の宮廷生活は始まった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?

恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ! ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。 エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。 ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。 しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。 「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」 するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜

菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。 私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ) 白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。 妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。 利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。 雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

皇太后(おかあ)様におまかせ!〜皇帝陛下の純愛探し〜

菰野るり
キャラ文芸
皇帝陛下はお年頃。 まわりは縁談を持ってくるが、どんな美人にもなびかない。 なんでも、3年前に一度だけ出逢った忘れられない女性がいるのだとか。手がかりはなし。そんな中、皇太后は自ら街に出て息子の嫁探しをすることに! この物語の皇太后の名は雲泪(ユンレイ)、皇帝の名は堯舜(ヤオシュン)です。つまり【後宮物語〜身代わり宮女は皇帝陛下に溺愛されます⁉︎〜】の続編です。しかし、こちらから読んでも楽しめます‼︎どちらから読んでも違う感覚で楽しめる⁉︎こちらはポジティブなラブコメです。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...