無能と呼ばれる二世皇帝の妻になったら、毎日暗殺を仕掛けられて大変です【改訂版】

佐伯 鮪

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第一章

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「では、そなたに一応納得してもらえたところで、これからのことを話そうか」

 遥星は、お茶を淹れ直してから改めて席について言った。

「まず、そなたの立場についてなのだが――、私の正室、別の言い方をすれば皇后、ということになる。まぁ、他に側室もおらぬし実質たった一人の妻なのだが」

 さっきからの話によれば、ここの人達は複数の妻を持つのが当たり前のようだった。後宮に入れと言われたが、愛憎渦巻く世界、とか勘弁して欲しいし、他にいないのは助かるか、と素直に思った。

「ただ、そなたは身寄りのない者ーーということにしてしまった。そのことで、何か言ってくる者もいるかもしれない。それには、耐えられるだろうか?」

 変な質問をしてくる人だな、と詩音は思った。
 人に無理くり皇帝の妻という立場を押し付けておいて、どうしてそんなことを聞くのだろうか。この状況において詩音には反論や拒絶の権利はないはずであるし、なんら意味のないことではないか、と。

(……この人は、皇帝の権力を意識しているのかしてないのか謎だなぁ。いっそのこと、耐えろ、と命令口調で言い切ればいいのに。わがまま甘ったれ僕ちゃん風でも、いや、だからこそ? 人に対する気遣い故なのか、そういう性格なのか……)

「それについては、なってみなければわからないかと。心構えだけは、しておきます」

 詩音は、歯切れの悪い返事をした。
 これも、社会人経験の為せる所業かもしれない。

 見通しが明らかでないことについては、「できる」と断言するのがどうもはばかられる。ついつい、どう転んでもいいように予防線を張ってしまう自分を、若くないと感じてしまった。 

「そなたは慎重だな」と遥星が呟いた。

 「身寄りのない者」、か。ここでは家もない、家族も友達もいない、仕事もない。育ってきた歴史もない。
 私は、「何者」か。……「何者」でもない。
 前回も思ったことだが、詩音のカードは、全く効力を持たないことを実感する。全ステータス、0だ。今まで育ってきた歴史も何もかも、なかったものと同じ、と。

「詩音、気を悪くしたか? すまない」

 遥星は詩音が複雑な思いを抱いていることに気付いたのか、フォローを加える。
 詩音は慌てて返事をした。

「あ、いえ! ちょっと考え込んでしまっただけで」
「……まぁ、不安であろうな。下手に嘘の設定を作っても、矛盾が出ても困るだろう。現実問題として、わからないことは全てわからない、で通してくれ」
「承知、しました」

「さて。話も一段落したし、一旦休憩するか」

 そう言って、遥星ようせいは机の上の空(から)の茶器を持ち上げ、さっと部屋を出ていった。

(え、ちょっと……)

 置いていかれてしまった形となった詩音は、しばし呆然としてしまった。
 あれだけの情報しか発さずに置き去りにするなんて、なんて身勝手な、と詩音は思った。

(私一人取り残されても……)

 外へ出るわけにはいかないが、部屋の中なら少しうろついても許されるだろうか。
 詩音は椅子から立ち上がり、ジャケットを脱いで伸びをした。

 前回とは違う部屋のようだが、ここはなんだろう。
 棚には固そうな巻物が沢山あり、大きな執務机のようなところにも所狭しと積まれている。
 先程詩音が現れたところは衝立の向こうで、低い机に筆と硯が置かれていた。
 格子の窓から外の明かりも入ってくるということは今は昼間なのだろうし、仕事部屋なのかもしれない。

 詩音がもう一度椅子に腰掛け、パンプスを脱いでふくらはぎのマッサージをしようとしたところで、遥星がお盆を持って戻ってきた。慌てて足を靴に戻し、姿勢を正す。

(わぁ、はしたないところを.....!)


「茶と菓子を持ってきたぞ。一緒に食べよう」

 そんな詩音の様子に気付いているのかいないのか、遥星はお盆を机の上に置き、とぽとぽと新しい温かいお茶を注ぐ。
 湯気から漂う香ばしい匂いと、お菓子の甘い匂いに安らぎを覚えた。

 どの程度の時間部屋を開けるのか、とか、
 部屋に残された自分は何をしていれば良かったか、とか、
 そうした欲しかった情報を何も残さずに部屋を出ていったことを咎めようと思っていた。
 それなのに、この茶菓子の香りに戦意喪失させられる。

「.....これは、月餅、ですか?」

 模様の型押しされた、潰れたお饅頭のようなそれを手に取ると、ずっしりと重い。

「知っておるのか?」
「はい。近隣の国のお菓子で、私の国でも食べることができます」
「そうか.....珍しい菓子で喜んで貰おうと思ったんだが、知っていたのか。ちと残念じゃの」

 そう言ってしゅんとした顔は、まるで子供のようだった。
 何故だかフォローしなければいけないような気になって、慌てて取り繕う。

「あ、でも滅多に食べるでもありませんので!頭も使ったところだし、甘い物嬉しいです!美味しそう~」

 詩音が喜んで見せると、またもやパァッと表情を明るくした。
 
「菓子に合うように、茶は苦味のあるものにした。
 さっ、いただこうではないか」

 そうして、3度目のティータイムが始まった。


「あの、このお茶菓子は自分で取りに行ったんですか?」

 1回目も2回目も、部屋の中でだがお茶を淹れてくれていた。
 一国の皇帝陛下が、自ら歩いて茶菓子を取りに行くというのが不思議だった。

「? そうだが。何か変か?」
「いえ、人に持って来させるのが普通なのかな、と」
「まぁ、言えば持ってきてくれるだろうが……自分で選びたかったしな」

「そうですか。それならそうと部屋を出る前に言って欲しかったです。置いていかれたのかと、心配になりました」

 少し拗ね気味に伝えてみるも、遥星には細かい機微は伝わらないようで、「すまんすまん」と軽く返されてしまった。

(掴めないな、この人)

 マイペースだということは嫌という程わかったが。

 例の同僚の言葉を借りれば、『私を理解してくれて甘やかしてくれる』存在ではないことだけは明らかだった。
 夢なら、もう完璧に自分に都合の良いキャラクターでいてくれてもいいのにな、と詩音は思った。
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