無能と呼ばれる二世皇帝の妻になったら、毎日暗殺を仕掛けられて大変です【改訂版】

佐伯 鮪

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序章

新婚初夜は暗殺と共に

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「貴様……何者だ」


 突然のことに、思考が追いついていかない。
 さっきまでの繁華街の明かりはなく、暗闇の中、窓からの月の光を背景にした人影が、自分に向けて何かを突きつけている。
 淡い光を受けて反射する先の尖ったものーーそれが剣というものだと、少しの間を置いてから理解した。詩音の今まで生きてきた中では、およそ見たことのないものだったからだ。

 恐る恐る、目線を眼前の剣先から上に持ち上げる。

「あ、あなたこそ、何? ここはどこ? あなた、この家の人?」

 上ずった声で詩音がなんとか反応すると、影に込められた力が少し緩んだ気がした。

「家、というか…」

「そ、それより、そこに人が倒れて……助けないと」

 詩音がそう訴えかけたその時、部屋の外からバタバタと複数の足音が近づいてきて、扉の前で止まった。

「陛下! 何かございましたか? 大きな物音が聞こえて参りましたが」

(……陛下!?)

 すると目の前の人影は、剣を鞘に戻し、詩音の腕を取った。
「静かに、こっちへ」と小声で囁きながら、部屋の奥の衝立(ついたて)の陰に誘導した。詩音は訳の分からないまま、そのまま押し込められるように隠れることになった。
 
 隙間から覗いてみると、ちょうど向こう側へ外からの月光が入る形となり、ぼんやりとだが部屋の様子がわかった。詩音は、そばにあった布を頭から被って、息を殺した。

 詩音が隠れたのを確認すると、陛下と呼ばれた人影は「入れ」と外に向かって言った。それ合図に扉が開き、2人程が部屋へ入ってきた。

「いかがなされました?」
「これを、見よ」
「お、お妃様?……どうなさったのですか!?」

 1人が駆け寄って、うつ伏せになっていた女性を上向きに返すと、右手で握った小刀がその胸に刺さっていた。

「これは.....!」

 その人は慣れた手付きで首筋と手首の脈を確認し、「亡くなっています」と告げた。

「.....先程、その女が私に刃を向けようとしてきた。だが、懐から抜き出そうとした時、足を滑らせて自ら倒れ、そのまま動かなくなった」

 陰で聞いていた詩音は、小さく身震いした。

(足を滑らせたって言ってるけど、やっぱり私がぶつかった衝撃であの人は.....? でも、女の人はあの男の人を殺そうとしてたってこと? なんてタイミング.....)

「この小刀には、恐らく毒も塗られていたのでしょう。傷の周りが変色しています。おそらく即死と思われますが、触れられてはいませんね?」

「あぁ、大丈夫だ」

すみやかに片付けます。それから、この女を手引きした者、及び一族を急ぎ捕らえます。よろしいですね?」

「うむ、任せる」

 恐らく手伝いを呼びに行ったか指示を出しに行ったのだろう、1人が部屋を出て、残ったうちの1人が呟いた。

「それにしても、輿入こしいれのその日に暗殺を仕掛けるなど.....なんて女だ」

「.....」

「失礼いたしました、陛下。別室でお休みになりますか? すぐにご用意いたしますが」

「いや、いい。軽く掃除だけしてくれ。ちょっと.....このまま部屋でゆっくりしたい。片付けたら湯を持ってきてくれるか。茶が飲みたい。それから、しばらく誰も近づかぬようにして欲しい」

「かしこまりました」

 それから、遺体の回収と清掃のためか人がどっと入ってきて、嵐のように作業をして一瞬で去っていった。
 最後に、沸かした湯を持ってきた人が、周囲の見張りは強化してあるが、何かあったらすぐに鐘を鳴らして呼んでください、と言って部屋を出ていき、部屋は再び静寂に包まれた。

(わ、私、そろそろ出てもいいのかな.....?)

 詩音が悩んでいると、ひょいと衝立の向こうから覗く顔があった。

「すまなかったな。身体は大丈夫か」

 例の人影、もとい"陛下"と呼ばれていた男性から優しく声を掛けられ、ほっと息を吐いた。

「話は聞こえていただろう、人払いをしたから、茶でも一緒に飲まぬか」


 こんな状況で、お茶?
 うーん.....鈍感なのか、図太いのか、慣れているのか。

 とはいえ、言われてみると、詩音も喉が渇いて仕方がないことを自覚した。
 落ち着いて状況を整理したいと思った詩音は、その申し出を素直に受け入れることにした。
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