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第2章 星屑のビキニアーマー
地下への階段
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「いいか? 俺がやるのを、よーく見ておくんだ。なぁに、難しいこたぁねぇさ」
鍛冶屋のオヤジは、タケルの目の前でスプーン作りを実践してみせた。オヤジの言うように、難しいことは何もない。頭の中でイメージを固め、素材となる動物の骨に強化魔法をかけながら、熱いハンマーで打つ。たったこれだけで、軽くて丈夫なスプーンが完成する。
「さ、やってみな」
タケルはハンマーを持たされたまま呆然としていた。
「オヤジさん……。僕は魔法が使えないんです。魔法をかける工程だけを無くして作るわけにはいかない……ですよね」
「何だお前、魔法が使えねぇのかよ。強化魔法なんて基本中の基本だぜ。レナスでは、子どもにも使える魔法だぞ?」
この世界には無数の精霊が空気中に舞っている。精霊の姿を直接見ることはできないが、感じとることはできるのだ。精霊には幾つもの種族があり、人々は精霊たちから力を借りることで、目的に合った魔法を唱えることができる。
「勉強すれば、僕にも使えますか?」
「当ったり前よ! 魔法が使えねぇ奴なんざ、この世にいねぇさ」
魔法を使うことは、息を吸うのと同じくらい普通なことである。もちろん、上級魔法を使うには専門の知識を学ぶ必要があるが。日常生活で使う魔法に関しては、親から子へ、自然に伝えられている。
「まずは精霊を感じて、呼び寄せることだ。スプーンを固くするだけなら精霊の数はそんなに必要としねぇ。さぁ、やってみろ」
「やってみろって言われてもなぁ……」
タケルにとっては無理難題である。
「どうやれば感じることができるんですか?」
「どうって言われてもなぁ……。何となくだよ。何となく感じて、必要な分だけ力を借りるんだ。俺にはそれしか言えねぇよ」
当たり前にできてしまうことを、他人に教えることは、それを学ぶよりも難しい。指導のプロではない鍛冶屋のオヤジには、タケルに教える術がなかった。
「もうじき俺の息子が帰ってくる。まだ七歳で、魔法学校に入ったばかりだが、あいつなら教科書を持ってるはずだ。それを借りて勉強する方が確実かもな」
それから間もなくして、息子が帰ってきた。息子はタケルを見るなりテンションを上げ、バタバタと店の中を走り回る。
「うわぁ! 知らない兄ちゃんが来てらぁ! なぁ、兄ちゃん。名前は何て言うんだい? オイラはジンタってんだ。よろしくな!」
ジンタはタケルの背中に飛びついてきた。
「うわっ、重いよ! せめて、その大きな鞄を置いてからにしてくれ!」
まるで木のぼりをするかのように、ジンタはタケルの背中をよじ登る。タケルは髪の毛を揉みくちゃにされながらも、ジンタに肩車をしてやった。それを見た鍛冶屋のオヤジは驚き、目を丸くする。
「凄えもんだな。驚いたぜ。見かけによらず、随分と力持ちなんだな……」
「肩車くらいで、大袈裟ですよ」
タケルはこの時まだ気付いていなかった。こっちの世界の人々の基礎体力が、タケルの世界よりも遥かに低いことを。
「なぁタケル。俺と力比べしてみねぇか? タケルが勝ったら、今夜はステーキでも何でもおごってやるぜ」
鍛冶屋のオヤジは腕力に自信があった。それだけに、タケルの力には興味を覚えたのだ。しかし、力比べは呆気なくタケルの勝利で終わった。タケルはオヤジが力を抜いているんじゃないかと疑うほどだった。
「タケルよぉ。お前、ラグラークに行くんだよな? だったら騎士になれ! そうすりゃ必ず勇者として崇められるだろうさ」
「ラグラークの勇者なら、ケレンさんがいるじゃないですか。ま、ケレンさんは今、僕の世界にいるわけだけども」
「ケレン? そんな名前の奴は聞いたことねぇな。第一、勇者の選定はこれからだったはずだぞ。たくさんの騎士の中から一人を決めるらしいぜ」
「それって、ケレンさんの代わりを決めるってことですか?」
「だからよ、ケレンなんて奴は知らねえよ。とにかくだ。タケルは勇者になれる素質がある」
この時代、勇者はまだ存在していない。ケレンが勇者に選ばれるのは、もう少し先のことなのだ。
魔物たちの強襲に小さな国々は絶大な被害を受けていた。それは巨大国家であるレナスやラグラークでも深刻な問題になっている。
レナスは魔法使いの部隊を結成し、魔物の調査に乗り出していた。そして、魔物たちを束ねる魔王の存在が明らかにされたのである。これを受け、ラグラークは魔王討伐に乗り出した。しかし、多くの騎士が亡き者となり、人々は生きる希望を失った。そこで、ラグラークとレナスは協力し、勇者という希望の光を世界に示す計画に出たのである。
「レナスからは、クロナの嬢ちゃんが勇者パーティーに加わることになってんだ。だが、ラグラークはまだ、誰を出すか決まってねぇって噂だぜ。だからよ、タケルが勇者になっちまえば良いんだよ」
「そんなこと、僕にできるはずが──」
一瞬、ヒヤッとするような涼しい風が、タケルの頬に触れた。奥の床に、地下へ通じる階段が見える。風はそこから来たのだとタケルは思った。
「ん? どうかしたか?」
「いや、地下に通じる階段が気になって。クロナさんの小屋にもあったから。これ、ロールプレイングゲームなんかでは、地下に宝物があったり、モンスターがいたりするんですよ」
「ロール……? 何だそりゃ。レナスでは、どの家にも大抵、地下はあるもんだぜ。まぁ、備蓄倉庫として使ってるだけなんだけどな。昔からの風習ってやつさ」
鍛冶屋のオヤジは笑っていたが、その目はわずかに緊張していた。タケルはその変化を見逃さなかった。
鍛冶屋のオヤジは、タケルの目の前でスプーン作りを実践してみせた。オヤジの言うように、難しいことは何もない。頭の中でイメージを固め、素材となる動物の骨に強化魔法をかけながら、熱いハンマーで打つ。たったこれだけで、軽くて丈夫なスプーンが完成する。
「さ、やってみな」
タケルはハンマーを持たされたまま呆然としていた。
「オヤジさん……。僕は魔法が使えないんです。魔法をかける工程だけを無くして作るわけにはいかない……ですよね」
「何だお前、魔法が使えねぇのかよ。強化魔法なんて基本中の基本だぜ。レナスでは、子どもにも使える魔法だぞ?」
この世界には無数の精霊が空気中に舞っている。精霊の姿を直接見ることはできないが、感じとることはできるのだ。精霊には幾つもの種族があり、人々は精霊たちから力を借りることで、目的に合った魔法を唱えることができる。
「勉強すれば、僕にも使えますか?」
「当ったり前よ! 魔法が使えねぇ奴なんざ、この世にいねぇさ」
魔法を使うことは、息を吸うのと同じくらい普通なことである。もちろん、上級魔法を使うには専門の知識を学ぶ必要があるが。日常生活で使う魔法に関しては、親から子へ、自然に伝えられている。
「まずは精霊を感じて、呼び寄せることだ。スプーンを固くするだけなら精霊の数はそんなに必要としねぇ。さぁ、やってみろ」
「やってみろって言われてもなぁ……」
タケルにとっては無理難題である。
「どうやれば感じることができるんですか?」
「どうって言われてもなぁ……。何となくだよ。何となく感じて、必要な分だけ力を借りるんだ。俺にはそれしか言えねぇよ」
当たり前にできてしまうことを、他人に教えることは、それを学ぶよりも難しい。指導のプロではない鍛冶屋のオヤジには、タケルに教える術がなかった。
「もうじき俺の息子が帰ってくる。まだ七歳で、魔法学校に入ったばかりだが、あいつなら教科書を持ってるはずだ。それを借りて勉強する方が確実かもな」
それから間もなくして、息子が帰ってきた。息子はタケルを見るなりテンションを上げ、バタバタと店の中を走り回る。
「うわぁ! 知らない兄ちゃんが来てらぁ! なぁ、兄ちゃん。名前は何て言うんだい? オイラはジンタってんだ。よろしくな!」
ジンタはタケルの背中に飛びついてきた。
「うわっ、重いよ! せめて、その大きな鞄を置いてからにしてくれ!」
まるで木のぼりをするかのように、ジンタはタケルの背中をよじ登る。タケルは髪の毛を揉みくちゃにされながらも、ジンタに肩車をしてやった。それを見た鍛冶屋のオヤジは驚き、目を丸くする。
「凄えもんだな。驚いたぜ。見かけによらず、随分と力持ちなんだな……」
「肩車くらいで、大袈裟ですよ」
タケルはこの時まだ気付いていなかった。こっちの世界の人々の基礎体力が、タケルの世界よりも遥かに低いことを。
「なぁタケル。俺と力比べしてみねぇか? タケルが勝ったら、今夜はステーキでも何でもおごってやるぜ」
鍛冶屋のオヤジは腕力に自信があった。それだけに、タケルの力には興味を覚えたのだ。しかし、力比べは呆気なくタケルの勝利で終わった。タケルはオヤジが力を抜いているんじゃないかと疑うほどだった。
「タケルよぉ。お前、ラグラークに行くんだよな? だったら騎士になれ! そうすりゃ必ず勇者として崇められるだろうさ」
「ラグラークの勇者なら、ケレンさんがいるじゃないですか。ま、ケレンさんは今、僕の世界にいるわけだけども」
「ケレン? そんな名前の奴は聞いたことねぇな。第一、勇者の選定はこれからだったはずだぞ。たくさんの騎士の中から一人を決めるらしいぜ」
「それって、ケレンさんの代わりを決めるってことですか?」
「だからよ、ケレンなんて奴は知らねえよ。とにかくだ。タケルは勇者になれる素質がある」
この時代、勇者はまだ存在していない。ケレンが勇者に選ばれるのは、もう少し先のことなのだ。
魔物たちの強襲に小さな国々は絶大な被害を受けていた。それは巨大国家であるレナスやラグラークでも深刻な問題になっている。
レナスは魔法使いの部隊を結成し、魔物の調査に乗り出していた。そして、魔物たちを束ねる魔王の存在が明らかにされたのである。これを受け、ラグラークは魔王討伐に乗り出した。しかし、多くの騎士が亡き者となり、人々は生きる希望を失った。そこで、ラグラークとレナスは協力し、勇者という希望の光を世界に示す計画に出たのである。
「レナスからは、クロナの嬢ちゃんが勇者パーティーに加わることになってんだ。だが、ラグラークはまだ、誰を出すか決まってねぇって噂だぜ。だからよ、タケルが勇者になっちまえば良いんだよ」
「そんなこと、僕にできるはずが──」
一瞬、ヒヤッとするような涼しい風が、タケルの頬に触れた。奥の床に、地下へ通じる階段が見える。風はそこから来たのだとタケルは思った。
「ん? どうかしたか?」
「いや、地下に通じる階段が気になって。クロナさんの小屋にもあったから。これ、ロールプレイングゲームなんかでは、地下に宝物があったり、モンスターがいたりするんですよ」
「ロール……? 何だそりゃ。レナスでは、どの家にも大抵、地下はあるもんだぜ。まぁ、備蓄倉庫として使ってるだけなんだけどな。昔からの風習ってやつさ」
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