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第2話 急な視察
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ルーカスとフェリスが結婚して半年。
執務に追われながらも、フェリスとの生活は充実していた。
朝食を終えたルーカスは、妻のフェリスに申し訳なさそうな顔で告げた。
「フェリ。急で悪いが視察でしばらく戻れなくなってしまった。君一人に屋敷の事を任せてしまうが大丈夫だろうか?」
お茶を飲んでいたフェリスは、カップから口を離すとニコリと微笑んだ。
「まぁ。旦那様。家令も執事も手伝ってくださいますので、わたくしは大丈夫ですわ。…それよりも旦那様の方こそご無理はなさらないでくださいませ。お義父様のお仕事の引き継ぎが済んだばかりとはいえ、ここの所お忙しかったのでしょう?せっかくですから視察先でゆっくりしていらしてくださいませ」
「ああ。ありがとう。フェリ。そうさせてもらうよ。…今回の視察はお祖父様の代から懇意にしている商人も一緒だから、僕だけ先に帰れないんだ。本当にすまない」
フェリスの言った通りようやく引き継ぎを終えた僕は休む暇もないまま視察に赴く事が決まり、旅の準備に追われていた。
結婚してまだ半年だというのにフェリスに寂しい思いをさせることに罪悪感を抱いていた。
「ふふふ。旦那様ったらお気になさらないでください。お仕事ですもの、仕方ありませんわ。…それよりも道中くれぐれもご用心くださいませ。旦那様がご無事で帰って来られることこそ何よりの土産なのですから」
「フェリ…。ああ、用心する。なるべく早く戻るから待っていてくれ」
フェリスの気遣いに胸が温かくなり、思わず抱きしめていた。
「だ、旦那様!?」
顔を赤らめて慌てるフェリスにますます愛おしさが募る。
僕は内心父上に文句を言いつつ、フェリスの陶器のように白い頬に唇を落とした。
頬を押さえて恥ずかしそうに俯いて見上げるフェリスは、僕の心臓を鷲掴みにした。
(ああ、離れたくないな。新婚だと分かっていて視察に行かせるなんて。父上、恨むぞ)
ぶつぶつと呟く僕をきょとんとした表情で見上げてくるフェリスに、慌てて笑顔を作る。
「…それじゃあ、準備が整い次第出発するから後は任せたよ」
「はい。安心してお任せください」
数刻の後、準備が全て整った僕たちはエントランスで名残惜しそうに互いを見つめ合っていた。
「行ってらっしゃいませ。旦那様」
「ああ。行ってくる」
フェリスの見送りを受けて、後ろ髪を引かれる思いで馬車に乗り込んだ。
祖父の代から懇意にしている商人の街まで馬車で四日間。
その間、書類に目を通して不備がないか確認する。
書類に目を通していたルーカスは、ふと視線を窓の外に向けた。
フェリスと一緒ならただの景色も楽しめたかもしれないが、一人だと何の感動も湧かない。
眠いわけではないが、書類の確認が済んで手持ち無沙汰になった僕は、目的地まで目を閉じてやり過ごすことにした。
「閣下。目的地に到着いたしました」
どうやらいつの間にか眠っていたようだ。
従者に起こされて意識が浮上する。
「ああ。ありがとう」
目を覚ました僕は、すぐに気持ちを切り替えて気を引き締める。
父の紹介で商人と会うのは二回目ということもあり、緊張した面持ちで馬車から降りる。
そこには父より少し年上の老齢の男性が笑みを浮かべて立っていた。
出迎えをしてくれたのは、商会を取り仕切っている商会長だった。
「ようこそお越しくださいました。長旅でお疲れでしょう。客間にご案内いたしますので、先ずはゆっくりとお寛ぎください」
客間までの道中、商会長と軽い挨拶を交わし、父の近況などを語り合った。
「こちらのお部屋がシャルダン侯爵閣下が滞在される客間でございます。何か足りない物があればいつでも申し付けてください」
通された客間は広く、華美というほどではないが洗練された調度品が主張することなく、部屋にさり気なく置かれていた。
「素晴らしい部屋だな。機能性を重視しつつも調度品一つ一つが洗練されていて温かみを感じる。心遣い感謝する」
素直な感想を伝えると商会長は嬉しそうに微笑んだ。
「お褒めに預り光栄です。長旅でお疲れでしょうから私はこれで失礼いたします。晩餐の準備を整えておりますので、その時にでもゆっくりと語り合いましょう」
こうして無事商会長と面会を果たした僕は、少しだけ肩の荷が降りた気がして晩餐までゆっくりと過ごした。
晩餐会は異国の料理が並び、目も舌も喜ばせてくれた。
商会長の手腕に舌を巻きながら、ふと妻の顔が脳裏を過る。
今回の視察が終わったら妻にたくさん土産話しをしよう。
きっと目を細めて微笑んで話しに耳を傾けてくれるだろう。
その時の僕は愛しい妻に会える日を指折り数えて思いを馳せていた。
執務に追われながらも、フェリスとの生活は充実していた。
朝食を終えたルーカスは、妻のフェリスに申し訳なさそうな顔で告げた。
「フェリ。急で悪いが視察でしばらく戻れなくなってしまった。君一人に屋敷の事を任せてしまうが大丈夫だろうか?」
お茶を飲んでいたフェリスは、カップから口を離すとニコリと微笑んだ。
「まぁ。旦那様。家令も執事も手伝ってくださいますので、わたくしは大丈夫ですわ。…それよりも旦那様の方こそご無理はなさらないでくださいませ。お義父様のお仕事の引き継ぎが済んだばかりとはいえ、ここの所お忙しかったのでしょう?せっかくですから視察先でゆっくりしていらしてくださいませ」
「ああ。ありがとう。フェリ。そうさせてもらうよ。…今回の視察はお祖父様の代から懇意にしている商人も一緒だから、僕だけ先に帰れないんだ。本当にすまない」
フェリスの言った通りようやく引き継ぎを終えた僕は休む暇もないまま視察に赴く事が決まり、旅の準備に追われていた。
結婚してまだ半年だというのにフェリスに寂しい思いをさせることに罪悪感を抱いていた。
「ふふふ。旦那様ったらお気になさらないでください。お仕事ですもの、仕方ありませんわ。…それよりも道中くれぐれもご用心くださいませ。旦那様がご無事で帰って来られることこそ何よりの土産なのですから」
「フェリ…。ああ、用心する。なるべく早く戻るから待っていてくれ」
フェリスの気遣いに胸が温かくなり、思わず抱きしめていた。
「だ、旦那様!?」
顔を赤らめて慌てるフェリスにますます愛おしさが募る。
僕は内心父上に文句を言いつつ、フェリスの陶器のように白い頬に唇を落とした。
頬を押さえて恥ずかしそうに俯いて見上げるフェリスは、僕の心臓を鷲掴みにした。
(ああ、離れたくないな。新婚だと分かっていて視察に行かせるなんて。父上、恨むぞ)
ぶつぶつと呟く僕をきょとんとした表情で見上げてくるフェリスに、慌てて笑顔を作る。
「…それじゃあ、準備が整い次第出発するから後は任せたよ」
「はい。安心してお任せください」
数刻の後、準備が全て整った僕たちはエントランスで名残惜しそうに互いを見つめ合っていた。
「行ってらっしゃいませ。旦那様」
「ああ。行ってくる」
フェリスの見送りを受けて、後ろ髪を引かれる思いで馬車に乗り込んだ。
祖父の代から懇意にしている商人の街まで馬車で四日間。
その間、書類に目を通して不備がないか確認する。
書類に目を通していたルーカスは、ふと視線を窓の外に向けた。
フェリスと一緒ならただの景色も楽しめたかもしれないが、一人だと何の感動も湧かない。
眠いわけではないが、書類の確認が済んで手持ち無沙汰になった僕は、目的地まで目を閉じてやり過ごすことにした。
「閣下。目的地に到着いたしました」
どうやらいつの間にか眠っていたようだ。
従者に起こされて意識が浮上する。
「ああ。ありがとう」
目を覚ました僕は、すぐに気持ちを切り替えて気を引き締める。
父の紹介で商人と会うのは二回目ということもあり、緊張した面持ちで馬車から降りる。
そこには父より少し年上の老齢の男性が笑みを浮かべて立っていた。
出迎えをしてくれたのは、商会を取り仕切っている商会長だった。
「ようこそお越しくださいました。長旅でお疲れでしょう。客間にご案内いたしますので、先ずはゆっくりとお寛ぎください」
客間までの道中、商会長と軽い挨拶を交わし、父の近況などを語り合った。
「こちらのお部屋がシャルダン侯爵閣下が滞在される客間でございます。何か足りない物があればいつでも申し付けてください」
通された客間は広く、華美というほどではないが洗練された調度品が主張することなく、部屋にさり気なく置かれていた。
「素晴らしい部屋だな。機能性を重視しつつも調度品一つ一つが洗練されていて温かみを感じる。心遣い感謝する」
素直な感想を伝えると商会長は嬉しそうに微笑んだ。
「お褒めに預り光栄です。長旅でお疲れでしょうから私はこれで失礼いたします。晩餐の準備を整えておりますので、その時にでもゆっくりと語り合いましょう」
こうして無事商会長と面会を果たした僕は、少しだけ肩の荷が降りた気がして晩餐までゆっくりと過ごした。
晩餐会は異国の料理が並び、目も舌も喜ばせてくれた。
商会長の手腕に舌を巻きながら、ふと妻の顔が脳裏を過る。
今回の視察が終わったら妻にたくさん土産話しをしよう。
きっと目を細めて微笑んで話しに耳を傾けてくれるだろう。
その時の僕は愛しい妻に会える日を指折り数えて思いを馳せていた。
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