上 下
76 / 84

76.真の姿

しおりを挟む
「さあ、もう逃げ場はないぞ」

 アリャンとラムに周りを固められたその男は、しかしまだ不敵な笑みを浮かべていた。

「まったく、この小賢しい料理人め。
ちょっと鼻が利くだけかと思っていたら、まさか俺を嵌めるとはな!」

 追い詰められたその男は、俺を振り返ると、その唇を歪めて話し始めた。

「舞踏会であのアミュレットが偽物だと気づかれていなければ、今頃俺はこの国とはとっくにおさらばしていたはずだ。偽物のアミュレットはそれはそれは精巧にできていたからな。なにしろ、お前らが突き止めた通り、あれは隣国の大臣が有名な贋作師に作らせたものだ。普通なら、絶対にバレないはずだった!
それがまさか、お前のようなド平民の料理人ごときに、あのアミュレットの真贋を見破られるとは!
しかしお前だって、このことに気づかなければアミュレットを盗んだ疑いをかけられて審問にかけられることなどなかったというのに、まったく余計なことをしてくれたものだ!
……それにしてもイーサン、お前のあの森小屋は、王宮にも近いのに出入り自由、しかもノーマークといった格好の隠し場所だったよ!」

 
「貴様っ、アミュレットを盗んだだけでなく、イーサンにその罪まで着せようとするとは、悪辣非道!
決して許すことはできない!」

 シヴァの声が鋭く響き、青白い剣先が男の喉元をわずかにとらえた。


「おやおや穏やかじゃないね。しかし本来の俺のやり方は、とてもスマートでね。誰にも気づかれないうちに、あっという間にお宝を頂くってのが信条だ。
流血騒ぎなどごめんだが、こうなってしまっては仕方がない」

 その瞬間、怪盗の体が光を帯び始めた。徐々に強まる光が、彼の全身から放たれる。
 みるみるうちに、サンカルの整った顔立ちが歪み、髪が深い緑色に染まっていく。瞳も同じ、深い緑色に変化した。
 まるで霧が晴れるように、偽りの外見が剥がれ落ち、元の姿が露わになっていった。


「俺をここまで欺けたことに敬意を表して、特別に俺の真の姿を見せてやる。
俺はディミトリオス。俺は世紀の大泥棒でありながら、同時に世紀の大魔法使いでもある!」


 その男の背丈はサンカルよりもわずかに低くなり、冷酷な笑みを浮かべたディミトリオス――世紀の大泥棒が、ついにその姿を現した。

 深緑色の瞳が不気味に輝き、乱れた髪がざわりと揺れた。ディミトリオスの装いは変身の魔法が解けると同時に、サンカルの黒い騎士服から灰色の軽装へと変わり、腰のベルトには盗みの道具がぎっしりと並んでいた。

「ここまで完璧な変身の魔法をつかえるものは、残念ながらこの国にはいないだろう。見た目はもちろんのこと、性格や口ぶりまで、完全にコピーできるのさ! さて、そろそろ時間だ! 
皆さん、俺はここで失礼させていただくよ。
ごきげんよう、またどこかで!」


 挑発的な声とともに、ディミトリオスは手のひらに小さな光の玉を作り出すと、それを床に叩きつけた。


「させるかっ!」

 評議席から、ロハンが叫んだ。ロハンは両手をディミトリオスに向けると、光のオーラを出してその身体を包み込んだ。


「おい、そこの白魔導士、手伝えっ!」

「言われなくたって、そうするさ!」

 ロハンに呼応する形で、ラムはその両手から白い波動を繰り出した。


「いいか、この空間のすべての魔法を無効化するんだ!」

「白魔導士長、アンタのことは嫌いだけど、さすがに魔法の才能だけは認めざるを得ないね」

 軽口をたたきながらも、ラムの波動は審問室を覆っていき、それはロハンの光のオーラと最終的に溶け合った。


「くそっ、こんなところに強力な魔法使いが二人もがいたのか」

 額に汗を浮かべながらも、その波動を受け止めているディミトリオス。


「よし、シヴァ、あとは任せたぞ。すべて無効化した!
この空間では、もう魔法は一切使えない」

 ロハンの言葉に、シヴァはその青白い長剣を静かに構えた。


「承知した。あとは俺がこいつを捕らえるだけだ!」




しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています

八神紫音
BL
 魔道士はひ弱そうだからいらない。  そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。  そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、  ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

転移したらなぜかコワモテ騎士団長に俺だけ子供扱いされてる

塩チーズ
BL
平々凡々が似合うちょっと中性的で童顔なだけの成人男性。転移して拾ってもらった家の息子がコワモテ騎士団長だった! 特に何も無く平凡な日常を過ごすが、騎士団長の妙な噂を耳にしてある悩みが出来てしまう。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~

さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。 そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。 姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。 だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。 その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。 女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。 もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。 周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか? 侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?

処理中です...