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【番外編】

ソラルの里帰り 〜その4〜

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 その長身の男は、俺の首筋に顔をうずめるとくすっと笑った。

「君、全然テオドアに似てないねえー。あっ、もちろんいい意味でだよ。そのすごく素朴な感じがとてもいい!
それに、見た目と違って、しっかりと筋肉が付いたいい身体じゃないかっ」

 男の手が、俺の上着の中に入り込み、シャツの上から胸のあたりをさわさわと撫でた。

「ちょ、ちょっと、やめてくださいッ!」

「ああ、きっと背中もとても綺麗なんだろうね。私は絵も描いていてね。どうだろう、今度君の裸を描かせてくれないか?」

 俺は、巻き付く男の腕からなんとか逃れようとするが、相手はびくともしない。


 ――こいつ、デキるっ!!!!


 もちろんお飾りとはいえ、俺はれっきとした騎士団の一員である。それなりの訓練は受けているし、一般人の男よりは絶対に強い自信がある…‥、のだが。

 俺の抵抗など、まるでなかったもののように背中にまわった男の手が、俺のズボンの中に侵入して……。

「あっ、やめっ……」

「ふふっ、いまビクって震えたね。怯えているのかな? すごく敏感だね……。それに、なんて可愛いお尻……」

「ぎゃあああ!」

 尻の割れ目に直に指を添わされ、俺は悲鳴を上げる。

「君の中に指を入れたら、君はどんな声で啼いてくれるのかな?」

 騎士としても、男としても、尊厳を踏みにじられそうになっている俺!


「もう、やめ、て……」

 思わず男に哀願する形になる自分を恥じたそのとき……、


「お前のその汚い指をぜんぶ切り落としてやればいいのか!?」

 俺を拘束していた男の腕が外れた。


 見ると、その長身の男は、首筋にレオンの短剣をあてられていた。

「ははっ、なるほど! 君がレオンだね! ほんと、その凶暴なところ、テオドアにそっくりだ!」

 両手を上げて降参のポーズをする男はレオンとほぼ同じ背丈。背中まである長い銀髪に青い瞳、目の下にあるほくろがあだっぽく、色男という表現がぴったりな造作の整った男だった。
 多分年のころは俺と同じくらい……。

 男の背後から、短剣をあてていたレオンは、俺をギロリとにらんだ。

「ソラル、俺の目の前で堂々と浮気とはいい度胸だな!」

 え、いや、これ浮気? これが浮気に見えるのっ!? どう見ても一方的に襲われてただけでしょ!?

「本当に、あなたは病気ね、ミハエル! 可愛い子を見たら見境がないんだから!
ごめんなさいね、びっくりしたでしょう?」

 テオドアが俺に近づき、乱れた衣服を整えてくれた。深紅の爪に俺はドキリとする。


「誰にでもってわけじゃないよ、テオドア! 私は私の創作意欲を刺激する人間にしか反応しない!」

「ソラルは俺の婚約者だ。……死にたいのか?」

 凄みを利かせた声でレオンに言われ、ミハイルはヒッと息をのんだ。ちなみに、のど元には短剣を突きつけられたまま!


「……久しぶりね。レオン、元気だった?」

 テオドアがレオンに、レオンと同じ蛍光色の瞳を向ける。

「テメエには関係ない! クソババアがっ!! 何でここに来た!?」

 レオンの蛍光色の瞳が光る。

「招待されたのよ。ほら、そこにいるあなたの可愛い婚約者にね!」

 レオンが俺をすごい勢いで睨む。


「ソラルっ、お前ッ!!!」


 ――やはり俺は間違っていたのか?



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ーーテオドア・ドラコス。

 クアス共和国の舞台女優で、その美貌と演技力は高く評価され、国外でも広く名を知られた存在……。

 そして彼女は、レオンが、16歳の時のときクアス共和国を出てからおそらく一度も会っていない、生き別れたままの実の母親でもある。

 俺は常々、なんとかしてレオンとその母親・テオドア・ドラコスとを会わせられないものかと思っていた。
 

 レオンが故郷を出たいきさつからも、母親に対して良いイメージを持っていないことは俺もわかっていた。だが、今回のレオンと俺の婚約は、この親子の確執を解く機会にもってこいではないか、と俺は考えたのだ。
 そのことをジラール公爵夫人に相談したところ「有名な舞台女優さんなら、ファンレターを書いてみたら?」と目からうろこのアドバイスをもらった。

 そして、俺はファンレターと称して、このリーズの結婚式に、俺の婚約者の母親として参列してくれないか、と招待状を送ったのだ。
 もちろん相手は世界的に有名な女優。ファンレターだってたくさん来るだろうし、全部に目を通すとも限らない。それに、もし読んでくれたところで、そんな有名人が、まさかわざわざ国外の辺鄙な田舎まで来てくれるとは思っていなかった。
 駄目でもともと、これを機会に、レオンと母親がなにかつながりを持てることになったら……、そんな俺のささやかな願いからのことだった。


 ――でも、テオドア・ドラコスはここに現れた!


 レオンは捨てられたと思っているようだが、本当に捨てた子どものところにわざわざ現れる母親はきっといない。


「ソラル、いったいどういうつもりだ!?」

 母親へと悪態をつくレオンを何とか宥め、俺はレオンを人気のない教会の裏庭に連れてきていた。

「ねえレオン、レオンのお母さんって、レオンにそっくりだね。本当に綺麗な……」

「ソラル!」

 レオンの手を取ろうと伸ばした腕を、レオンは振り払った。

「レオン……?」

「忘れてたよ。アンタが、想像を絶するお人よしだったってこと!
そういうアンタもひっくるめて好きだけど、でも…‥」

 レオンは唇をゆがませる。

「俺の過去に立ち入ることは、たとえアンタでも許さない!!!」

「レオンっ!」

 レオンは俺の胸倉をつかむと、自分に引き寄せた。

「いいか、ソラル。家族という家族がみんな、あんたの家族みたいに仲良しだと思ったら大間違いだ!
余計なもめ事を起こして、大事なリーズの結婚式をめちゃくちゃにしたくないんだったら、あのクソ女を絶対に俺に近づけるな!
……あと、あの変質者と少しでもイチャイチャしてみろ!
今後一切浮気ができないように、アンタをジラール家の地下牢につないで、一生閉じ込めてやるからなっ!」

 レオンは俺をつかんでいた手を離すと、くるりときびすを返し、一切振り向かず歩いて行ってしまった。


 ――ジラール家って地下牢もあったんだ……。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 あっという間に式が始まる時間になって、俺は慌てて教会に入った。

「あっ、子猫ちゃん、こっちこっち! さあ、ここに座って!」

 当然のように親族席に座っているミハイルに、その隣を示される。

「あっ、いや……、俺はっ」

「ソラルは猫じゃねえ! 殺すぞ!」

 後ろから現れたレオンはドスの利いた声で睨みを利かすと、俺の手を引き自分の隣に座らせた。

「レオン……」

「……」

 俺が小声で話しかけるが、返答はない。


 ――どうしよう、これは……、これは……、確実に、かなり怒っている!
 
 そういえば、俺とレオンは上司と部下という関係性もあってか、喧嘩という喧嘩をしたことがない。

 基本的にレオンは優しいし、俺の願いをなんでも先回りして叶えてくれる。俺は俺で、優秀すぎるレオンに対しては何の不満もないので、二人の間に諍いが起こることはこれまでほぼなかった。

 俺は今回、おそらく、レオンにとって一番触れられたくない部分を土足で踏み荒らしてしまったのだ!

 レオンが母親と和解してほしいというのは、俺の勝手な願いであって、レオンの気持を完全に無視した行動だった。

 ――でも、今更後悔しても、もう遅い。

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