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第19話 二通の手紙

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 さて、状況を整理してみよう。

 レオンが、俺にとってかわって団長になろうとしていることは、レオン自身が言っていたことなので間違いない。
 そして、団員たちの話によると、レオンはどうやら、俺に対して非常に不満を持っている、らしい、というかこの世から消しさりたいくらい嫌い……?
 しかも状況からして、Xデーは間近とのこと!!!

 でも俺がいったい何をした!?

 ーー騎士団長としての業務をすべてレオンに丸投げし、身の回りの世話をさせ、頼まれてもいない任務に同行し騎士団一同に迷惑をかけた、あまつには魔力譲渡のためにレオンが俺に仕方なくしたキスにメロメロになって……しつこくキスをねだって……。

 うん、かなりひどいことをしている……。


 でも、俺のことをそこまで嫌っていたなんて……。南の島の任務に同行するまでは、俺とレオンの仲はそこまで悪くなかったはず……。
 だが、俺はコカトリスに襲われ、レオンの腕の中で意識を失いかけたときのことを思い出した。


 『――あんたなんて、あんたなんて、大っ嫌いだ!』


 うん、そういわれれば面と向かって大嫌いって言われてたわ! すでに!



 あれからずっと距離を置かれているのも、納得である。っていうか、よく今まで気づかずにのうのうと過ごしてたよな、俺。
 --そういうところもきっとレオンの癇に障ったんだろう。

 いままでさんざんレオンに迷惑をかけてきた俺。きっと、今までたまりたまった不満が、あのコカトリスの一件で爆発したのだ。
 要は、いろいろな意味で、レオンは俺を見限ったのだ!


 ――というわけで、

 俺はレオンの前から退場する!
 可及的速やかに、そしてレオンには決して気づかれずに。

 俺はレオンに無条件で降伏し、団長の地位を委譲する。無抵抗の相手に刃を向けるほど、レオンも残虐非道ではないだろう……、だろうと信じたい!


 そうと決まれば、やらなければいけないことはたくさんあった。

 俺は急な腹痛を理由に急遽団長会議を欠席、騎士団を早退し、戦略的撤退の準備を始めたのだった。



 全速力で自宅へと戻った俺は、書斎のデスクから便箋と封筒を見つけだすと、猛烈な勢いで手紙を書き始めた。

 宛先はーー、もちろんユーゴ・フランドル伯爵!

 俺は長年の不義理を侘びたあと、騎士団長としての責務にもはや限界を感じていること、できれば王都を離れ、新たな職を見つけたいことを書きなぐった。昔の愛人からの手紙など、ユーゴ様にとって迷惑以外の何者でもないことはわかっているが、この際背に腹は変えられない。

 騎士団を退職してしまったら、俺にはもう再就職の道などない。この際頼れるのは、郊外に広大な領地をもっている伯爵のユーゴ様だけ!
 この際雑役夫でもなんでもいい、雨風がしのげれば寝場所は馬小屋だって構わない。とにかく俺はまだここで死ぬわけにはいかないのだ。

 それに、俺の下から二番目の妹ももうすぐ結婚するらしい。欲を言えば、せめてお祝いにキレイなドレスくらい贈ってやりたい! 俺は独身無職の情けない穀潰しの兄にはなりたくなかった。しかもレオンの魔法剣で400分割にされたり、灰も残されずにこの世から抹消されてしまった日には、残された家族に俺はどう顔向けすればいいのだ!?


 ーーそして、ルイ王子にも手紙をしたためた。

 もともと俺を第6騎士団長にしたのはルイ王子だ。グオルガから帰国したら、俺は逃亡して行方不明、腹違いの弟が団長になっていた……では、ルイ王子もきっと驚くだろう。理由はともあれ、団長の職を辞すことをあらかじめ伝えておくことは、騎士として、世話になったものとして最低限の礼儀だろう。

 レオンが俺に下剋上して団長になろうとしていることはひた隠し、騎士団長としての重責に耐えきれなくなったこと、今後は郊外でひっそりと暮らしていきたい……などと書き、俺は手紙の封を閉じた。


 しかしーー、俺はここで新たな壁にぶちあたった。


 「送り先が、わからない、だと!?」


 今までやり取りしていたユーゴ様の手紙は、ユーゴ様からもらった綺麗な箱にいれて大切に保管していたはずだ。引っ越しした際もその箱があったことは覚えている。そしてルイ王子からかつて頻繁に届いていた手紙も、ルイ王子の機嫌を損ねないような内容を毎回精査するため、きちんとファイリングして戸棚にしまっておいていたはずだ。だが、どこをどう探してもそれらが見当たらない。

 おそらく、ジラール邸から高価な家具やら食器やらが運ばれた何度目かのときに、レオンがどこかに移動させたのだろう。いつも家のものの何かを探すときは、全部レオンが俺の代わりに探してくれていたから、それらの置き場所について考えたこともなかった。

 そう。気がつくと、俺は、俺の家なのに、どこになにが保管されているかさっぱりわからない状態になっていたのだ!
 俺な拳を握りしめる。家の些末なことですら、なにもかもレオンへ依存しきっていた過去の俺を殴ってやりたい気分だった。

 もちろんレオンに手紙の在処を聞けば、こともなげに見つけてくれるだろう。だが、なぜ俺が急にユーゴ様やルイ王子に手紙を出す必要があるのか、勘ぐられては元も子もない!

 しかし、こんなことをして時間を潰しているわけにはいかない。ユーゴ様は伯爵であるし、ルイ王子は第3王子! 王都の図書館にいけば、住所録くらい手に入るかもしれない……、うん、無理だろうけど、やってみるしかない!

 俺はレオンのお古の外出着に着替えると、家の門を飛び出した。そこで出会ったのは、俺を救ってくれることになる思いがけない人物だった。


「あら、デュポン団長? 今日はお早いお帰りですのね。いまからお出かけですの? どちらへ?」

 高級馬車から降りてきたのは、お隣のベフトォン婦人。ご主人はなんと第3騎士団の団長様なのだった。
 話は長いが、とても気立ての良い御婦人である。

「あ、こんにちは! ちょっと所用で、図書館に……」

 言いかけて俺ははっと気がついた。

「あの、ベフトォン夫人。前・第一騎士団長のフランドル伯爵のご住所なんて、ご存知、ない……ですよね?」

 俺の問いに、ベフトォン夫人はニッコリと微笑んだ。

「あらぁ、デュポン団長、そんなことならお安い御用ですわ。たしか、うちに昔の団長名簿があったはず。あとで家令にお宅にお届けさせましょうか?」

「えっ、いいんですかっ!? 大変ありがたいです……、で、あの、ついでといっては何なのですが、ルイ殿下へお手紙を出す方法など、ご存知でしたら……」

「あらぁ、なんて奇遇ですの! 実は宅の主人が明後日から、グオルガへ出張なんですのよ。もしその時で良ければ、主人から殿下へお手紙をお渡しするように言付かりますわ!」


 ーーなんて幸運! 天は俺に味方した。


 俺は何度も礼を言って、自宅に戻った。


 だが俺はその時、知る由もなかった。


 ーー俺が出したこの2通の手紙が、さらなる騒動を呼ぶことになるなんて!!!!






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