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第18話 逆心の部下
しおりを挟むその日俺は、昼から定例の団長会議があった。
第6騎士団の団長室を出て、本部へと向かう長い渡り廊下を歩いているとき、俺はレオンが用意してくれていた大事な原稿をデスクの引き出しに忘れてきたことに気づいた。
――あれがなければ、俺は団長会議で何の役目も果たすことができない。
相変わらずレオンに業務を依存しきっていた俺は、あわてて踵を返した。
だが、戻った団長室で俺が目にしたのは、恐ろしすぎる光景だった……。
俺がすぐには戻ってこないと思っていたレオンは、すっかり油断していたのだろう。なぜか半開きだった団長室の扉をそっと開けた俺に、レオンは気づかなかった。
レオンは、俺に背を向ける形で、団長の椅子の背もたれの部分に、その長い指を這わせていた。
うっとりと、まるで自分の宝物を愛でるかのように、レオンはその椅子を愛し気に何度も撫でていた。
だが、そのあとレオンの口から発せられたのは、まるで人を呪い殺すような怨念のこもった声だった。
「俺が……、団長になったら、すべて、すべてが、手に入る……。もうすぐ、もうすぐだ……」
誰に聞かせるでもない、呪文のように繰り返される言葉に、俺は全身が総毛だった。
レオンに気づかれないようにそっと扉を閉めた俺は、さっきから動悸がおさまらない。
がやがやと声がして、うしろから数人の団員達がこちらに歩いてくるのを確認した俺は、慌てて柱の陰に身を隠した。
「っていうかさー、見た? あの副団長の団長を見る目!」
「見た見た! マジでヤバイよな! Xデーはもう間近って感じだよ!」
どうやら年若い団員たちは、俺とレオンのことを噂しているらしい。
それにしてもXデーってなんだよ!? 俺は息を殺し、耳を澄ました。
「あーあ、俺、デュポン団長のこと、結構気に入ってたのにさ、残念だよ。
あのジラール副団長が団長になったら、めちゃくちゃ規律とか厳しくしそうじゃん!?」
「そうそう、デュポン団長はさ、ちょっとくらい制服着崩したって、なんも言わないもんな!」
――ちょ、ちょっと待て!? 団員たちの間では、近々俺にとってかわってレオンが団長になると思われてる!?
「それにデュポン団長ってさ、優しいし、ちょっとしたことでも褒めてくれるじゃん! 大人になってから褒められることってあんまりないから、ぽわぽわーってなるよな!」
「でも、そうやってぽわぽわーっとなったところに、隣の副団長のあの魔眼に睨まれて背筋が凍るんだよな!」
「そうそう、第6騎士団あるあるー!!」
――なんだそのあるあるは……っていうか、なぜ、俺は騎士団長をやめることになってるんだ!? もちろん俺は定年まで騎士団にすがりつくつもりだし、退職届だって出してない!
……それにしてもレオンの目って、団員たちに「魔眼」って言われてるんだな……。
「お前さ、そんなにデュポン団長が好きなら、ジラール副団長から身を挺して守ってやれよ!」
「は? ありえねーし。俺、まだ死にたくないもん」
――俺だって死にたくない!
「確かに! あの魔法剣で400分割にされるのがオチだよな!」
ギャハハ、と団員達が笑う。
「なに? 400分割って?」
――俺も知りたい。
「知らねーの? 団長を怪我させたコカトリスを、副団長が一瞬で400分割にしたって話!」
「まじか! こえー! さすがジラール副団長!」
あのときキラキラと空から振ってきた破片は、コカトリスがバラバラにされた姿だったのか!?
もしかして……、次は俺がレオンの魔法剣で400分割にされるの!?
「それにしても、デュポン団長、可愛そうだよなー。あんな怖い人に目ェつけられちゃって!」
「でも自業自得じゃん? 副団長の前であんな態度とってたら、さすがの副団長も堪忍袋の尾が切れて当然じゃね?」
耳が痛い……。俺が第6騎士団長として全く機能していないことは、もちろん団員たちにも知られている。
「でもさ、本当にもうデュポン団長は戻ってこられないのかな? せめて騎士団に残しておくとか、副団長も考えてくれないかな?
俺、もう団長に会えないなんて、寂しすぎる」
「無理だろ、あの人が、そんな情けかけるような人間にみえるか?
ぜったいどこか誰もこないようなところに監禁されて、骨までしゃぶられるんだぜ。エグっ!」
「骨だって残してもらえるかな? 全部食い尽くして、灰ひとつ残さないだろ!」
――魔王かよっ!? しかし、レオンを本当に怒らせたら、それくらいやりかねない気もする……。
もちろん若い団員たちは俺がいることになんて気づきもせず、言いたい放題いいながら通り過ぎて行った。
そして残された俺は――、
人生最大のピンチに陥っていることに、今更ながら気づいたのだった。
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