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第12話 そして俺の生活は保障された

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 ――そして次の日の夜、俺はジラール公爵邸で、豪華なディナーに舌つづみを打っていた。

 ちなみに俺が着ている絹のシャツも、黒いズボンも、高級そうなシルバーのコートも、すべてレオンが用意してくれた。
 なんでも昔レオンが着ていたものだというのだが……、10歳以上の年下からお下がりをもらう30過ぎの男って……、しかも微妙にサイズがまだ大きいって…‥、
 ――いやこのことについて深く考えるのはよそう。


「若いお客様が来てくださると、一気にこの家の中が明るくなるようですわね」

 ジラール公爵夫人はとても穏やかで優しい白髪の女性。

「レオンがお世話になっているとか。今後ともよろしく頼みますね」

 ジラール公爵の言葉に俺は固まる。いや、お世話になっているのはどちらかというと俺の方だ。


 不幸なことに、ジラール公爵夫妻の一人息子は、十数年前、マンティコアに襲われて命を落としている。
 それゆえ、マンティコアの群れの殲滅に尽力したルイ王子を心から崇拝しており、レオンの養子の件も二つ返事で受け入れたのだそうだ。



「その若さで団長を務められているとは、さぞや立派なご経歴なのでしょうね」

 ジラール公爵夫人の悪気など全く感じられないまっすぐな瞳に、俺は鴨肉をのどに詰まらせそうになった。

「ルイ殿下のご推薦だそうだ。間違いのない方だろう!」

 ――いや、むしろいろいろな面で間違いだらけだ。
 

 ちなみに騎士団員というのは総じて口が堅い。騎士団の中での秘密は必ず守られる――これは騎士団員になったときに王に誓う言葉でもある。
 国家の機密を扱う任務もあるため、騎士団員のなかでは公然の秘密であっても、それが外部に漏れるということは、まずない。

 というわけで、おそらくこの公爵夫妻は俺がどのような手段で第6騎士団長まで登りつめたなど、きっとご存じないのだろう……、
 ないのだろうが、なぜかおれの心臓はさきほどからバクバクと激しく脈打っている。

「とても穏やかで、騎士の規範となるような公明正大な方です。私も見習いたいと常々思っております」

 俺は目をむく。
 常日頃から俺を小馬鹿にし、トロいだの、判断が遅いだの、そもそもだらしがなさすぎるだの、俺をさんざんこきおろしている副団長のセリフとは到底思えない。

「立派な上の方がいて幸せね、レオン」

「ええ、本当に」

 優等生的笑みを公爵夫妻に向けるレオン。

 どの口が言うか! 俺はあんぐりと口を開ける。


「それで、気に入った絵は見つかりまして?」

「はい、ありがとうございます。でもよろしいのでしょうか? とても高価なものなのでは……」

 そもそも今日俺は、家に飾る絵画を選ぶために、わざわざこうしてこの公爵邸に招かれていたのだった。

 俺が選んだ絵、それは郊外の田園風景を描いた作品だった……、なぜ俺がこの絵を気に入ったのか、それはもちろんこの絵の中の農村が、俺の田舎を彷彿とさせるからだ。

「あの絵もデュポン団長の家に飾られてうれしいだろう! 借りるなどと言わず、貰ってくれて構わんよ! 借りるも貰うも、どうせ最後は同じようなものだ!」

 豪放磊落なジラール公爵。いや、でもそれは俺が困る!

 だが、その日以降俺の家に飾られたその絵は、長い間騎士団の業務で疲れた俺の心をずいぶん癒してくれる存在となったのだった。





 そして食生活!!
 
「いいですか、団長には野菜が不足しています。肉ばかり食べずにもっと意識して野菜をとってください!」

「はい……」

 昼時になると、大きなバスケットを片手に、レオンが団長室に訪ねてくるようになった。

 なんど、ジラール家のシェフが腕によりをかけて、毎日俺(……というか多分レオン)にランチを作ってくれているのである!

「あっ、この人参、おいしい……」

「この味付けは俺が考えました」

「すごい! レオン天才!!」

「……」

 ほめられたというのに、レオンは恨みがましい視線を俺に向けてくる。

「すごいなあ、美味しいなあ!」

 大味である騎士団の食堂とはまた違った繊細な味付け、かつ、俺の好み合わせたスパイシーさもある。

 もうそんじょそこらのものでは満足できなくなってしまうレベル!


「団長、週末のご予定は?」

 ツンとすました顔でレオンが聞いてくる。

「特にないよ。毎度のことだけど……」

「偶然、上質なラム肉が手に入りました。クアス料理にぴったりだと思うのですが、一緒にいかがですか?」

「えっ、いいのっ!?」

 俺は目を輝かせる。

「では、週末にご自宅に伺います」

 ――そう、俺が非番の週末、レオンは俺の家にやってきては、故郷の手料理をふるまってくれているのである!


 もちろんレオンとしては、いつも世話になっている公爵夫妻に自分の手料理をふるまいたいのだろう。
 だが、クアス料理というのは、公爵夫妻のような年長者には刺激的かつ油っぽすぎるとのことで、俺は試食相手としてはもってこいらしい。
 きっとレオンもしばしば故郷の料理を食べたくなるのだと思う。そのご相伴にあずかれることは、俺としても願ったり叶ったりだった。

  そんなこんなで、俺の栄養状態はあっというまに素晴らしく良くなった。もう騎士団で倒れたりすることもない。

 そんな俺は、団長に就任して1年も経つ頃には、なんだかんだ言いつつも、副団長として俺を支えてくれ、生活面でも世話を焼いてくれるレオンにすっかり心を許してしまっていた。
 そして、愚かなことに、レオンもきっと俺と同じ気持であろう……と思い込んでいた。

 ――だが、そんな都合のいいこと、あるわけなかった。


 俺が34歳になり、騎士団長としての業務にも慣れてきて、あんなにも頻繁に届いていたルイ王子からの手紙もすっかりご無沙汰になっていたころ、俺とレオンの間に決定的な亀裂が入る事件が起こったのだ。

 
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