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第52話
しおりを挟むセシルはこれ以上なくうろたえていた。
――どうして、今、ここに、あの方がっ!?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さかのぼること、数時間前。
ジャックス前王の墓参りを終えたエドガーとセシルは、それぞれ別々の馬車に乗り込むことになった。
エドガーは王宮へ、セシルは離宮へと戻るためだ。
「エドガー様、本当にありがとうございました」
深く首を垂れ、馬車へ乗ろうとするセシルの手を、エドガーが引いた。
まるで抱き込むように、後ろからセシルの腕を絡めとると、エドガーはセシルの耳元でささやいた。
「今宵は、私と共に……」
「……!!」
意味することなどわかりきっていた。
真っ赤になって頷くと、セシルはそそくさと離宮に戻る馬車へと乗り込んだのだった。
離宮に戻ると、セシルはたくさんの女官たちに囲まれることになった。皆一様にセシルの安否を気にかけてくれていたようだった。特にアビーは、セシルに抱き着くとおんおんと泣いた。
「アビー、心配かけてすまない」
「いえっ、セシル様がご無事ならそれでいいのです。それよりもっ!」
アビーが涙をぬぐい、素早く目くばせすると、離宮仕えの女官がずらりと並んだ。
「今夜は、陛下が離宮で過ごされると、たった今お触れがありました。
私たち女官一同、誠心誠意を込めて、セシル様のお支度を整えさせていただきますっ!!!」
「えっ、あっ? いやっ、その……」
女官たちの気迫に思わず後ずさるセシルだったが、すでに後の祭りだった……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「セシル様っ、寝台には薔薇の花びらを散らせますかっ?」
「いや……、大丈夫だ。そのままで……」
「セシル様っ! 香の調合をいたしますので、お好みの香りを選んでくださいませ!
ちなみに、王宮に伝わるとっておきの配合がございまして、この香りをかぐとたちまち淫靡な……」
「香は、なるべく……、さわやかで、穏やかな香りのものをお願いできるかな?」
「……はい、かしこまりました」
「ご夕食ですが、食後のことを考えると、あまり胃にもたれないもののほうがよろしいかと、料理人から……」
「……お任せします……」
「さあっ、セシル様っ、お肌のお手入れをいたしましょうかっ!!!」
色とりどりの香油の瓶が並んだ盆を手にしたアビーが鼻息荒く、セシルを誘導する。
「あの、アビー、準備は、その……、自分で、できるから……」
ジャックス王がいたころは、王を迎える準備はほとんど自分でやっていた。
香だけはいつもふんだんに焚かれていたが、それはネイト・ハザムの幻覚作用のあるものだった。
「せめて……、せめてお背中だけでもこのアビーにお任せくださいませ」
涙目になるアビーに、思わずセシルは頷いた。
「わかった……。でも湯殿には私一人で……」
「はいっ、承知いたしました! ではこちらに寝そべっていただいて!
香油を塗る前に、さきにお身体をほぐして差し上げますね!」
「……」
この分だと、エドガーを迎えるころには心身ともにくたくたになってしまいそうだと、セシルは内心ため息をついた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして、ようやく一人で湯殿にやってきたセシルだったが……。
「疲れた……、とにかく、ゆっくり湯につかろう……」
この離宮には「湯殿の間」があった。セシルが見たこともないほど大きな浴槽があるその場所は、以前使用していたという先々代の王太后の趣味がふんだんに反映されていた。
すべての衣服を取り去り、温かい湯気に満ちたその空間に足を踏み入れる。
浴槽には滔々と熱い湯が流れ続けている。
セシルは足を止めた。
――誰か、いる。
思わず背を向けたセシルに、柔らかい声がかけられた。
「セシル、こちらへ…‥」
「エドガー様ッ!?」
――なぜ、エドガーが今、ここに!?
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