上 下
52 / 60

第52話

しおりを挟む
 
 セシルはこれ以上なくうろたえていた。

 ――どうして、今、ここに、あの方がっ!?



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 さかのぼること、数時間前。

 ジャックス前王の墓参りを終えたエドガーとセシルは、それぞれ別々の馬車に乗り込むことになった。

 エドガーは王宮へ、セシルは離宮へと戻るためだ。


「エドガー様、本当にありがとうございました」

 深く首を垂れ、馬車へ乗ろうとするセシルの手を、エドガーが引いた。

 まるで抱き込むように、後ろからセシルの腕を絡めとると、エドガーはセシルの耳元でささやいた。

「今宵は、私と共に……」

「……!!」

 意味することなどわかりきっていた。

 真っ赤になって頷くと、セシルはそそくさと離宮に戻る馬車へと乗り込んだのだった。


 離宮に戻ると、セシルはたくさんの女官たちに囲まれることになった。皆一様にセシルの安否を気にかけてくれていたようだった。特にアビーは、セシルに抱き着くとおんおんと泣いた。

「アビー、心配かけてすまない」

「いえっ、セシル様がご無事ならそれでいいのです。それよりもっ!」

 アビーが涙をぬぐい、素早く目くばせすると、離宮仕えの女官がずらりと並んだ。

「今夜は、陛下が離宮で過ごされると、たった今お触れがありました。
私たち女官一同、誠心誠意を込めて、セシル様のお支度を整えさせていただきますっ!!!」

「えっ、あっ? いやっ、その……」

 女官たちの気迫に思わず後ずさるセシルだったが、すでに後の祭りだった……。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「セシル様っ、寝台には薔薇の花びらを散らせますかっ?」

「いや……、大丈夫だ。そのままで……」

「セシル様っ! 香の調合をいたしますので、お好みの香りを選んでくださいませ!
ちなみに、王宮に伝わるとっておきの配合がございまして、この香りをかぐとたちまち淫靡な……」

「香は、なるべく……、さわやかで、穏やかな香りのものをお願いできるかな?」

「……はい、かしこまりました」


「ご夕食ですが、食後のことを考えると、あまり胃にもたれないもののほうがよろしいかと、料理人から……」

「……お任せします……」


「さあっ、セシル様っ、お肌のお手入れをいたしましょうかっ!!!」

 色とりどりの香油の瓶が並んだ盆を手にしたアビーが鼻息荒く、セシルを誘導する。


「あの、アビー、準備は、その……、自分で、できるから……」

 ジャックス王がいたころは、王を迎える準備はほとんど自分でやっていた。
 香だけはいつもふんだんに焚かれていたが、それはネイト・ハザムの幻覚作用のあるものだった。

「せめて……、せめてお背中だけでもこのアビーにお任せくださいませ」

 涙目になるアビーに、思わずセシルは頷いた。

「わかった……。でも湯殿には私一人で……」

「はいっ、承知いたしました! ではこちらに寝そべっていただいて!
香油を塗る前に、さきにお身体をほぐして差し上げますね!」

「……」

 この分だと、エドガーを迎えるころには心身ともにくたくたになってしまいそうだと、セシルは内心ため息をついた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 そして、ようやく一人で湯殿にやってきたセシルだったが……。

「疲れた……、とにかく、ゆっくり湯につかろう……」

 この離宮には「湯殿の間」があった。セシルが見たこともないほど大きな浴槽があるその場所は、以前使用していたという先々代の王太后の趣味がふんだんに反映されていた。


 すべての衣服を取り去り、温かい湯気に満ちたその空間に足を踏み入れる。

 浴槽には滔々と熱い湯が流れ続けている。

 セシルは足を止めた。

 ――誰か、いる。


 思わず背を向けたセシルに、柔らかい声がかけられた。

「セシル、こちらへ…‥」

「エドガー様ッ!?」


 ――なぜ、エドガーが今、ここに!?


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

こじらせΩのふつうの婚活

深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。 彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。 しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。 裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。

悪役令息物語~呪われた悪役令息は、追放先でスパダリたちに愛欲を注がれる~

トモモト ヨシユキ
BL
魔法を使い魔力が少なくなると発情しちゃう呪いをかけられた僕は、聖者を誘惑した罪で婚約破棄されたうえ辺境へ追放される。 しかし、もと婚約者である王女の企みによって山賊に襲われる。 貞操の危機を救ってくれたのは、若き辺境伯だった。 虚弱体質の呪われた深窓の令息をめぐり対立する聖者と辺境伯。 そこに呪いをかけた邪神も加わり恋の鞘当てが繰り広げられる? エブリスタにも掲載しています。

【完結】それでも僕は貴方だけを愛してる 〜大手企業副社長秘書α×不憫訳あり美人子持ちΩの純愛ー

葉月
BL
 オメガバース。  成瀬瑞稀《みずき》は、他の人とは違う容姿に、幼い頃からいじめられていた。  そんな瑞稀を助けてくれたのは、瑞稀の母親が住み込みで働いていたお屋敷の息子、晴人《はると》  瑞稀と晴人との出会いは、瑞稀が5歳、晴人が13歳の頃。  瑞稀は晴人に憧れと恋心をいただいていたが、女手一人、瑞稀を育てていた母親の再婚で晴人と離れ離れになってしまう。 そんな二人は運命のように再会を果たすも、再び別れが訪れ…。 お互いがお互いを想い、すれ違う二人。 二人の気持ちは一つになるのか…。一緒にいられる時間を大切にしていたが、晴人との別れの時が訪れ…。  運命の出会いと別れ、愛する人の幸せを願うがあまりにすれ違いを繰り返し、お互いを愛する気持ちが大きくなっていく。    瑞稀と晴人の出会いから、二人が愛を育み、すれ違いながらもお互いを想い合い…。 イケメン副社長秘書α×健気美人訳あり子連れ清掃派遣社員Ω  20年越しの愛を貫く、一途な純愛です。  二人の幸せを見守っていただけますと、嬉しいです。 そして皆様人気、あの人のスピンオフも書きました😊 よければあの人の幸せも見守ってやってくだい🥹❤️ また、こちらの作品は第11回BL小説大賞コンテストに応募しております。 もし少しでも興味を持っていただけましたら嬉しいです。 よろしくお願いいたします。  

αは僕を好きにならない

宇井
BL
同じΩでも僕達は違う。楓が主役なら僕は脇役。αは僕を好きにならない…… オメガバースの終焉は古代。現代でΩの名残である生殖器を持って生まれた理人は、愛情のない家庭で育ってきた。 救いだったのは隣家に住む蓮が優しい事だった。 理人は子供の頃からずっと蓮に恋してきた。しかし社会人になったある日、蓮と親友の楓が恋をしてしまう。 楓は同じΩ性を持つ可愛らしい男。昔から男の関心をかっては厄介事を持ち込む友達だったのに。 本編+番外 ※フェロモン、ヒート、妊娠なし。生殖器あり。オメガバースが終焉した独自のオメガバースになっています。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

最強で美人なお飾り嫁(♂)は無自覚に無双する

竜鳴躍
BL
ミリオン=フィッシュ(旧姓:バード)はフィッシュ伯爵家のお飾り嫁で、オメガだけど冴えない男の子。と、いうことになっている。だが実家の義母さえ知らない。夫も知らない。彼が陛下から信頼も厚い美貌の勇者であることを。 幼い頃に死別した両親。乗っ取られた家。幼馴染の王子様と彼を狙う従妹。 白い結婚で離縁を狙いながら、実は転生者の主人公は今日も勇者稼業で自分のお財布を豊かにしています。

しっかり者で、泣き虫で、甘えん坊のユメ。

西友
BL
 こぼれ話し、完結です。  ありがとうございました!  母子家庭で育った璃空(りく)は、年の離れた弟の面倒も見る、しっかり者。  でも、恋人の優斗(ゆうと)の前では、甘えん坊になってしまう。でも、いつまでもこんな幸せな日は続かないと、いつか終わる日が来ると、いつも心の片隅で覚悟はしていた。  だがいざ失ってみると、その辛さ、哀しみは想像を絶するもので……

公爵に買われた妻Ωの愛と孤独

金剛@キット
BL
オメガバースです。  ベント子爵家長男、フロルはオメガ男性というだけで、実の父に嫌われ使用人以下の扱いを受ける。  そんなフロルにオウロ公爵ディアマンテが、契約結婚を持ちかける。  跡継ぎの子供を1人産めば後は離婚してその後の生活を保障するという条件で。  フロルは迷わず受け入れ、公爵と秘密の結婚をし、公爵家の別邸… 白亜の邸へと囲われる。  契約結婚のはずなのに、なぜか公爵はフロルを運命の番のように扱い、心も身体もトロトロに溶かされてゆく。 後半からハードな展開アリ。  オメガバース初挑戦作なので、あちこち物語に都合の良い、ゆるゆる設定です。イチャイチャとエロを多めに書きたくて始めました♡ 苦手な方はスルーして下さい。

処理中です...