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第50話

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「ファリン様が、ベアトリス様の……」

 ファリンはアルファ、ベアトリスはオメガ。

 もちろん女性同士だとしても、番うことは可能だ。


「でも……、ベアトリス様はエドガー様の側妃で……」


「話せばとても長くなりますわ」

 ベアトリスが両手を胸の前で組んだ。


「簡潔に説明しろ。時間がない」

 エドガーの言葉に、ベアトリスはギロリとにらむ。


「セシル様っ、セシル様は本当に陛下なんかでいいんですの!?」

 ベアトリスの言葉に、エドガーは唇をゆがめる。

「ファリンはよくもまあ、このようなキャンキャンうるさい者を番にしたものだ……」

「なあああんですってええええ!!!!」

「さすが幼馴染だ。息がぴったりだな」

 二人の諍いなどどこ吹く風で、ファリンは飄々としている。



 ファリンはセシルの寝台の側の椅子に、腰を下ろした。

「ベアトリスに子が望めぬとわかったとき、ティンダル公爵はベアトリスの縁談をまとめた」

「このままでは貰い手はないとか言って、お父様は私をうんと年上のアルファと結婚させようとしたのですわ!」

 ベアトリスが割って入ってくる。

「ちょうどその時、私も幻燈の国から見合いをすすめられていた。家柄も人柄も申し分のない
オメガの男性が見つかったのだと……」

「そんなこと!私がさせるわけありませんわっ!!」

 ベアトリスの鼻息は荒い。


「もともと私は、誰とも結婚するつもりはなかった。また、ベアトリスの気持ちに答えることもできなかった。
……我が祖国では、異国の者との婚姻は認められておらぬ」

 ファリンの言葉に、ベアトリスは目を伏せる。

「でも私は……、どうしてもあきらめることはできなかったのです。
誰が何と言おうと、私の運命の相手は、ファリン様に違いありませんから……」

 ベアトリスがそっとファリンの肩に手を置く。

「見合いを断るための書面をしたためていたところ、まだ王太子だったエドガー王から思わぬ申し出があったのだ。
何らかの病か薬の影響で、オメガ性を失われているとおもわれるセシル殿を元の状態なおしてほしい、
それができるなら、どんな望みも叶えてやる……と。
返答の期限は驚くほど短かった。なにしろ、王自身が即位するまで間がなかったからな」

「この取引を持ち出したのは、ベアトリスだ。
私はベアトリスを側妃に望んだことは一度もない」

 エドガーはセシルを見て言った。

「私がもともと考えていたことですの。王の妃ならば、お父様も誰も文句は言わない。
陛下はもとより、セシル様のことしか眼中にない。
ファリン様を陛下とセシル様、そして側妃になった私の主治医として王宮に迎え入れることができれば、
もう誰もファリン様を幻燈に呼び戻すことはできない。
どんなに身勝手とののしられても良かったんです。ファリン様とともに生きることができるならば!」

 ベアトリスのアメジストの瞳。
 優しく明るい色だと思っていたが、セシルにはそこに力強い意志を感じ取った。


「結局私もベアトリスに根負けし……、現在に至る、というわけだ」

 ファリンが小さく息をつく。


「そんなことが……、あったのですね。だから、いつもベアトリス様とファリン様はいつも一緒に……」

 思えば、主治医と患者という関係にしては親しすぎる二人だった。


「思えばこれまで大変であった。……王は王で、妙な意地からセシル殿へ、私とベアトリスとの関係を秘密にしろと命じるし……」

「それはっ! まだ誰がどんなところでこの王宮のたくらみに関わっているかわからなかったからだ!
……どんな秘密も、すべてが明らかになるまでは誰にも漏らすことはできなかったのだ!」


「ベアトリスはベアトリスで、どうにかセシル殿の気持を王に向かせようと、無駄なことばかり画策するし……」

「それにしても、セシル様は本当に鈍感にもほどがありますわ! あれほど陛下に執着されていながら、まったく陛下の想いに気づいておられないなんて!」

 ベアトリスの長いまつげがぱちぱちと瞬く。


「私は、エドガー様にはずっと、憎まれているとばかり……」

 セシルがうつむく。


 ――本当は、ずっとエドガーに愛されていたのに……。


 周りに秘密にされていたとはいえ、すべては自分の思い込みから起こった勘違いの数々……。

 セシルはシーツをぎゅっと握り締めた。



「わかってもらえただろうか。王の愛をめぐって、セシル殿がベアトリスに遠慮することなど何もない」

「私にはファリン様がいますからね!」

「はい、ファリン様、ベアトリス様……、ありがとうございます」


 礼を言ってからエドガーのほうを見やると、エドガーはいつものように難しい顔をしている。
 だが、セシルの視線に気づくと一瞬何とも言えない表情になった。
 

「……っ、セシル、出かけるぞ。連れていきたいところがある。日が暮れる前に」


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