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第32話
しおりを挟む治療らしいことは何一つしないのに、なぜファリンは当然のようにエドガーとの手紙のやり取りをすすめるのか、セシルには意味が分からない。
そもそもエドガー王に気をつけろ、といったのはファリンではなかったのか。
不満が顏に出ていたのだろう。ファリンはセシルを見ると、ふっと笑った。
「そう嫌がるな。貴殿とは反対に、エドガー王はたいそう乗り気である。見てみよ。この分厚い書簡を!」
王家の紋章で封緘してある膨らんだ手紙を受け取り、セシルはげんなりする。
「しかしファリン様、私にはエドガー王と手紙をやりとりするような話題がありません!」
「話題など、王が提供してくれるであろうよ。貴殿はそれに回答するだけ良い。簡単なことだ」
――本当に簡単なことなのだろうか?
「私の祖国でも、書簡のやりとりは人間関係を深めるうえで最も有効な手段だ」
「そういうものでしょうか。でもなぜ手紙と治療が関係が……?」
得意げなファリンだったが、セシルはいぶかしむ。
そして……、やはりセシルの不安は的中した。
恒例のベアトリスとの茶会の後、自室に戻ったセシルはエドガーからの手紙を開封した。
――なんだ、これは!?
まずは、先日の非礼を詫びる一文。
あれだけのことをしておきながら、一文で済ませるところがエドガーらしい。
そして……、
「全部答えるのか? これに……?」
手紙を持つ手が思わず震える。
エドガーからの手紙は、セシルへの質問事項でびっしりと埋められていた。
生まれた場所、出身校にはじまり、好きな季節、好きな色、好きな食べ物……、
これくらいならセシルも簡単に答えられたが、幼少期に感銘を受けた出来事や今の国政をどう思うか?など
セシルが回答に困る項目も、少なくはなかった。
――もしかして、何かを調査されているのだろうか? それとも、試されている?
まるで試験を受けさせられているような気持ちになりながらも、セシルが何とかすべての項目に回答を終えると、
すでに時刻は真夜中になっていた。
――こんなことをしてなにになるのだ?
激しい疲労を覚えながらも、セシルはようやく床に就くことができた。
だが、それで終わりではなかった……。
「セシル様、陛下から書簡が届いております!」
朝食前の薬の時間。銀の盆の上には、なぜか数通の書簡があった。
「これは全部私宛ですか?」
「はい、どれも全部陛下からです」
「ええっ!?」
普通、手紙のやりとりというものは、返事があってからそれに返事を書くものであるはずだ。
昨晩書き終えたエドガーへの手紙は、もちろんまだセシルの手元にある。
――まだ返事も届いていないのに、なぜ追い打ちのように新しい書簡が届くのだ!?
それに……、
――なぜ複数に分けてあるのだ?
手紙を手に取ったセシルはすぐに理解した。
――封筒に入りきらないのだ。だから、数通にわけて入れてある……。
「……これに全部返事をしろ、と?」
内容を確認したくはなかったが、王からの手紙を読まないわけにもいかないセシルだった。
「それにしても……、これ以上私に何を聞くことがあるんだ?」
昨日の手紙で、身辺調査はほぼ終えていたはずだ。
手紙を開いたセシルは、自分の目を疑った。
――なんだ、これは?
内容はセシルを唖然とさせるものだった。
ロイ・ジファールをどう思うか?どんなところが好ましいか? どんなところが好ましくないか?
ファリンをどう思うか? どんなところが好ましいか? どんなことが好ましくないか?
ベアトリスをどう思うか? ……以下略……。
セシルに関わった王宮のすべての人物についての調査。
あの屈辱を受けた相手、ラッセル大臣の名まである。
――これは、どう答えるのが正解なのだ?
模範解答のない試験が永遠に続くような気分だ。
朝食を終えてすぐに、手紙の返事に取り掛かったセシルだったが、昼食の時間を過ぎてももちろん書き終わることはなく、
すべての項目に回答したころには、もう夕方になっていた。
だが、すでにセシルのもとには、王宮から新たにエドガー王からの書簡が数通届いていたことを知り、セシルは絶望した。
「こんなことが毎日続くのか!?」
このままでは、セシルはエドガーとの手紙のやりとりで一生を終えてしまうかもしれない……。
それにしても、こんな尋問のような手紙のやりとりがセシルの治療になるのだろうか?
最後の項目を終え、ペンを置こうとしたセシルは、ふと手を止めた。
追伸:離宮の薔薇園のつぼみがもうすぐ開きそうです。
そう余白に書き記す。
エドガーとともに薔薇を見たいなどという気持ちから出た一文ではなかった。
単なる社交辞令として、王であるエドガーに離宮の様子を伝えたかっただけだった……。
だがこの一文が、それからのエドガーとセシルの手紙のやり取りの流れを変えることとなったのだった。
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