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第24話
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「……っ」
セシルの顔が青ざめる。
「私も気を付けて見ておくが、今日はくれぐれもエドガー王と二人きりにならぬように。
良いな?」
「……はい」
セシルは頷く。
ファリンもそれに応えるようにうなずくと、ローブの袂から紫色のスカーフを取り出した。
そして席を立つと、無言のままセシルの後ろにまわり、そのスカーフをセシルの首に巻き付けた。
「あの……、これは……?」
「セシル殿はずっと前王という番がいたから気づいておらぬかもしれんが……。
番を失ったオメガが、首筋を無防備にアルファにさらすのは危険だ。
特に、あの体力自慢の赤毛の騎士や、情緒不安定な若き王の前では……」
「首筋を……?」
セシルの今日の服装は、タイのついたブラウスに長めのフロッグコート。
襟は高めで、首筋を出しているような服装ではなかったが、ファリンはしっかりとセシルの首にスカーフを結んだ。
「気休め程度だが、ないよりましだろう」
「あの、赤毛の騎士とはロイ・ジファール様のことでしょうか?
もしかしてロイ様になにかあったのでしょうか?」
セシルは最近ロイが、まったく離宮に顔を出さなくなったことに気づいていた。
ファリンは片眉を上げる。
「あの赤毛の騎士……。
あいつは、エドガー王の怒りを買い、いま僻地に飛ばされているのだとか。
己の立場をわきまえず、王にいらぬことを進言したとかでな。なんでも、新しい正妃様の色香に惑わされだとかなんとか」
「そんな! ロイ様は何も悪くないのに」
きっと無意識にロイのことをセシルが頼りにしてしまったからだろう。
ロイは、セシルのために様々な心配りをしてくれていた。
セシルは両手を握りしめる。
ーー自分が無自覚だったせいで、ロイにまで迷惑をかけてしまった。
「エドガー王にとっては、許されざることだったのであろう。
しかし……、正妃様が世間知らずだとは聞いてはいたが、こうも無防備だとエドガー王の気持ちもわからなくはない。
セシル殿、あの騎士のことをエドガー王に尋ねたりしてはならんぞ。
なに、心配はいらぬ。あの王の親しい友は所詮あの騎士だけだ。しばらくすれば、寂しさに耐えかねて王宮に戻すだろう。
それに、僻地とはいっても遠いだけで危険な場所ではないと聞いた」
「そう……、ですか……」
「なにより、あの偏屈王の心を和らげるには、セシル殿の体調回復が一番なのだが…‥」
「何を話し込んでいる!」
「ひっ……」
振り返ると、セシルのすぐ後ろにエドガーが立っている。
明らかに苛立った表情。どうやらセシルという存在は、エドガーの機嫌を損ねさせせるためだけにあるかのようだ。
「さあ、特に何も。天候の話をしていただけだ」
ファリンが堂々と嘘をつく。
「本当か? セシル」
「は、はい、本当でございます」
ーー陛下、と続けそうになった言葉を、セシルは慌てて飲み込む。
「あら、素敵なスカーフですわね、セシル様」
ベアトリスがセシルの首元に巻かれたファリンのスカーフを目ざとく見つけた。
「あ、はい……、ファリン様、ありがとうございます」
「礼など不要だ」
「……フン」
何が面白くないのか、何もかもが面白くないのか、エドガーは忌々しげに唇を歪める。
ーーどうしてこんなに楽しくなさそうなのに、わざわざピクニックに出向いたのだろう。
ーーいや、違う。
ファリンの言葉通りならば、エドガーは今日、セシルを亡き者にするためにわざわざここまで出向いたのだ。
おそらくセシルの身体の回復に思ったより時間がかかったため、待ちくたびれて予定を変更したのだろう。
では、セシルに身の危険を忠告したファリンは、セシルの味方なのだろうか?
ファリンの治療を受け、しばらく経つが、いまだオメガ性が戻った様子はなく、発情期がくる気配もない。
ーーいままでファリンがセシルにろくに診察をしてこなかったのは、セシルの回復をわざと遅らせてくれていたからなのかもしれない。
「さあ、次は湖のほうに参りましょう!」
元気いっぱいのベアトリスが、セシルの腕を取る。
「はい……」
そしてまた問題が起こった。
セシルの顔が青ざめる。
「私も気を付けて見ておくが、今日はくれぐれもエドガー王と二人きりにならぬように。
良いな?」
「……はい」
セシルは頷く。
ファリンもそれに応えるようにうなずくと、ローブの袂から紫色のスカーフを取り出した。
そして席を立つと、無言のままセシルの後ろにまわり、そのスカーフをセシルの首に巻き付けた。
「あの……、これは……?」
「セシル殿はずっと前王という番がいたから気づいておらぬかもしれんが……。
番を失ったオメガが、首筋を無防備にアルファにさらすのは危険だ。
特に、あの体力自慢の赤毛の騎士や、情緒不安定な若き王の前では……」
「首筋を……?」
セシルの今日の服装は、タイのついたブラウスに長めのフロッグコート。
襟は高めで、首筋を出しているような服装ではなかったが、ファリンはしっかりとセシルの首にスカーフを結んだ。
「気休め程度だが、ないよりましだろう」
「あの、赤毛の騎士とはロイ・ジファール様のことでしょうか?
もしかしてロイ様になにかあったのでしょうか?」
セシルは最近ロイが、まったく離宮に顔を出さなくなったことに気づいていた。
ファリンは片眉を上げる。
「あの赤毛の騎士……。
あいつは、エドガー王の怒りを買い、いま僻地に飛ばされているのだとか。
己の立場をわきまえず、王にいらぬことを進言したとかでな。なんでも、新しい正妃様の色香に惑わされだとかなんとか」
「そんな! ロイ様は何も悪くないのに」
きっと無意識にロイのことをセシルが頼りにしてしまったからだろう。
ロイは、セシルのために様々な心配りをしてくれていた。
セシルは両手を握りしめる。
ーー自分が無自覚だったせいで、ロイにまで迷惑をかけてしまった。
「エドガー王にとっては、許されざることだったのであろう。
しかし……、正妃様が世間知らずだとは聞いてはいたが、こうも無防備だとエドガー王の気持ちもわからなくはない。
セシル殿、あの騎士のことをエドガー王に尋ねたりしてはならんぞ。
なに、心配はいらぬ。あの王の親しい友は所詮あの騎士だけだ。しばらくすれば、寂しさに耐えかねて王宮に戻すだろう。
それに、僻地とはいっても遠いだけで危険な場所ではないと聞いた」
「そう……、ですか……」
「なにより、あの偏屈王の心を和らげるには、セシル殿の体調回復が一番なのだが…‥」
「何を話し込んでいる!」
「ひっ……」
振り返ると、セシルのすぐ後ろにエドガーが立っている。
明らかに苛立った表情。どうやらセシルという存在は、エドガーの機嫌を損ねさせせるためだけにあるかのようだ。
「さあ、特に何も。天候の話をしていただけだ」
ファリンが堂々と嘘をつく。
「本当か? セシル」
「は、はい、本当でございます」
ーー陛下、と続けそうになった言葉を、セシルは慌てて飲み込む。
「あら、素敵なスカーフですわね、セシル様」
ベアトリスがセシルの首元に巻かれたファリンのスカーフを目ざとく見つけた。
「あ、はい……、ファリン様、ありがとうございます」
「礼など不要だ」
「……フン」
何が面白くないのか、何もかもが面白くないのか、エドガーは忌々しげに唇を歪める。
ーーどうしてこんなに楽しくなさそうなのに、わざわざピクニックに出向いたのだろう。
ーーいや、違う。
ファリンの言葉通りならば、エドガーは今日、セシルを亡き者にするためにわざわざここまで出向いたのだ。
おそらくセシルの身体の回復に思ったより時間がかかったため、待ちくたびれて予定を変更したのだろう。
では、セシルに身の危険を忠告したファリンは、セシルの味方なのだろうか?
ファリンの治療を受け、しばらく経つが、いまだオメガ性が戻った様子はなく、発情期がくる気配もない。
ーーいままでファリンがセシルにろくに診察をしてこなかったのは、セシルの回復をわざと遅らせてくれていたからなのかもしれない。
「さあ、次は湖のほうに参りましょう!」
元気いっぱいのベアトリスが、セシルの腕を取る。
「はい……」
そしてまた問題が起こった。
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