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第19話
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「……セシル様、それは……」
ベアトリスは言葉につまった。アメジストの瞳が揺れている。
「もう葬儀は済んだのでしょうか? 参列が無理なら、せめて墓参りだけでも……」
離宮に幽閉されたこの身では、王宮の動きを知ることはまったくできない。
ただ、国の慣わしとして、近いうちに前王の葬儀が盛大に行われることは予見できた。
セシルは、未だジャックス王が崩御した実感が持てずにいた。
そしてこれまでの恩に報いるためにも、最後の挨拶だけはしておきたかった。
だが……、
「申し訳ありません、セシル様。それだけは……できません」
ベアトリスは悲しげな顔をしていた。
考えれば当たり前のことだった。もともとエドガーから父親を奪った張本人はセシル自身なのだ。本来なら、視界にも入れたくないところだろう。
とっくに処刑されていてもおかしくない身の上だ。
「そう、ですか……。すみません、身の程もわきまえず」
ベアトリスがそっとセシルの手を取る。
「陛下は……、決してセシル様を遠ざけているわけではないのです。
でも、これだけは覚えておいてください。陛下の前で、前王の話は禁句です。
絶対に口になされませんよう……」
「わかりました。申し訳ありません。ご迷惑をおかけしました」
「おつらいでしょうに。セシル様の前王への愛情はそれほど深かったのですね」
ベアトリスの手からぬくもりが伝わってくる。
「……」
「セシル様のためにも、なにか私が手立てを考えますわ。
ただ、陛下には内緒にしてくださいませ」
「いえ、ベアトリス様のお手を煩わせるようなことは」
「いいのです。もともと私も、陛下のやり方は少し強引すぎると感じていましたの。
焦るあまりに、ことを性急に進めすぎだと」
「……焦る?」
ーーエドガーは何を焦っている?
「いえっ、それはこちらの話ですわ。そんなことより、今度陛下にお会いになるときには、ぜひこれをつけていらしてくださいね。
きっと喜ばれると思いますわ」
ベアトリスはセシルの左手首にはまったブレスレットに触れた。
「陛下と……私が……?」
エドガーとはもちろん婚姻の儀以来会っていない。エドガーがセシルに会いたいと思うはずがない。
「ええ。きっと近いうちに実現できますわ」
「近いうち……」
ファリンとの会話から、セシルにはわかったことがあった。
エドガーの復讐のためには、セシルは「オメガ性」が復活した状態である必要性がある。
だからこそ、この離宮にセシルを閉じ込め、身体の回復を待っているのだろう。
オメガ性が回復したセシルに対して、エドガー王自ら、もしくは、臣下の誰かがセシルを強制的に番にする。
その後、手ひどく扱い、捨て置けば、セシルの精神は確実に崩壊する。
ズタボロになったセシルを目にすれば、
母であるアンジェリカ前王妃の復讐を遂げたとして、エドガーとしては溜飲が下がる思いだろう。
ーー次にセシルがエドガー王と再会するとき、それはすなわちセシルへの復讐の準備が整ったとき。
それは、セシルにとっての絶望の始まりを意味する。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
セシルが離宮に移ってからはや二月。ベアトリスは診察のたびに、ファリンとともに離宮を訪れることが習慣となっていた。
相変わらずファリンの診察は数秒程度で終わり、その代わりにセシルはベアトリスとお茶の時間を持つことになった。
ベアトリスは蒼玉宮を訪れるたびに、エドガー王からだと言ってセシルに高価な宝飾品を持ってきた。
立場上断ることができないセシルだったが、今後返却を求められたときのことを考え、贈られた品々はすべて箱に戻し、部屋の棚に保管しておくことにしている。
「……それで、近衛師団まで出てきて大変な騒動になったんですが、なんと原因は、女官たちが隠れて飼っていた犬だったんですの!」
「それは大変なことでしたね」
ベアトリスは、日々王宮で起こった出来事を面白おかしくセシルに提供してくれていた。ベアトリスは大変なおしゃべり好きで、おかげでセシルはこんな離宮にいても、王宮での出来事を事細かく知ることができた。
無邪気で可愛らしいベアトリスを前に、次第にセシルは彼女と打ち解けていった。そして、3日おきにやってくるベアトリスを心待ちにしている自分に気がつく。
ーー心を許してはいけない。ベアトリス様は、エドガー王の番なのだ。私に対して、良い感情を持っているはずはない……。
そう自分を戒めるが、ベアトリスに笑みを向けられると、自然とセシルの顔もほころんでしまうのだった。
だから……、ベアトリスの止まらないおしゃべりに、セシルはつい聞き逃してしまいそうになった。
「最近とってもいい天気でしょう! だから明日、ピクニックに行きましょう!
セシル様と、ファリン様と、それから陛下も一緒に!」
「……はっ?」
ーー今、なんと言った?
「ファリン様が、複数人で、しかも屋外ならギリギリ許可できるっておっしゃるの」
「あの……、今、陛下って……」
「ええ、大変でしたのよ。ファリン様ったらまだまだ早いってすごーく渋っていらっしゃったんですが、
私がなんとか説き伏せましたの。陛下には褒めていただきたいくらいだわ! まあもう限界でしょうからね。
……だから、セシル様、きっといらっしゃってくださいますわね?」
ベアトリスの真剣な瞳。
ーーだから、の意味が全くわからない。
ベアトリスは言葉につまった。アメジストの瞳が揺れている。
「もう葬儀は済んだのでしょうか? 参列が無理なら、せめて墓参りだけでも……」
離宮に幽閉されたこの身では、王宮の動きを知ることはまったくできない。
ただ、国の慣わしとして、近いうちに前王の葬儀が盛大に行われることは予見できた。
セシルは、未だジャックス王が崩御した実感が持てずにいた。
そしてこれまでの恩に報いるためにも、最後の挨拶だけはしておきたかった。
だが……、
「申し訳ありません、セシル様。それだけは……できません」
ベアトリスは悲しげな顔をしていた。
考えれば当たり前のことだった。もともとエドガーから父親を奪った張本人はセシル自身なのだ。本来なら、視界にも入れたくないところだろう。
とっくに処刑されていてもおかしくない身の上だ。
「そう、ですか……。すみません、身の程もわきまえず」
ベアトリスがそっとセシルの手を取る。
「陛下は……、決してセシル様を遠ざけているわけではないのです。
でも、これだけは覚えておいてください。陛下の前で、前王の話は禁句です。
絶対に口になされませんよう……」
「わかりました。申し訳ありません。ご迷惑をおかけしました」
「おつらいでしょうに。セシル様の前王への愛情はそれほど深かったのですね」
ベアトリスの手からぬくもりが伝わってくる。
「……」
「セシル様のためにも、なにか私が手立てを考えますわ。
ただ、陛下には内緒にしてくださいませ」
「いえ、ベアトリス様のお手を煩わせるようなことは」
「いいのです。もともと私も、陛下のやり方は少し強引すぎると感じていましたの。
焦るあまりに、ことを性急に進めすぎだと」
「……焦る?」
ーーエドガーは何を焦っている?
「いえっ、それはこちらの話ですわ。そんなことより、今度陛下にお会いになるときには、ぜひこれをつけていらしてくださいね。
きっと喜ばれると思いますわ」
ベアトリスはセシルの左手首にはまったブレスレットに触れた。
「陛下と……私が……?」
エドガーとはもちろん婚姻の儀以来会っていない。エドガーがセシルに会いたいと思うはずがない。
「ええ。きっと近いうちに実現できますわ」
「近いうち……」
ファリンとの会話から、セシルにはわかったことがあった。
エドガーの復讐のためには、セシルは「オメガ性」が復活した状態である必要性がある。
だからこそ、この離宮にセシルを閉じ込め、身体の回復を待っているのだろう。
オメガ性が回復したセシルに対して、エドガー王自ら、もしくは、臣下の誰かがセシルを強制的に番にする。
その後、手ひどく扱い、捨て置けば、セシルの精神は確実に崩壊する。
ズタボロになったセシルを目にすれば、
母であるアンジェリカ前王妃の復讐を遂げたとして、エドガーとしては溜飲が下がる思いだろう。
ーー次にセシルがエドガー王と再会するとき、それはすなわちセシルへの復讐の準備が整ったとき。
それは、セシルにとっての絶望の始まりを意味する。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
セシルが離宮に移ってからはや二月。ベアトリスは診察のたびに、ファリンとともに離宮を訪れることが習慣となっていた。
相変わらずファリンの診察は数秒程度で終わり、その代わりにセシルはベアトリスとお茶の時間を持つことになった。
ベアトリスは蒼玉宮を訪れるたびに、エドガー王からだと言ってセシルに高価な宝飾品を持ってきた。
立場上断ることができないセシルだったが、今後返却を求められたときのことを考え、贈られた品々はすべて箱に戻し、部屋の棚に保管しておくことにしている。
「……それで、近衛師団まで出てきて大変な騒動になったんですが、なんと原因は、女官たちが隠れて飼っていた犬だったんですの!」
「それは大変なことでしたね」
ベアトリスは、日々王宮で起こった出来事を面白おかしくセシルに提供してくれていた。ベアトリスは大変なおしゃべり好きで、おかげでセシルはこんな離宮にいても、王宮での出来事を事細かく知ることができた。
無邪気で可愛らしいベアトリスを前に、次第にセシルは彼女と打ち解けていった。そして、3日おきにやってくるベアトリスを心待ちにしている自分に気がつく。
ーー心を許してはいけない。ベアトリス様は、エドガー王の番なのだ。私に対して、良い感情を持っているはずはない……。
そう自分を戒めるが、ベアトリスに笑みを向けられると、自然とセシルの顔もほころんでしまうのだった。
だから……、ベアトリスの止まらないおしゃべりに、セシルはつい聞き逃してしまいそうになった。
「最近とってもいい天気でしょう! だから明日、ピクニックに行きましょう!
セシル様と、ファリン様と、それから陛下も一緒に!」
「……はっ?」
ーー今、なんと言った?
「ファリン様が、複数人で、しかも屋外ならギリギリ許可できるっておっしゃるの」
「あの……、今、陛下って……」
「ええ、大変でしたのよ。ファリン様ったらまだまだ早いってすごーく渋っていらっしゃったんですが、
私がなんとか説き伏せましたの。陛下には褒めていただきたいくらいだわ! まあもう限界でしょうからね。
……だから、セシル様、きっといらっしゃってくださいますわね?」
ベアトリスの真剣な瞳。
ーーだから、の意味が全くわからない。
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