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第14話
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離宮は別名「蒼玉宮」と呼ばれており、王宮からは馬車で半日ほどかかる場所にある。その名の通り、光り輝くような美しい宮殿ではあるが、都からは遠く、険しい山の麓に建てられており、四方を深い森で囲まれていることから、その使用用途は限られている。
その用途とは、主に罪を犯した王族を隔離するため……。
ジャックス王の先代の王のときに、謀反を画策したとされる王太后が幽閉された場所としても知られていた。
「セシル様……、いえ陛下にはご不便をおかけいたします」
馬車へと案内するロイに、セシルは力なく笑った。
「その呼び方はやめてください。私ごときにおこがましいです。今まで通り名前で読んでください」
いまごろ、王宮の広間ではエドガーの新王の戴冠式が行われていることだろう。
ーーすでにエドガーは王位についた。
そしてセシルは王妃に……。
しかし名ばかりの王妃である自分には、王の配偶者として「陛下」と呼ばれ敬われる資格などない。
かなり長い間馬車に揺られていた。セシルの護衛兼見張り役であるロイは、騎乗して馬車に伴走している。
周りの景色を眺めることにも飽きてきたセシルは、うつらうつらしていたところ、ようやく離宮に到着した。
離宮の門には、すでに屈強な門衛が配備されている。
おそらくこれから幽閉するセシルが逃げ出さないようにするためのものだろう。
ーーこれからここで一生を終えるのか……。
不安とも安堵ともつかない複雑な思い。
しかしこの離宮で平穏な暮らしが待っているとも思えなかった。
蒼玉宮はしばらく使われていないはずだったが、中庭には様々な花が咲き誇っていた。温室の植物も荒れた様子は一切なく、建物内には隅々まで手が入れられていて、セシルは驚いた。
ーーこの様子だとかなり前から、私をここに幽閉する計画だったとみえる……。しかし私一人ごときに、ここまで宮殿に手を加える必要もなかっただろうに……。
「セシル様の居室にご案内します。ただ、この宮はすべてセシル様のものですので、気に入らなければ好きな場所を好きなように使って頂いて構わない、と陛下が……」
哀れみにもとれるロイの憂いを含んだ視線に、セシルは目を伏せた。
「どこだろうと私は構いません。陛下のご指示に従います」
案内された部屋は、この宮殿の主人にふさわしい豪華な部屋だった。
だが内装はとてもすっきりと仕上がっており、セシルは好感を抱いた。
そして、前に案内された居室と同じく、あたりには清涼な香りが漂っており、図らずもセシルは自分がほっとしているのを感じていた。
ーーなぜだろう、とても懐かしい気持ちなる。心が、穏やかになるような……。
これから生涯ここに閉じ込められようとしているというのに暢気なものだ、とセシルは一人おかしくなる。
と、その時急にドタドタと廊下から慌ただしい音が響いてきた。
「セシル様っ、いえ、陛下っ!!! すみません、到着が遅れてしまいました! まさか即位式にお出になられずに、そのままこちらに向かわれるとは思いませんでしたのでっ」
はあはあと息を荒らげながら姿を表したのは、メイドのアビーだった。
「アビー? どうしてこんなところまで」
「どうしてもこうしてもありません。私は陛下のメイド長として、エドガー王よりお世話を仰せつかっております」
「そんな……、アビーまで私について来る必要はなかったのに……」
セシルはいたたまれなくなる。自分のお付きになったばかりに、アビーを華やかな王宮からこんな辺鄙な離宮勤めにさせてしまった。
「何をおっしゃいます、陛下。このアビーが来たからにはもう安心です。陛下がここで快適に生活できますよう、一生懸命尽くさせていただきます。……それにしても!」
アビーはギロリとロイを睨んだ。
「なぜ陛下が即位式に出られていないのです!? 私は何のために一生懸命、陛下の身支度を整えたのだとおもっているのです!?
あなたは有名な騎士さまでいらっしゃいますわよね? どうしてその騎士さまがついていながら、陛下をこんな目に!!」
「それは……、その……、エドガー王のご意思もあり……、つまり……、新王は……、セシル様を人前に出したく……、いえっ、そのっ、セシル様の体調を考えられて……っ」
アビーの剣幕に、しどろもどろになるロイをセシルが制した。
「アビー、私の体調が思いのほか悪かったので、人出の多い即位式は遠慮させていただいたのです。周りの方にも心配していただき、ご迷惑をおかけいたしました」
「でも、陛下……」
「アビー、アビーも私のことは陛下でなく名前で呼んでください。私は陛下と呼ばれるにはふさわしくない存在です」
「そんな……、でもっ!」
「おやおや、新しい王妃様は、側妃様と違い大変奥ゆかしい性格のようだな。ベアトリスにもぜひ見習ってほしいものだ」
部屋の奥から、笑いを押し殺したような低い声がして、一斉が振り返った。
その用途とは、主に罪を犯した王族を隔離するため……。
ジャックス王の先代の王のときに、謀反を画策したとされる王太后が幽閉された場所としても知られていた。
「セシル様……、いえ陛下にはご不便をおかけいたします」
馬車へと案内するロイに、セシルは力なく笑った。
「その呼び方はやめてください。私ごときにおこがましいです。今まで通り名前で読んでください」
いまごろ、王宮の広間ではエドガーの新王の戴冠式が行われていることだろう。
ーーすでにエドガーは王位についた。
そしてセシルは王妃に……。
しかし名ばかりの王妃である自分には、王の配偶者として「陛下」と呼ばれ敬われる資格などない。
かなり長い間馬車に揺られていた。セシルの護衛兼見張り役であるロイは、騎乗して馬車に伴走している。
周りの景色を眺めることにも飽きてきたセシルは、うつらうつらしていたところ、ようやく離宮に到着した。
離宮の門には、すでに屈強な門衛が配備されている。
おそらくこれから幽閉するセシルが逃げ出さないようにするためのものだろう。
ーーこれからここで一生を終えるのか……。
不安とも安堵ともつかない複雑な思い。
しかしこの離宮で平穏な暮らしが待っているとも思えなかった。
蒼玉宮はしばらく使われていないはずだったが、中庭には様々な花が咲き誇っていた。温室の植物も荒れた様子は一切なく、建物内には隅々まで手が入れられていて、セシルは驚いた。
ーーこの様子だとかなり前から、私をここに幽閉する計画だったとみえる……。しかし私一人ごときに、ここまで宮殿に手を加える必要もなかっただろうに……。
「セシル様の居室にご案内します。ただ、この宮はすべてセシル様のものですので、気に入らなければ好きな場所を好きなように使って頂いて構わない、と陛下が……」
哀れみにもとれるロイの憂いを含んだ視線に、セシルは目を伏せた。
「どこだろうと私は構いません。陛下のご指示に従います」
案内された部屋は、この宮殿の主人にふさわしい豪華な部屋だった。
だが内装はとてもすっきりと仕上がっており、セシルは好感を抱いた。
そして、前に案内された居室と同じく、あたりには清涼な香りが漂っており、図らずもセシルは自分がほっとしているのを感じていた。
ーーなぜだろう、とても懐かしい気持ちなる。心が、穏やかになるような……。
これから生涯ここに閉じ込められようとしているというのに暢気なものだ、とセシルは一人おかしくなる。
と、その時急にドタドタと廊下から慌ただしい音が響いてきた。
「セシル様っ、いえ、陛下っ!!! すみません、到着が遅れてしまいました! まさか即位式にお出になられずに、そのままこちらに向かわれるとは思いませんでしたのでっ」
はあはあと息を荒らげながら姿を表したのは、メイドのアビーだった。
「アビー? どうしてこんなところまで」
「どうしてもこうしてもありません。私は陛下のメイド長として、エドガー王よりお世話を仰せつかっております」
「そんな……、アビーまで私について来る必要はなかったのに……」
セシルはいたたまれなくなる。自分のお付きになったばかりに、アビーを華やかな王宮からこんな辺鄙な離宮勤めにさせてしまった。
「何をおっしゃいます、陛下。このアビーが来たからにはもう安心です。陛下がここで快適に生活できますよう、一生懸命尽くさせていただきます。……それにしても!」
アビーはギロリとロイを睨んだ。
「なぜ陛下が即位式に出られていないのです!? 私は何のために一生懸命、陛下の身支度を整えたのだとおもっているのです!?
あなたは有名な騎士さまでいらっしゃいますわよね? どうしてその騎士さまがついていながら、陛下をこんな目に!!」
「それは……、その……、エドガー王のご意思もあり……、つまり……、新王は……、セシル様を人前に出したく……、いえっ、そのっ、セシル様の体調を考えられて……っ」
アビーの剣幕に、しどろもどろになるロイをセシルが制した。
「アビー、私の体調が思いのほか悪かったので、人出の多い即位式は遠慮させていただいたのです。周りの方にも心配していただき、ご迷惑をおかけいたしました」
「でも、陛下……」
「アビー、アビーも私のことは陛下でなく名前で呼んでください。私は陛下と呼ばれるにはふさわしくない存在です」
「そんな……、でもっ!」
「おやおや、新しい王妃様は、側妃様と違い大変奥ゆかしい性格のようだな。ベアトリスにもぜひ見習ってほしいものだ」
部屋の奥から、笑いを押し殺したような低い声がして、一斉が振り返った。
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