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第12話
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儀式は厳かに行われた。
本来なら、王太子の結婚は盛大な饗宴が行われるはずだが、聖堂に集まった人々は必要最小限の人数であるように見受けられた。
参列者たちをぐるりと見渡すが、エイルマー子爵夫妻、その息子のコーディの姿はどこにも見当たらなかった。おそらく招かれてすらいないのだろう。
それに対して、側妃になるベアトリス側の親族や関係者と思われる者たちはほとんど顔をそろえているようだった。
入口付近の末席に近いところにジャックス王の秘書官だったネイト・ハザムの姿ががあった。ネイトはセシルと目が合うと、大きく頷いて見せた。セシルも軽く頷く。
列席者たちが見守る中、ゆっくりと会場に入るセシルとベアトリスを、檀上に立ったエドガー王太子が迎えた。
セシルと同じデザインの濃紺の軍服を身に纏ったエドガー王太子は、神々しいほどの美しさだった。天に愛されたとしかおもえない黄金色にきらめく髪。吸い込まれるそうになるほどの深い青の瞳。
引き締まった頬には若い精気がみなぎっている。
聖職者の手引きにより、エドガー王太子の左側にセシルが、右側にベアトリスが立った。
セシルを一瞥したエドガーは、一瞬顔をこわばらせたが、すぐにベアトリスに向き直る。
ベアトリスが頬を紅潮させ、エドガーに微笑みかけると、王太子も優しく笑みを返した。
二人を包む特別な雰囲気は、おそらく会場の誰もが感じていたことだろう。
――二人は、おそらく番の関係にある。
――それではなぜ、自分はこんなところにいるのか? しかも、王太子の正妃として……。
考えれば考えるほどわからなくなる。うつむくセシルに、司祭がエドガー王太子の手を取るよう促す。
セシルは言われるがまま、エドガー王太子の手を取り、誓いの言葉を復唱した。
触れた手から、温かいぬくもりが伝わってくる。
「セシル……」
静かに呼ばれ、恐る恐る顔をあげると、エドガーと目があった。
「……っ!」
ドクンっ、と胸の奥が疼く。
心臓をわしづかみにされたような衝撃。
「セシル……?」
「すみません……」
セシルはふらつく身体を立て直すと、王太子から正妃の印である勲章を受け取った。
そして頭を下げると、自分には不相応な立派な冠が乗せられた。
――本来なら、これはベアトリス様のものなのに……。
つづいて、ベアトリスもセシルと同様に、エドガー王太子と誓いの儀式を交わす。
ベアトリスを見つめる瞳は穏やかで、セシルに向けられた重苦しい感情はどこにも見当たらなかった。
滞りなく儀式は進み、セシルとベアトリスが退出する運びとなる。
セシルが先頭となり、出口へと向かう中、列席者からは心無い言葉が容赦なく浴びせられた。
『アイツが正妃だと? 身の程しらずの尻軽が……』
『エドガー殿下はなんておかわいそうなんでしょう。あんなアバズレを守るために、ご自分の正妃に据えられるなんて』
『ベアトリス様が不憫でなりませんわ! あんなオメガ、王宮から追放すればいいだけですのに!』
『お優しい殿下ですもの。父王への弔いの気持ちもあったのでしょう……、なんせあれほど寵愛されていたのだから……』
『それにしても……、陛下を狂わせたオメガにしては、辛気臭い表情だこと!』
『まあどうせ、ただのお飾りの正妃ですもの、離宮にでも閉じ込めておくつもりなのでしょう』
「……」
わかってはいたが、人々に直接悪意を向けられるのはいたたまれないものだった。
いままで自分が、どれほどジャックス王に守られてきたのか……、セシルは身にしみて感じた。
だが、ジャックス王は、もういない。
本来なら、王太子の結婚は盛大な饗宴が行われるはずだが、聖堂に集まった人々は必要最小限の人数であるように見受けられた。
参列者たちをぐるりと見渡すが、エイルマー子爵夫妻、その息子のコーディの姿はどこにも見当たらなかった。おそらく招かれてすらいないのだろう。
それに対して、側妃になるベアトリス側の親族や関係者と思われる者たちはほとんど顔をそろえているようだった。
入口付近の末席に近いところにジャックス王の秘書官だったネイト・ハザムの姿ががあった。ネイトはセシルと目が合うと、大きく頷いて見せた。セシルも軽く頷く。
列席者たちが見守る中、ゆっくりと会場に入るセシルとベアトリスを、檀上に立ったエドガー王太子が迎えた。
セシルと同じデザインの濃紺の軍服を身に纏ったエドガー王太子は、神々しいほどの美しさだった。天に愛されたとしかおもえない黄金色にきらめく髪。吸い込まれるそうになるほどの深い青の瞳。
引き締まった頬には若い精気がみなぎっている。
聖職者の手引きにより、エドガー王太子の左側にセシルが、右側にベアトリスが立った。
セシルを一瞥したエドガーは、一瞬顔をこわばらせたが、すぐにベアトリスに向き直る。
ベアトリスが頬を紅潮させ、エドガーに微笑みかけると、王太子も優しく笑みを返した。
二人を包む特別な雰囲気は、おそらく会場の誰もが感じていたことだろう。
――二人は、おそらく番の関係にある。
――それではなぜ、自分はこんなところにいるのか? しかも、王太子の正妃として……。
考えれば考えるほどわからなくなる。うつむくセシルに、司祭がエドガー王太子の手を取るよう促す。
セシルは言われるがまま、エドガー王太子の手を取り、誓いの言葉を復唱した。
触れた手から、温かいぬくもりが伝わってくる。
「セシル……」
静かに呼ばれ、恐る恐る顔をあげると、エドガーと目があった。
「……っ!」
ドクンっ、と胸の奥が疼く。
心臓をわしづかみにされたような衝撃。
「セシル……?」
「すみません……」
セシルはふらつく身体を立て直すと、王太子から正妃の印である勲章を受け取った。
そして頭を下げると、自分には不相応な立派な冠が乗せられた。
――本来なら、これはベアトリス様のものなのに……。
つづいて、ベアトリスもセシルと同様に、エドガー王太子と誓いの儀式を交わす。
ベアトリスを見つめる瞳は穏やかで、セシルに向けられた重苦しい感情はどこにも見当たらなかった。
滞りなく儀式は進み、セシルとベアトリスが退出する運びとなる。
セシルが先頭となり、出口へと向かう中、列席者からは心無い言葉が容赦なく浴びせられた。
『アイツが正妃だと? 身の程しらずの尻軽が……』
『エドガー殿下はなんておかわいそうなんでしょう。あんなアバズレを守るために、ご自分の正妃に据えられるなんて』
『ベアトリス様が不憫でなりませんわ! あんなオメガ、王宮から追放すればいいだけですのに!』
『お優しい殿下ですもの。父王への弔いの気持ちもあったのでしょう……、なんせあれほど寵愛されていたのだから……』
『それにしても……、陛下を狂わせたオメガにしては、辛気臭い表情だこと!』
『まあどうせ、ただのお飾りの正妃ですもの、離宮にでも閉じ込めておくつもりなのでしょう』
「……」
わかってはいたが、人々に直接悪意を向けられるのはいたたまれないものだった。
いままで自分が、どれほどジャックス王に守られてきたのか……、セシルは身にしみて感じた。
だが、ジャックス王は、もういない。
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