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第5話
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無遠慮に何度も叩かれる扉を前に、ネイトが青ざめる。
「もう情報を掴んだのか? まさか、ここまで早く動くとは……、さあセシル様、早く別の扉から」
だが、執務室にある秘密の扉へ辿り着く前に、鍵のかかっていた執務室の扉は乱暴に打ち破られた。
「ここにいたか、なんとか間に合ったな」
現れたのは、近衛師団の団長の息子ロイ・ジファールだった。
赤髪の短髪で、長身の男。近衛兵の真紅の制服が、日に焼けた肌に映えていた。
剣の腕で右に出るものはいないらしく、次期団長は彼に間違いないと王宮のものたちが噂しているのをセシルですら知っていた。
意志の強そうな赤銅色の瞳が、セシルを射すくめる。
「セシル様、我々と来ていただこう」
有無を言わせない物言い。
「貴様、無礼だぞ」
ネイトが、ロイの前に立ちはだかる。
「エドガー殿下の命令だ。逆らうなら拘束する」
ロイが目配せすると、控えていた近衛兵たちはネイトににじり寄った。
ネイトは後ろを振り返ると、素早くセシルを抱き寄せ、耳元で囁いた。
「セシル様、この薬をお持ちください。これを使えば、しばらくの間ヒートを抑えることができます。
我々が必ず助け出します。だから、どうかそれまで、絶対にエドガー殿下にうなじを噛まれないようにっ!!」
白い包みをセシルに握らせると、ネイトはセシルから離れた。
「セシル様、どうかご無事で……」
「ネイト様、今までお世話になりました」
セシルは深々と頭を下げた。
もともと逆らうつもりなどないセシルは、ロイに促されるままに執務室を後にした。
近衛兵たちに周りを囲まれ、うなだれて歩くその様は、まるで罪人が処刑台へと向かうようにも見えた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「手荒な真似をして申し訳なかった」
セシルは、王宮のとある一室につれてこられていた。部屋の外に近衛兵たちは控え、部屋にはセシルとロイだけが入った。
部屋の奥に寝台が一つ、そして簡素な木のテーブルと椅子が置いてあるだけの、王宮にしては殺風景な部屋。
豪華な調度品で飾られたセシルの居室とは雲泥の差があった。
「いえ、大丈夫、です」
椅子に腰掛けさせられたセシルは、少し拍子抜けする。
ロイは武人といった表現がぴったりくる強面の男だったが、セシルを気遣う視線は思いのほか優しかった。
「こんなことは言いたくないが、先に伝えておく。これからここで、さらに貴殿を貶めるようなことが行われる」
淡々と、ロイは告げた。
「……」
「私がこのようなことを言える立場にはないことは重々承知だが、これから起こる屈辱に、なんとか耐えてほしい。
また、余計なお世話だとわかっているが、伝えておく。これはエドガー殿下の本意ではない。
王宮の悪しき伝統に則って行われることだ。よってエドガー殿下を恨むのは、筋違いだ」
「エドガー殿下……」
セシルは思い出した。そうだ、このロイ・ジファールは、エドガー王太子の幼馴染でもあり、エドガー王太子の腹心と言われている男なのだ。
ネイトの言ったとおり、もうすでにエドガー王太子によるセシルの断罪は始まっているということなのだろう。
しばらくすると、ノックの音とともに、二人の人物が現れた。
一人は、セシルもよく知っている宮廷医師。
そして、もう一人は……。
「セシル様、お久しぶりです。大変なことになりましたが、こんなことになっても、貴方の麗しさにお変わりはないようだ」
長い栗色の髪を後ろで束ね、大仰な身振りで近づいてくるのは、まだ年若い大臣のデニス・ラッセル。
好き者のアルファで、男女ともに浮いた噂が絶えず、セシルに対してもいつも淫蕩な視線を向けてくる男だった。
「もう情報を掴んだのか? まさか、ここまで早く動くとは……、さあセシル様、早く別の扉から」
だが、執務室にある秘密の扉へ辿り着く前に、鍵のかかっていた執務室の扉は乱暴に打ち破られた。
「ここにいたか、なんとか間に合ったな」
現れたのは、近衛師団の団長の息子ロイ・ジファールだった。
赤髪の短髪で、長身の男。近衛兵の真紅の制服が、日に焼けた肌に映えていた。
剣の腕で右に出るものはいないらしく、次期団長は彼に間違いないと王宮のものたちが噂しているのをセシルですら知っていた。
意志の強そうな赤銅色の瞳が、セシルを射すくめる。
「セシル様、我々と来ていただこう」
有無を言わせない物言い。
「貴様、無礼だぞ」
ネイトが、ロイの前に立ちはだかる。
「エドガー殿下の命令だ。逆らうなら拘束する」
ロイが目配せすると、控えていた近衛兵たちはネイトににじり寄った。
ネイトは後ろを振り返ると、素早くセシルを抱き寄せ、耳元で囁いた。
「セシル様、この薬をお持ちください。これを使えば、しばらくの間ヒートを抑えることができます。
我々が必ず助け出します。だから、どうかそれまで、絶対にエドガー殿下にうなじを噛まれないようにっ!!」
白い包みをセシルに握らせると、ネイトはセシルから離れた。
「セシル様、どうかご無事で……」
「ネイト様、今までお世話になりました」
セシルは深々と頭を下げた。
もともと逆らうつもりなどないセシルは、ロイに促されるままに執務室を後にした。
近衛兵たちに周りを囲まれ、うなだれて歩くその様は、まるで罪人が処刑台へと向かうようにも見えた。
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「手荒な真似をして申し訳なかった」
セシルは、王宮のとある一室につれてこられていた。部屋の外に近衛兵たちは控え、部屋にはセシルとロイだけが入った。
部屋の奥に寝台が一つ、そして簡素な木のテーブルと椅子が置いてあるだけの、王宮にしては殺風景な部屋。
豪華な調度品で飾られたセシルの居室とは雲泥の差があった。
「いえ、大丈夫、です」
椅子に腰掛けさせられたセシルは、少し拍子抜けする。
ロイは武人といった表現がぴったりくる強面の男だったが、セシルを気遣う視線は思いのほか優しかった。
「こんなことは言いたくないが、先に伝えておく。これからここで、さらに貴殿を貶めるようなことが行われる」
淡々と、ロイは告げた。
「……」
「私がこのようなことを言える立場にはないことは重々承知だが、これから起こる屈辱に、なんとか耐えてほしい。
また、余計なお世話だとわかっているが、伝えておく。これはエドガー殿下の本意ではない。
王宮の悪しき伝統に則って行われることだ。よってエドガー殿下を恨むのは、筋違いだ」
「エドガー殿下……」
セシルは思い出した。そうだ、このロイ・ジファールは、エドガー王太子の幼馴染でもあり、エドガー王太子の腹心と言われている男なのだ。
ネイトの言ったとおり、もうすでにエドガー王太子によるセシルの断罪は始まっているということなのだろう。
しばらくすると、ノックの音とともに、二人の人物が現れた。
一人は、セシルもよく知っている宮廷医師。
そして、もう一人は……。
「セシル様、お久しぶりです。大変なことになりましたが、こんなことになっても、貴方の麗しさにお変わりはないようだ」
長い栗色の髪を後ろで束ね、大仰な身振りで近づいてくるのは、まだ年若い大臣のデニス・ラッセル。
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