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第3話

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「陛下が? まさか!?」


 ジャックス王の訃報を聞いたとき、セシルは王の執務室にいた。

 貴族たちとの会合から戻った王のために、仕事がしやすいように書類を整理していたのだった。

 セシルがジャックス王にうなじを噛まれ、ジャックス王の「番」となってからすでに11年。
 
 ジャックス王は40歳に、セシルは29歳になっていた。


 アルファの王は、王妃以外にも側室だけでなく、オメガの番を何人も持つことができたが、セシルを番にしてからは、王妃をはじめ、側室の存在などまるではじめからなかったかのように、ジャックス王はセシルだけを寵愛した。

 そして、セシルが20歳を迎えるころには、ジャックス王は片時も離れたくないとばかりに、セシルを王の日中の仕事にまで同伴させることになっていた。

 愛妾として夜の相手をさせるだけではまだ飽き足りないのかと、王の側近や貴族たちはあきれ返った。
 だが、面と向かって王を批判したり、セシルの待遇に物を申すような勇気のある側近は誰もいなかった。

 自分を愛してくれる王の支えに少しでもなればと、セシルは王の側仕えとしての仕事を必死で覚え、王の側近たちからの冷たい仕打ちにも耐えた。

 セシルが王に耳打ちすれば、どんな重鎮たちもあっという間に首をはねられることがわかっていたからこそ、セシルは自分に与えられた王の愛情を曲がったことには絶対に使うまいと決意した。

 そして数年も立つと、側近や取り巻きの貴族たちはセシルという存在に次第に慣れていき、セシルの懸命な努力の甲斐もあって、王の側仕えとしての仕事ぶりもそれなりに認められるようになった。また、セシルの媚びることのない公正な人柄を評価するものも、一定数ではあるが出てきた。

 だが王の側仕えとしての地位を認められつつある一方、「愛妾」として王からの寵愛を一身に受けているセシルの存在は、美しいオメガだったアンジェリカ王妃の心を次第に狂わせていった。

 そして、側室をはじめとした王のかつての女たちは、依然としてセシルを激しく妬み続けていた。

 彼女たちの暮らしぶりは何不自由なく保証されているのだから心配することなどなにもない、と王には言われていたが、セシルが番になったことで運命を狂わされた王妃や側室たち、そしてその子どもたちのことも、セシルは常に気に病んでいた。

 「運命の番」の自分さえいなければ、王宮に暮らすものたちはもっと慈愛に満ち、平穏な暮らしができていたのかもしれない……、そんな思いをいつもかかえながら、セシルは毎夜王に抱かれていた。

 ジャックス王から与えられた愛情はあまりに偉大すぎて、セシルには身の丈に余るものだった。


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「医者の話によると、突然死だそうです。会合の最中に、何も前触れもなく急に倒れられたとか……」

「そんな……! きっと何かの間違いです。今朝もあんなにお元気だったのに!」


 今朝がたまでジャックス王に抱かれていたぬくもりが、まだセシルの身体に残っているようだった。

「王医もすぐに駆けつけたのですが、手当の甲斐もなく、あっという間だったと……
医者の話によれば、健康な肉体だとしても、こういうことはしばしば起こり得ることらしいです……。
それに、陛下の父上……、先王も40代でおなくなりになられたことから考えると、血筋的なものもあるかもしれない……と」

 ネイト・ハザムは目を伏せた。ネイトは、王の有能な秘書官で、王宮の中でセシルが信頼している数少ない人間の一人だ。ネイトは、ジャックス王がまだ王太子だったころの学友で、王も彼にだけは心を開いていた。

 そんなネイトが王に関して嘘を言うはずはなかった。


「まさか、そんなことが……」

 あまりに突然のことすぎて、気持ちが追いついてこない。

 ジャックス王が崩御したという事実を、セシルは受け止めきれなかった。

「セシル様、こんなお辛いときに申し訳ないのですが、このままでは貴方様の身に危険が及びます。
手はずはついております。急ぎ、ここを離れ、離宮に向かいましょう!」

「離宮に?」

 葬儀の準備も始まっていないうちに、王宮を出ろというネイトに、セシルは目を見開いた。

「離宮で準備を整えた後、セシル様には国外に出ていただきます。
こんな時のために、陛下は予めすべて計画されていたのです」

「陛下が……」

 ジャックス王は聡明な人間だった。

 自分という大きな後ろ盾を失ったセシルが、どんな目に遭わされるか、すでに見越してその時のための計画を立てていたのだろう。

「次の王には、間違いなくエドガー殿下が即位されるでしょう。
エドガー殿下が、セシル様に対してどのような感情を抱いているか……、セシル様もよくご存知ですよね?」

「……エドガー殿下」

 セシルの脳裏には、父親譲りの金髪に青い瞳をした、怜悧な美貌が浮かんでいた。

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