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【番外編】
ダンデス伯爵の優美なる一日 その7
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パチン、と俺たちを包んでいる虹色の球体がはじけた。
「ここは……?」
俺たちは見たこともない部屋に立っていた。どうやら転移させられてしまったようだ。
俺とテオドールはぐるりとあたりを見回した。
あまり大きくはないが、豪華な調度品が備え付けられた部屋。
だが、床のスペースは限りなく広くとられていて、端の方に天鵞絨張りの長椅子が置かれているだけだった。
そしてすこしだけ開いた窓からは、夜風とともに舞踏会のものだと思われるワルツの曲が流れ込んできた。
「ここは、王宮のどこかの一室みたいだ」
テオドールは窓の側に歩み寄った。日中はこの大きな窓からさんさんと陽光が差し込んでくるのだろう。
だが今、部屋の明かりは落とされており、あちこちにキャンドルが灯されているだけだ。
「上の方の階みだいだ。ジュール、ここから中庭が見えるよ」
テオドールの言葉に、俺も窓の近くで、外の景色を確かめてみる。
たしかに、この高さからすると王宮の中でも上階ーー王族たちの私室に近い場所なのだと推察された。
だが、これといって変哲のない――おそらくは、応接間のような部屋に連れてこられた俺たち。
「殿下がまたサプライズとかいうから、焦っちゃったよ。子どもにでも戻されたらどうしようかと思った」
俺が言うと、テオドールはくすくすと笑った。
「俺は見てみたいな。ジュールの子ども時代。すごく……、可愛かったんだろうな」
テオドールが俺の髪をくしゃりとかきまぜた。
「今日のジュールは素敵すぎて……、誰かに取られたりしないか心配で……、俺はすごく苦しい……」
テオドールの漆黒の瞳が、切なげに揺れた。
「それはこっちのセリフだよ! 俺だってずっと不安だったんだから!
みんな俺じゃなくテオドールばっかり見てるし!」
俺はテオドールの手を取ると、自分の頬にあてた。
「は? ジュールはいったい何を見てたんだ?
どいつもこいつも、ちらちらとジュールを盗み見て! 俺はずっと気が気じゃなかったよ」
テオドールの言葉に、俺は背伸びしてテオドールの首元に抱き着いた。
「テオ!」
「ジュール!」
背中をきつく抱き返され、そのままテオドールが俺に頬を寄せてくる。
「好き……、テオ…‥」
「俺も……、愛してる……」
唇に熱い息がかかり、俺は目を閉じる。
だが、いつまでたっても降りてこない口づけにしびれを切らして俺が目をあけると、目の前のテオドールは驚いたように目を見開いて、俺の背後を見つめていた。
「テオ……?」
「見て、ジュール」
ゆっくりと俺から身体を離すと、テオドールは俺の手をとって入り口近くの壁に導いた。
そして、その壁に浮かび上がる緋色の文字を見て、俺はあっと声を上げた。
『~ダンスしないと出られない部屋~※すべての魔法の無効化済。武力行使不可』
「ははっ、シャルロット殿下の言ってたサプライズって、これのことだったんだ! それにしても、わざわざどうして……」
俺がテオドールに笑いかけると、テオドールは急に真顔になって俺を見つめてきた。
「ジュール!」
「なに?」
「俺と……、踊っていただけませんか?」
テオドールははにかむように笑うと、俺に右手を差し出してきた。
煌めくような美しい男に、こんな誘いをかけられて断れることなんて誰ができようか……。
「うん、俺でよければ、喜んで!」
窓の外から流れてくるのはゆったりとしたスローワルツだった。
俺たちはステップなど細かいことは無視して、二人の間に何も入れないくらいぴったりと身体をくっつけて踊り始めた。
「シャルロット殿下は本当に悪戯好きな人だね。俺、あれを見て思い出したよ。
テオの誕生日に殿下がしかけたあの『キスしないと出られない部屋』のこと……」
テオドールの肩口に顔を埋めるようにして、俺は言った。
――あの時はまだ、テオドールとこんな風に結ばれることになるなんて、思いもしなかった。
「ジュール、実は……、あの時のあれ、俺が殿下に頼んだことなんだ……」
「え!?」
テオドールの告白に、俺はびっくりして顔を上げた。
「ごめん。あの時俺はまだ子どもで……、でもどうしてもジュールとキスしたくて、それでつい、殿下の提案に……」
「じゃあ、あの部屋のこと、テオは知ってて、あの時、わざと?」
テオドールは俺から目を逸らす。
「……ごめん」
「ぷっ、あはははっ!」
テオドールの神妙な面持ちに、俺は噴き出していた。
「ジュール?」
「あははっ、ごめん、だって、あの時俺、テオのキスをあんな形で奪うことになっちゃって、ずっと後悔してたんだ。
でも、テオは初めから知ってたんだ……! なら、心配なかったってことだよね」
「ジュール、俺にとってあのキスは、人生で初めての、すごく特別なキスだったよ」
テオドールに耳元で囁かれ、俺の頬はカッと熱くなった。
「テオ……」
「あのころから、いや、それよりもうずっと前から、ずっとずっと、愛してた……、ジュール」
テオドールに握り締められた手が、熱い。
「ここは……?」
俺たちは見たこともない部屋に立っていた。どうやら転移させられてしまったようだ。
俺とテオドールはぐるりとあたりを見回した。
あまり大きくはないが、豪華な調度品が備え付けられた部屋。
だが、床のスペースは限りなく広くとられていて、端の方に天鵞絨張りの長椅子が置かれているだけだった。
そしてすこしだけ開いた窓からは、夜風とともに舞踏会のものだと思われるワルツの曲が流れ込んできた。
「ここは、王宮のどこかの一室みたいだ」
テオドールは窓の側に歩み寄った。日中はこの大きな窓からさんさんと陽光が差し込んでくるのだろう。
だが今、部屋の明かりは落とされており、あちこちにキャンドルが灯されているだけだ。
「上の方の階みだいだ。ジュール、ここから中庭が見えるよ」
テオドールの言葉に、俺も窓の近くで、外の景色を確かめてみる。
たしかに、この高さからすると王宮の中でも上階ーー王族たちの私室に近い場所なのだと推察された。
だが、これといって変哲のない――おそらくは、応接間のような部屋に連れてこられた俺たち。
「殿下がまたサプライズとかいうから、焦っちゃったよ。子どもにでも戻されたらどうしようかと思った」
俺が言うと、テオドールはくすくすと笑った。
「俺は見てみたいな。ジュールの子ども時代。すごく……、可愛かったんだろうな」
テオドールが俺の髪をくしゃりとかきまぜた。
「今日のジュールは素敵すぎて……、誰かに取られたりしないか心配で……、俺はすごく苦しい……」
テオドールの漆黒の瞳が、切なげに揺れた。
「それはこっちのセリフだよ! 俺だってずっと不安だったんだから!
みんな俺じゃなくテオドールばっかり見てるし!」
俺はテオドールの手を取ると、自分の頬にあてた。
「は? ジュールはいったい何を見てたんだ?
どいつもこいつも、ちらちらとジュールを盗み見て! 俺はずっと気が気じゃなかったよ」
テオドールの言葉に、俺は背伸びしてテオドールの首元に抱き着いた。
「テオ!」
「ジュール!」
背中をきつく抱き返され、そのままテオドールが俺に頬を寄せてくる。
「好き……、テオ…‥」
「俺も……、愛してる……」
唇に熱い息がかかり、俺は目を閉じる。
だが、いつまでたっても降りてこない口づけにしびれを切らして俺が目をあけると、目の前のテオドールは驚いたように目を見開いて、俺の背後を見つめていた。
「テオ……?」
「見て、ジュール」
ゆっくりと俺から身体を離すと、テオドールは俺の手をとって入り口近くの壁に導いた。
そして、その壁に浮かび上がる緋色の文字を見て、俺はあっと声を上げた。
『~ダンスしないと出られない部屋~※すべての魔法の無効化済。武力行使不可』
「ははっ、シャルロット殿下の言ってたサプライズって、これのことだったんだ! それにしても、わざわざどうして……」
俺がテオドールに笑いかけると、テオドールは急に真顔になって俺を見つめてきた。
「ジュール!」
「なに?」
「俺と……、踊っていただけませんか?」
テオドールははにかむように笑うと、俺に右手を差し出してきた。
煌めくような美しい男に、こんな誘いをかけられて断れることなんて誰ができようか……。
「うん、俺でよければ、喜んで!」
窓の外から流れてくるのはゆったりとしたスローワルツだった。
俺たちはステップなど細かいことは無視して、二人の間に何も入れないくらいぴったりと身体をくっつけて踊り始めた。
「シャルロット殿下は本当に悪戯好きな人だね。俺、あれを見て思い出したよ。
テオの誕生日に殿下がしかけたあの『キスしないと出られない部屋』のこと……」
テオドールの肩口に顔を埋めるようにして、俺は言った。
――あの時はまだ、テオドールとこんな風に結ばれることになるなんて、思いもしなかった。
「ジュール、実は……、あの時のあれ、俺が殿下に頼んだことなんだ……」
「え!?」
テオドールの告白に、俺はびっくりして顔を上げた。
「ごめん。あの時俺はまだ子どもで……、でもどうしてもジュールとキスしたくて、それでつい、殿下の提案に……」
「じゃあ、あの部屋のこと、テオは知ってて、あの時、わざと?」
テオドールは俺から目を逸らす。
「……ごめん」
「ぷっ、あはははっ!」
テオドールの神妙な面持ちに、俺は噴き出していた。
「ジュール?」
「あははっ、ごめん、だって、あの時俺、テオのキスをあんな形で奪うことになっちゃって、ずっと後悔してたんだ。
でも、テオは初めから知ってたんだ……! なら、心配なかったってことだよね」
「ジュール、俺にとってあのキスは、人生で初めての、すごく特別なキスだったよ」
テオドールに耳元で囁かれ、俺の頬はカッと熱くなった。
「テオ……」
「あのころから、いや、それよりもうずっと前から、ずっとずっと、愛してた……、ジュール」
テオドールに握り締められた手が、熱い。
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