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【番外編】

ダンデス伯爵の優美なる一日 その6

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「無抵抗な無力な人間に向かっていきなり闇の魔力をぶつけてくるとは、聖騎士の風上にも置けませんね!」

 その艶やかな銀髪を手櫛でさっと整えると、アンドレは憎々し気に唇をゆがめた。

「なにが無力だ! 私の最愛に許可なく触れようとしたことは万死に値する!
この程度で済んだことをありがたく思うんだな!」

 俺を自分の背中の後ろに隠すように、テオドールはアンドレに立ちふさがった。

「アンドレ! アンドレも来てたんだね!」
 
 テオドールの背中から俺がひょこっと顔をだすと、アンドレはぱっと顔を輝かせた。

「ジュール様! このたび妻が爵位を継ぎ、私も貴族の端くれとなりました。今夜はジュール様にお会いできると思って、いつもは遠慮している舞踏会に顔を出すことにしたんです!」

 今日のアンドレは、きらびやかな青の礼服に銀髪が映えている。その端麗さに、周りの令嬢たちもちらちらとこちらを振り返って見てくるほどだ。

「そうなんだ、会えてうれしいよ! アンドレ」

「……くっ……」

 アンドレは自身の胸のあたりをぐっとつかむと、そのアクアブルーの瞳で俺をじっと見つめてきた。

「本当にっ、ジュール様、今日の貴方はどうしようもないほどエロ……、艶めいており、私は、もう、このままでは……っ、どうにかして……」

「死ね!!」

 俺とアンドレの会話をぶった切るようにして、テオドールが闇の魔力の攻撃を複数繰り出してくる。

「テオっ!!」


「……おっと! まったく、本当に物騒な人ですね! ここをいったいどこだと思っているんです?」

 テオドールの攻撃を素早く手のひらで受け止めると、アンドレは涼しい顔で自分の魔力で封じ込めた。


 王女主催の舞踏会で、闇魔法の攻撃を出しまくるだなんて、確かに今日のテオドールはどうかしている!

 だがそんなテオドールも、一応は場をわきまえているのか、攻撃する相手の見極めと、攻撃の魔力量の加減だけはしているようである。


 ――テオドールが本気を出せば、王宮まるごと冥界へと消し去ることくらい簡単なことなのだから……。


「テオ、ほら、みんな見てるよ。今夜はとにかく押さえて……、ね?」

 俺の言葉に、テオドールは口をへの字に曲げた。

「しかし……っ」


「ジュール様、せっかく舞踏会にいらしたのですから、どうか私と一曲踊っていただけませんか?」

 アンドレの申し出に、俺はぐっとつまった。

「いやっ、その……、俺は今日は躍るつもりはなくて……」

「大丈夫です。私なら女性パートもばっちりこなせますよ。さあ、私が優しくリードしてあげますから……」

 アンドレが魅惑的な視線を向けてくる。

 ――でも、俺は今日、ダンスをするわけにはいかないのだっ!


「聞こえなかったのか? ジュールは断ると言っているんだ!
これ以上騒ぎを大きくしたくなかったら、すぐにこの場を立ち去れ!」

 またもや魔力をためだした右手をアンドレに向けたテオドールは、憎々し気に言い放つ。

「お断りします。あなたが閉じ込めていたせいで、ずっと私はジュール様とお会いできずにいたんです。
しかし、こうしてようやくジュール様と再会することができた! ジュール様、やはり貴方と私は……っ」

 アンドレが素早くテオドールの後ろに回り込み、俺を引き寄せようとしたその時……、


「えっ!? なに? これっ…‥!?」

 俺は突然周りを黒いオーラに包まれていた。


「くそっ、魔道具か!? なんだこの強力な魔力はっ!」

 アンドレの焦る声。

「わっ……、テオ!?」

 黒いオーラをものともせず、テオドールは俺を自分の腕の中に引き寄せた。

 ――途端に、俺を取り巻いていた黒いオーラは消えてなくなった。



「……なるほど、あなたも小賢しい真似をするようになりましたね。……そのピアスですか?」

 アンドレはすっとその美しい瞳を細めた。


「ピアス? このピアスがどうかしたの?」

 俺は自分の右耳のピアスに触れた。

 これは俺の誕生日に、テオドールから贈られたブラックダイヤモンドのピアスだ。

「なるほど……、ジュール様の魔石と、貴方のその左耳の魔石がつながっている、と。
ジュール様を心配する気持もわかりますが、あまりに狭量な男は嫌われますよ……、ナイム!」

「だ・ま・れ!!」

 テオドールの憤怒した表情。


「え? テオ、これって、魔石だったの? だって、俺には……」

「ジュール様、まだお気づきにならないのですか!? 貴方はこの男にがんじがらめにされているのですよ!
早く目を覚ましてください。この男は光り輝く聖騎士のなりをしていますが、その真の姿は……」

「消・え・ろ!!」

 テオドールが取り返しのつかないほど大きな魔力をアンドレに差し向けようとした次の瞬間、俺とテオドールはきらめく虹色の球体に包まれていた。


「え……?」

「……」

 俺たちはまるでシャボン玉の中に閉じ込められたみたいになって、ふわふわと舞踏会の会場に浮き上がっていた。

 そしてさきほどまでの音楽は急に鳴りやみ、周りの人間はなぜか時が止まったかのように誰もがぴくりとも動かない……。

 アンドレも俺のいた場所に手を伸ばしたまま、凍り付いてしまったかのように固まっている。



『黒の聖騎士、この程度で我を失うとは、まだまだ修行が足りませんわね。
しかし今夜、我々は大変楽しませていただきました。そのお礼といっては何ですが、お二人にささやかなサプライズをプレゼントいたしますわ!』

 どこからともなくシャルロット王女の声が聞こえてくる。

 
 シャルロット王女が時を止めたのか?
 俺は、時を操る光魔法の使い手だというシャルロット王女のすごさを改めて感じていた。

 だが、同時にこうも思っていた。


 ――殿下、もうサプライズは結構ですからっ!!!!



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