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【番外編】

ダンデス伯爵の優美なる一日 その5

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 エリオットの長すぎる蘊蓄が終わろうとしたその時、広間には音楽が流れ始めた。

 待ってましたとばかりに、シャルロット王女をエスコートした得意げなオーバンが、広間の中央に進み出る。

 ――ファーストダンス。

 見目麗しい王女とその婚約者のダンスに、周りはしばし見惚れた。


「すごく素敵だ……。綺麗だな……」

 軽やかなステップでくるくると踊る二人を見て、何とはなしにつぶやいた俺に、テオドールはなぜだかとっても怖い表情を向けてきた。

「……ジュール、それは、誰に対する賛辞なのかな? まさか、オーバンに対してなどでは……」

「いやっ、違う、違うよ! その……、二人とも、ダンスが、すごく、上手だなって!」

「ふうん……」

 納得していない様子のテオドールが、王女とオーバンを見やる。

「ジュールは踊らないのか? 相手がいないというなら、学園時代のよしみで踊ってやらんこともない」

 相変わらずの謎の上から目線で俺に手を差し出してくるエリオット。

「いえ、俺は、その……」

 困った顔でテオドールを見上げたその時、クロエがエリオットの腕を強く引っ張った。


「さあ貴方、まだご挨拶が済んでいませんよ。ダンスは後で私と! ではダンデス伯爵、聖騎士様、ごきげんよう」

「ごきげんよう。クロエ様」


 なぜだか目くばせし合うテオドールとクロエ。
 エリオットはクロエに引きずられるようにして、広間の反対側に集まっている貴族たちの人だかりへと消えていった。



 エリオットとクロエを見送った俺の視界に、とある人物が飛び込んできた。

「あっ、デマル男爵!」

 日焼けした俺とは対照的に、青白い顔のままデマル男爵は、俺に声をかけられてビクッと肩を震わせた。


「その後、体調はいかがですか? デマル男爵」

 テオドールにも親し気に声をかけられたデマル男爵は、ヒッと喉元で小さな悲鳴を上げる。


「え、ええ、もう……、すっかり、いいんですよ。もちろん!」

 ひきつった笑み。なぜだろう、この場から逃げ出したいといわんばかりに、デマル男爵の脚のつま先は俺たちとは違う方を向いている。


「エディマではありがとうございました。で、今後の……」

 俺の言葉を、デマル男爵が慌てて遮って話し出す。

「え、ええ! 今後のことは、すべてあの同行したジャドに任せておりますので! これからはすべてジャドに連絡していただければ、と。
いえ、その、私の方はいろいろとほかの件で多忙にしておりますので、聖騎士様もどうか、お気遣いなく……!」

 デマル男爵はずりずりと後ずさりを始める。一刻も早くこの場を離れたいようだ。

 ちなみに、ジャドというのはデマル男爵の右腕といわれる敏腕の職業婦人だ。俺の母親くらいの年代のきりっとした女性で、5か国語が堪能だという彼女のおかげでエディマでの視察やその後の契約はすべて順調にすすんだのだといってもいい。

 一方、当のデマル男爵はエディマに向かう初日の夜に、テオドールと飲み比べをして潰れてしまってから、重度の二日酔いで体調を崩してしまい、エディマではほとんど宿屋で寝て過ごしていた。どうやらこの顔色の悪さをみると、まだまだ全快とは言えないようだ。

「そうですか、デマル男爵ともうご一緒できないのは残念ですが、そうさせていただきますね」

 テオドールがにっこりとほほ笑む。それを見て、なぜかデマル男爵の顔はますます青くなるのだった。


「ええ、ええ! ぜひそうしてください! 私の方は、別件やらなにやらで、本当に多忙でして……! なにしろ、そういうことですので失礼させていただきますね!」

 愛想笑いを浮かべながらも、デマル男爵はすこしずつ俺たちと距離を取っていく。

「あっ、あの……」

 俺はあわてて、デマル男爵に声をかけるが……、

「あ、ああ! どうもどうも、子爵! これはこれはご無沙汰で……!」

 俺の言葉を聞こえないふりをして、デマル男爵は誰か知り合いでも見つけたのか、ダッシュでその場から立ち去ってしまったのだった。



「デマル男爵、どうしたんだろう、あんなに慌てて……」

「さあ、忙しい人みたいだから、新しい次のビジネスを見つけたんじゃないか?」

 テオドールは優しい瞳を向けると、俺の頬をくすぐるように撫でた。

「そうなのかな……?」

 それだけではないような気もするが……。


 そして、俺がテオドールの手を取ろうとしたとき、

「ジュール、危ないっ!」

 テオドールの瞳が赤く光り、一瞬で闇魔法が発動した。


「……えっ!?」

 突然のことで何が起きたかわかっていない俺。



「あなたという人はっ……、いったい、どれだけっ……」


 殺意すら感じられるおぞましい声に後ろを振り向くと、長い銀髪を振り乱した男が、恨めし気にテオドールを見つめていた。


「アンドレっ!!」


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