【完結】究極のざまぁのために、俺を捨てた男の息子を育てています!

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【番外編】

ダンデス伯爵の優美なる一日 その1

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「ジュール、これで、いい、のかな?」

 戸惑いがちな甘い声に振り返った俺は、その人物のあまりのまぶしさに目がつぶれるのではないかと思った。

「……くっ……」

 そう、いま俺の目の前にいるのは、俺の麗しすぎる夫、テオドール・ダンデス。
 『黒の聖騎士』という二つ名を持つ、どこからどう見ても美しいという感想しか出てこないという超絶美形である。

「やっぱり、おかしい、かな? こんなにきらびやかな服、俺には……」

「と、とんでもないっ!! 素晴らしい、素晴らしすぎるよ! うん、すごく……、すごすぎるくらい良く似合ってる!!」

 ずいっと俺はテオドールに近づくと、その腕をつかんだ。

「そう……、かな?」

「そう、だよ! さすがはシャルロット殿下! テオがなんでもよく似合うのはわかってたけど、こう来るとはね。
いつも聖騎士団の制服を見慣れてるから、すごく新鮮で、すごく……」

 いいかけて、俺ははっと口をつぐんだ。

「すごく?」

 テオドールが小首をかしげる。長めに伸ばした前髪が、さらりと額にかかる。

 ――んもうっ! こんな些細なしぐさまで、見惚れるほど完璧にカッコいいとは!!

 
 やっぱり、やっぱり、こんなテオドールを連れて行ったりしたら、絶対に、絶対に大変なことになるにきまってる!

 でも、行くと決めたからには、万難を排して行かなくてはいけないわけで。
 今更やっぱりやめました、とはいかないわけで。

 しかも、これは、俺の『ダンデス伯爵』としての社交界デビューも兼ねているわけで!!!!


「ジュールもすごく似合ってるよ。いつもよりずっと大人っぽくて……、すごく……」

 テオドールははにかむように笑うと、後ろに撫でつけられた俺の髪を、くしゃりと撫でた。

「すごく……?」

 俺の問いかけに、テオドールは困ったように口をつぐんでしまう。

 ――きっと今の俺の容姿を褒める上手い表現が見つからないのだろう。


 そうだよ。俺だって、わかりすぎるくらいわかっている!

 この王室御用達の店で仕立てられたダークシルバーの高級そうな礼装の上着に、明らかに着られてしまっている俺。中に着込んだスタイリッシュなドレスシャツはなぜか漆黒で光沢があり、トロリとした生地が肌に吸い付くようで……、明らかに俺には不似合いだった!!

 癖がひどくておさまりのつかない髪はオールバックにされて固められており、大人っぽいというより、無理矢理大人に正装させられた悪ガキといった有様だ!

 それに比べて、俺の隣に立つテオドールの完璧なるたたずまいはどうだ!!

 いつものおなじみの黒い騎士服ではなく、今日のために仕立てられた淡いクリーム色の滑らかな生地の礼装の上着には繊細な刺繍がところどころに施され、同色のズボンはその脚の長さを際立たされいる。宝飾品などなくても本人の輝きだけで充分なのだろうが、胸元に飾られた宝石は、俺の瞳と同じ青灰色……。

 テオドールにはきっと澄んだサファイヤ、エメラルド、ルビーなどが似合うのだろうに、俺の瞳がくすんでいることでこんな地味な宝石でしか彼を彩れないことを、伴侶としてはとても不甲斐なく思ってしまう。
 だが、そんなことを差し引いたとしても、テオドールの目を見張るような高潔な美は、もはや至高の域に達していた。



『ファッ!! ついにっ、ダンデス伯爵の社交界デビュー!!?? もちろん私にすべてお任せくださいませ!!!!』


 鼻息荒く、かなり食い気味に申し出てこられた手前、断ることもできなかった俺は、こうしてシャルロット王女プロデュースの衣装に身を包む羽目になったわけである。
 そして、伴侶として俺に同伴してくれるテオドールもまた然り。

 そして、やはりというべきなのであろう。俺の衣装はいつにもましてダークな印象で、地味な俺の容姿をさらにつつましやかなものに見せることに成功しており、隣に立つ俺はまるでテオドールの伴侶というよりは、従者、もしくは引き立て役といったほうがぴったりくるくらいだった。



 俺はため息をついた。

 今夜は、俺の社交界デビューをかねたシャルロット殿下主催の舞踏会。

 しかし、今日舞踏会に集まる貴族たちのお目当ては、もちろん俺などではなく、テオドール!

 黒の聖騎士とお近づきになりたいと願うのは、なにも年頃のご令嬢たちばかりではない!
 生まれたての赤ちゃんから、腰の曲がった老人まで、老若男女を問わず、テオドールは世界的に大人気なのだ!

「ジュール、今日は……、本当に行くの?」

 あまりの俺の滑稽な姿に同情したのか、テオドールが心配そうに俺の顔を覗き込んだ。

「うん、だって……、今日は俺の社交界デビューだし、一応、俺の晴れ舞台だし」

 本当は俺だって行きたくない。テオドールと比べてとんでもなくみっともない姿をみんなの前にさらしたくない!
 そして、きらびやかな貴族たちに比べて、明らかに見劣りする俺をテオドールに再確認されたくない!!!!


「ジュール、俺は、すごく心配だよ……」

 俺の不安を読み取ったのか、テオドールは俺を正面から抱きしめた。

 テオドールの温かい体温が伝わってくる。


 ――俺だって、すごく、すごく心配だよ!

 本当は、俺の社交界デビューの同伴者は、今だ独身のシャンタルお姉様にお願いする予定だった。
 テオドールは聖騎士の仕事で大忙しだったし、シャンタルお姉様も乗り気で、この日のために新しいドレスまで新調していたほどだ。

 しかし……、

 何があったのかは知らないが、婚約以来、俺が外出したり、人と会うことを快く思っていなかったふしのあるテオドールだったが、最近急に態度を軟化させたのだ。

 そして、『ダンデス伯爵の伴侶』としてありとあらゆる場所に俺と共に顔を出すようになっていた。

 だから、それはそれでいいことなのだろうけど……。



「ジュール、こんなあなたを、誰にも見せたくないよ……」

 テオドールが俺の背中に回した手に力を込める。

 俺だって、こんな姿を誰にも見せたくなんてないよ……。


「テオ……」

 何か言おうと顔をあげたところを、不意打ちでキスされた。

 テオドールはいつだって素敵で、かっこよくて、そして……、ちょっとずるい。

 だってこんな風に抱きしめられたら、もうテオドールのこと以外、俺は何も考えられなくなってしまうから……。


「ジュール、まだ馬車を出すまでに時間はあるよね。だから……、ちょっとだけ……、ね?」

 俺のシャツの手触りを気に入ったのか、テオドールは俺の上着の中に手を差し入れて、俺の胸あたりをさわさわと触っている。

「……一回だけ、だよ?」

 俺の返事に、テオドールはほほ笑む。


「わかってる。……愛してるよ、ジュール」

 口づけが深くなり、テオドールは俺をひょいと持ち上げると二人のベッドの上に落とした。



 ――そして俺は、着たばかりのシャツを再び脱ぐことになったのだった……。




 
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