154 / 165
【番外編】
聖騎士テオドールの華麗なる一日 その4
しおりを挟む
テオドールはわが目を疑った。
ダンデス家・本宅の応接室のソファに腰掛けているのは、まちがいなく自分の伴侶であるジュール・ダンデス。
そしてその向かいには、見たこともない男が座っていた。
ジュールはいったい何がそんなにおかしいのか、身振り手振りがやたらと大げさな男の話に、頬を染めてくすくすと笑っている。
――許せぬ!!!!
「お待ちなさい、テオドール!」
憤怒の表情で扉に手をかけたテオドールだったが、すんでのところでシャンタルに引き留められた。
「……シャンタル、様……」
「ああ、私は心配していたのよ。あなたたちったら最近、ちっとも本宅にも顔をださないで!
そうしたら今日、急に思いつめた顔のジュールがやってくるでしょ。こんなことになるんじゃないかって、思ってたわ!」
シャンタルはなぜか憐れむような視線をテオドールに向けた。
「シャンタル様……、あの男は、いったい……」
テオドールは憎々し気に、ドアの隙間からみえる身なりのいい男を睨みつける。
「テオドール、大変なことになったわよ。あの人は、デマル男爵よ!」
「デマル、男爵……?」
聞き覚えがある名前だ。少しして、目の前のシャンタルのかつての婚約者であったことを思い出す。
「ああ、よりによってどうしてあの人がジュールに目をつけたのかしら? これは由々しき事態よ。
もうっ、ジュールったらすっかりあの男の術中に嵌ってる! テオドールっ、どうするの!?
あなた、このままうかうかしてたら、あっさりとジュールを取られちゃうわよ!」
焦るシャンタルを前に、テオドールはどう反応していいものか困っていた。
「でも…‥、デマル男爵はシャンタル様の昔の婚約者なのですよね?
では、心配など……」
「テオドールっ! よくそんなにのんきな顔をしていられるわね!
そうね、あなたは社交界には顔を出したことがないから知らないのよ。
あの男の異名は『ハイエナのデマル』よっ!」
シャンタルはテオドールの鼻先に人差し指を突きつけてくる。
「いいこと? あの男をよーく御覧なさい。
見たところ、ものすごい美形だとか取り立てて際立った容姿だというわけではないでしょ? でも、そこがまた曲者なの!
あのいかにも人のよさそうな好青年といった爽やかな見た目で、相手を油断させるのよ!
私も巨万の富を築いた富豪だというからどんな脂ぎった男が出てくるかと思ったら、あんなこざっぱりした感じのルックスにすっかり騙されて、気づいたらあの人の手中に落ちていて……、ってそんなことはどうでもいいの!
とにかく、あの男はものすごく危険よ! なにしろ昔から、狙った獲物は絶対に逃がさない。そして気は長いから長期戦も辞さずに虎視眈々と狙って、獲物が弱った瞬間を見計らって一気に狩りにかかるのよ!」
「弱った、瞬間……、一気に、狩りに……」
ということは、ジュールは今、ーー狩られているのか!?
「放ってはおけません、今すぐ止めに入りますっ!」
「駄目よ、今のあなたじゃ勝ち目はないわ!」
シャンタルはテオドールの腕を引いた。
「でも、このままではッ……」
デマル男爵が冗談でも言ったのだろうか、ジュールは腹を抱えてコロコロと笑っている。
――そういえば最近、テオドールはこんなジュールの心からの笑顔を見たことがない……。
シャンタルはテオドールの両腕をつかむと、何度も揺さぶった。
「テオドール、しっかりするのよ。思い出して!
ジュールと結婚して、あなたはすっかり腑抜けになって、今じゃジュールに構うことしか頭にないみたいだけど、本来のあなたはもっと抜け目ない男のはずよ!
そう、あなたと初めて会ったとき、私はあなたのその子供らしからぬ狡猾さや、小賢しさが気に入って、あなたをジュールに育てされることにしたのよ!
あなたがただのいい子のお人形さんだったら、私はあなたをきっと助けはしたでしょうけど、ジュールの側に置いたりしなかった!」
「シャンタル、様……」
「目を覚ますのよ、テオドール!
あなたは本来、とても狡く賢い男よ! 本当のあなたは、絶対にデマルなんかに負けたりしない!
シャンタルの言葉に、テオドールの瞳に光が戻った。
ダンデス家・本宅の応接室のソファに腰掛けているのは、まちがいなく自分の伴侶であるジュール・ダンデス。
そしてその向かいには、見たこともない男が座っていた。
ジュールはいったい何がそんなにおかしいのか、身振り手振りがやたらと大げさな男の話に、頬を染めてくすくすと笑っている。
――許せぬ!!!!
「お待ちなさい、テオドール!」
憤怒の表情で扉に手をかけたテオドールだったが、すんでのところでシャンタルに引き留められた。
「……シャンタル、様……」
「ああ、私は心配していたのよ。あなたたちったら最近、ちっとも本宅にも顔をださないで!
そうしたら今日、急に思いつめた顔のジュールがやってくるでしょ。こんなことになるんじゃないかって、思ってたわ!」
シャンタルはなぜか憐れむような視線をテオドールに向けた。
「シャンタル様……、あの男は、いったい……」
テオドールは憎々し気に、ドアの隙間からみえる身なりのいい男を睨みつける。
「テオドール、大変なことになったわよ。あの人は、デマル男爵よ!」
「デマル、男爵……?」
聞き覚えがある名前だ。少しして、目の前のシャンタルのかつての婚約者であったことを思い出す。
「ああ、よりによってどうしてあの人がジュールに目をつけたのかしら? これは由々しき事態よ。
もうっ、ジュールったらすっかりあの男の術中に嵌ってる! テオドールっ、どうするの!?
あなた、このままうかうかしてたら、あっさりとジュールを取られちゃうわよ!」
焦るシャンタルを前に、テオドールはどう反応していいものか困っていた。
「でも…‥、デマル男爵はシャンタル様の昔の婚約者なのですよね?
では、心配など……」
「テオドールっ! よくそんなにのんきな顔をしていられるわね!
そうね、あなたは社交界には顔を出したことがないから知らないのよ。
あの男の異名は『ハイエナのデマル』よっ!」
シャンタルはテオドールの鼻先に人差し指を突きつけてくる。
「いいこと? あの男をよーく御覧なさい。
見たところ、ものすごい美形だとか取り立てて際立った容姿だというわけではないでしょ? でも、そこがまた曲者なの!
あのいかにも人のよさそうな好青年といった爽やかな見た目で、相手を油断させるのよ!
私も巨万の富を築いた富豪だというからどんな脂ぎった男が出てくるかと思ったら、あんなこざっぱりした感じのルックスにすっかり騙されて、気づいたらあの人の手中に落ちていて……、ってそんなことはどうでもいいの!
とにかく、あの男はものすごく危険よ! なにしろ昔から、狙った獲物は絶対に逃がさない。そして気は長いから長期戦も辞さずに虎視眈々と狙って、獲物が弱った瞬間を見計らって一気に狩りにかかるのよ!」
「弱った、瞬間……、一気に、狩りに……」
ということは、ジュールは今、ーー狩られているのか!?
「放ってはおけません、今すぐ止めに入りますっ!」
「駄目よ、今のあなたじゃ勝ち目はないわ!」
シャンタルはテオドールの腕を引いた。
「でも、このままではッ……」
デマル男爵が冗談でも言ったのだろうか、ジュールは腹を抱えてコロコロと笑っている。
――そういえば最近、テオドールはこんなジュールの心からの笑顔を見たことがない……。
シャンタルはテオドールの両腕をつかむと、何度も揺さぶった。
「テオドール、しっかりするのよ。思い出して!
ジュールと結婚して、あなたはすっかり腑抜けになって、今じゃジュールに構うことしか頭にないみたいだけど、本来のあなたはもっと抜け目ない男のはずよ!
そう、あなたと初めて会ったとき、私はあなたのその子供らしからぬ狡猾さや、小賢しさが気に入って、あなたをジュールに育てされることにしたのよ!
あなたがただのいい子のお人形さんだったら、私はあなたをきっと助けはしたでしょうけど、ジュールの側に置いたりしなかった!」
「シャンタル、様……」
「目を覚ますのよ、テオドール!
あなたは本来、とても狡く賢い男よ! 本当のあなたは、絶対にデマルなんかに負けたりしない!
シャンタルの言葉に、テオドールの瞳に光が戻った。
87
お気に入りに追加
1,457
あなたにおすすめの小説
狂わせたのは君なのに
白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。
完結保証
番外編あり
振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話
雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。
諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。
実は翔には諒平に隠している事実があり——。
諒平(20)攻め。大学生。
翔(20) 受け。大学生。
慶介(21)翔と同じサークルの友人。
愛などもう求めない
白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。
「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」
「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」
目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。
本当に自分を愛してくれる人と生きたい。
ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。
ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません
八神紫音
BL
やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。
そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる