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第131話 四人の男
しおりを挟む俺はマリユスが消えてしまった後の空間をぼんやりと見つめていた。
「叔父様っ、大丈夫ですか?」
テオドールが俺に駆け寄り、茫然とする俺の顔を覗き込んだ。
「あ…‥、テオ……」
そのすさまじく整った美しい顔を目の前にして、俺はようやく気付いた。
テオドールとマリユスは似ている……。
そんな当たり前のことを、俺はなぜ今まですっかり忘れてしまっていたのだろう。
そしてテオドールはナイムと似ていて、ナイムはあの黒いローブの出場者に似ている……。
そして今、4人の酷似した男が、この剣術大会の会場に見え隠れしている。
誰が、どこでどう繋がっている……?
そもそも、ナイムとはいったい何なんだ……?
ナイムは本当に騎士だったのか? なぜ、アンドレの組織に? 彼の過去も現在も謎に包まれたままだ。
年頃で言えば、ナイムに一番近いのはマリユスだ。
しかし、今目の前に現れたマリユスは細身の男性で、騎士だったというナイムとはどう見ても体格が違う。
――誰が、誰で、いったい何のために……?
複雑に絡み合ってしまった糸。俺にはまだその全容が見えていない……。
「叔父様っ!!」
気づくと、俺は力強くテオドールに抱きしめられていた。
呆けてしまったようになった俺を心配したのだろう。
「テオ……、ごめん、もう大丈夫だよ。ちょっと、びっくりした、だけ……」
俺はテオドールの背中に手を回す。
――そういえば、こうやって抱き合うのもどれくらい久しぶりなのだろう。
テオドールの温かい体温に包まれていると、混乱した心が次第に落ち着いていくのがわかる。
「叔父様っ、お願いです。どうか、どうか……、俺を置いていかないで……」
テオドールの悲痛な訴えに、俺は目を見張った。
「テオ、急に何言ってるんだよ。俺はどこにも行かないよ!」
俺はテオドールの背中をゆっくりとさすった。
「俺はっ……、叔父様がいなくなったら、もう駄目なんです。叔父様がいないと、俺は……っ!」
テオドールは俺の肩口にその額を擦りつけるようにした。
「テオ、マリユスが言ったことを気にしてるの? 大丈夫だよ。俺はもう、あんな奴、なんとも……っ」
俺の言葉に、テオドールはさらに力を込めて俺を抱いた。
「でも……、だって……、叔父様はっ、まだ、アイツのことを……っ」
「俺がマリユスと一緒に行くわけないだろう。安心して。そこまで俺も馬鹿じゃない」
テオドールは俺からすこし身体を離すと、その漆黒の瞳で俺を見つめた。
「本当、ですか?」
その時のテオドールの表情は、まるで……、迷子になった子どもみたいに心細げで、俺の胸は締め付けられた。
「本当だよ、テオ……。俺はずっと君の側にいるから……」
「……っ、叔父様っ、今すぐキスしたい。キスして、いいですか?」
切迫した表情。顔が近づき、俺の唇に熱い息がかかる。
俺だって、どうしようもなくテオドールとキスしたかった。テオドールの熱を、もっと感じたかった。
でも……。
「駄目。みんな君のこと見てるよ……、だから……」
俺はテオドールの長めの前髪をそっと指で払ってやった。
「俺は誰が見ていたってかまいません! でも叔父様が気にされるのでしたら……」
テオドールはほほ笑む。
そして俺は、テオドールの漆黒のマントに身体をふわりと包まれた。
「テオ……、そういうことじゃ、っ……」
「……叔父様、愛しています……。どうか、ずっと俺の側にいて。絶対に、離れたりしないで……」
重なる唇。
口づけは、甘くて、切なくて……。
俺は自分の立場のことなんてすっかり忘れて、テオドールとのキスに夢中になってしまった……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ジュール、顔が赤いわよ。走って戻ってきたの?」
「えっ!? いや、その、ちょっと……、あの……」
シャンタルの指摘に、俺はわかりやすくうろたえていた。
「まったく、今までどこに行っていたのよ。テオドールが順調に勝ち進んでいるからいいようなものの!
お父様もあなたが急に席を外すから焦っていたわよ。ーーテオドールの優勝の瞬間は家族みんなで立ち上がって、テオドールへ花を投げるんですって。
あの贅沢な花かご見た? お父様ったらいつのまにあんなものを用意していたのかしら? 恥ずかしいから私は参加したくないわ!!」
相変わらずの父親の横暴ぶりに、シャンタルはご不満の様子だ。
シャンタルにはマリユスが戻ってきたことを話すべきだろうか……?
だがシャンタルの横で、顔をほころばせて俺に頷いてみせる父親を前に、どうしても言い出すことができなかった。
――また、俺のせいで家族をバラバラにしたくない!
「ついに、決勝戦、ですね」
俺は闘技場を見渡した。
予想どおり、テオドールは勝ち進み、決勝戦へとコマを進めた。
そして、決勝戦の相手はやはりあの黒いローブの男だった。
黒いローブの男は、ほとんど剣を使うことなく、その巧みな魔法で対戦相手を翻弄し、魔力で場外へ弾き飛ばしていた。
――魔法を使用しないテオドールと、魔法のみで戦う黒いローブの男。
聖騎士という唯一無二の存在であるテオドール。だが、そのような薄気味悪い相手にどんな試合になるのか。俺には想像もつかなかった。
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