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第129話 正体不明

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 その男は黒いローブを頭からすっぽりとかぶり、手には剣と言っていいのかわからないほど細く、錐のように尖った長いブレイドの武器を手にしていた。

 顔には薄いベールがかかっており、その真の姿は誰からもうかがい知ることができない。


「不気味ね……。黒魔道士かしら? なぜ、魔道士が剣術大会に出ようと思ったのかしら?」

 隣の席に座るシャンタルが呟いた。


「あの人は、一体何という人なのですか?」

 得体のしれないオーラを持った黒魔道士に、俺はなにか引っかかりを覚えていた。


「フィリップ・ヴェルジー。私と同年代くらいかしら? おかしいわね、ヴェルジー家に魔道士なんていないはずよ。あそこは根っからの騎士家系で……」

 シャンタルは出場者名簿を手に首をかしげる。


 ーーもしかして、その名は偽名かもしれない……。


 黒いローブの男に、俺はどうしようもない既視感を覚えていた。


 ーーあの男は、もしかして……。


 対戦相手のオーバンは、そんな妖しい男の様子に怯むことなく、手にした美しい魔剣にその魔力を込め始めた。

 剣術にはそれほど自信がないというオーバンだったが、魔法を繰り出せる魔剣と、自らの瞬間移動の魔法で、今の所どの対戦相手にも圧勝していた。

 だから、観客たちもその時までは、ノアイユ公爵家のオーバンの勝利を確信していた。


 だが……。

 オーバンが魔剣から発した鋭い魔力の攻撃に、その黒尽くめの男はあざ笑うかのように、手にした細く尖った剣を天に掲げた。


「まさか……っ」

 シャンタルが息を呑んだのと同時に、オーバンからの攻撃はすべて男が手にした剣の中に集められていた。


「あの剣、魔力を吸収して……!」

 黒いローブの男はくるくるとその剣先を回すと、すっとオーバンの身体に狙いを定めるように向けた。


「オーバン君危ないっ!!」

 俺が叫んだと同時に、その細い剣先から出された魔力は、さらなる威力を持ってオーバンの身体を弾き飛ばしていた。

「……!!」


 一瞬の出来事だった。観客たちも、何が起こったのかわかっていない様子だ。


 見ると、オーバンは場外に飛ばされていた。

 対戦相手に重症を与えたり、殺したりすることは禁じられているので、男もさすがに加減したのだろう。

 オーバン自身も信じられないといった様子で、地面に両手をついていた。


「勝者、フィリップ・ヴェルジー」

 審判を任されている近衛師団長の声が響いた。

 会場からはどよめきと大きな拍手が送られる。


 黒いローブの男は、まるでさきほどの試合などなかったかのように、悠然と退場口へと向かっていった。

「お姉様っ、俺、ちょっと席を外します!」

「ええっ? もうすぐテオドールの次の試合よ」

「すぐ戻ります!」


 俺は、退場口へ近い通路へと向かった。

 ーー黒いローブからのぞいていたのは、まちがいなく漆黒の髪。


 あの超然とした雰囲気、シャンタルお姉様と同じ年頃、王族にも引けを取らない魔力の持ち主であるオーバンをいともたやすく打ち破ったあの男……。

 そしてなにより、あの醸し出す雰囲気……。


 ーーもしかして、彼はナイムではないのか?

 騎士だったというナイム。この学園の卒業生である可能性は高い。

 ナイムという名が偽名であることは、俺ももちろん気付いていた。だが、フィリップという名も本名ではないとしたら、一体彼はなんのためにこの御前試合に参加しているのだろうか?


 俺は心に巻き起こった疑念をどうしても晴らしたかった。

 人混みをかきわけ、退場口にはなんとかたどり着くことができたが、もうそこには黒いローブの男の姿はなかった。


「……」

 
「きゃあっ、もうすぐよ! 次はテオドール様よっ!」

「早く早くっ! 始まっちゃう」


 立ち尽くす俺の後ろで、何人かのご令嬢たちが楽しげに通り過ぎていった。

 
 ーーそうだ、もうすぐテオドールの試合が始まる。


 いまから自分の席に戻っている時間はない。俺は仕方なく、退場口にほど近い立ち見席でテオドールを見守ることにした。

 俺の応援などなくとも、おそらくはこの試合もあっという間に終わってしまうだろう。

 しかし……。

 俺は会場に掲げられているトーナメント表を見て、気づいた。


 ーーこのまま勝ち進めば、あの黒いローブの男が、テオドールの決勝戦の相手となるのではないか?


 俺はなにか、言いしれぬ嫌な予感を覚える。


 ーーあの男は、一体何者なんだ?





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