129 / 165
第129話 正体不明
しおりを挟む
その男は黒いローブを頭からすっぽりとかぶり、手には剣と言っていいのかわからないほど細く、錐のように尖った長いブレイドの武器を手にしていた。
顔には薄いベールがかかっており、その真の姿は誰からもうかがい知ることができない。
「不気味ね……。黒魔道士かしら? なぜ、魔道士が剣術大会に出ようと思ったのかしら?」
隣の席に座るシャンタルが呟いた。
「あの人は、一体何という人なのですか?」
得体のしれないオーラを持った黒魔道士に、俺はなにか引っかかりを覚えていた。
「フィリップ・ヴェルジー。私と同年代くらいかしら? おかしいわね、ヴェルジー家に魔道士なんていないはずよ。あそこは根っからの騎士家系で……」
シャンタルは出場者名簿を手に首をかしげる。
ーーもしかして、その名は偽名かもしれない……。
黒いローブの男に、俺はどうしようもない既視感を覚えていた。
ーーあの男は、もしかして……。
対戦相手のオーバンは、そんな妖しい男の様子に怯むことなく、手にした美しい魔剣にその魔力を込め始めた。
剣術にはそれほど自信がないというオーバンだったが、魔法を繰り出せる魔剣と、自らの瞬間移動の魔法で、今の所どの対戦相手にも圧勝していた。
だから、観客たちもその時までは、ノアイユ公爵家のオーバンの勝利を確信していた。
だが……。
オーバンが魔剣から発した鋭い魔力の攻撃に、その黒尽くめの男はあざ笑うかのように、手にした細く尖った剣を天に掲げた。
「まさか……っ」
シャンタルが息を呑んだのと同時に、オーバンからの攻撃はすべて男が手にした剣の中に集められていた。
「あの剣、魔力を吸収して……!」
黒いローブの男はくるくるとその剣先を回すと、すっとオーバンの身体に狙いを定めるように向けた。
「オーバン君危ないっ!!」
俺が叫んだと同時に、その細い剣先から出された魔力は、さらなる威力を持ってオーバンの身体を弾き飛ばしていた。
「……!!」
一瞬の出来事だった。観客たちも、何が起こったのかわかっていない様子だ。
見ると、オーバンは場外に飛ばされていた。
対戦相手に重症を与えたり、殺したりすることは禁じられているので、男もさすがに加減したのだろう。
オーバン自身も信じられないといった様子で、地面に両手をついていた。
「勝者、フィリップ・ヴェルジー」
審判を任されている近衛師団長の声が響いた。
会場からはどよめきと大きな拍手が送られる。
黒いローブの男は、まるでさきほどの試合などなかったかのように、悠然と退場口へと向かっていった。
「お姉様っ、俺、ちょっと席を外します!」
「ええっ? もうすぐテオドールの次の試合よ」
「すぐ戻ります!」
俺は、退場口へ近い通路へと向かった。
ーー黒いローブからのぞいていたのは、まちがいなく漆黒の髪。
あの超然とした雰囲気、シャンタルお姉様と同じ年頃、王族にも引けを取らない魔力の持ち主であるオーバンをいともたやすく打ち破ったあの男……。
そしてなにより、あの醸し出す雰囲気……。
ーーもしかして、彼はナイムではないのか?
騎士だったというナイム。この学園の卒業生である可能性は高い。
ナイムという名が偽名であることは、俺ももちろん気付いていた。だが、フィリップという名も本名ではないとしたら、一体彼はなんのためにこの御前試合に参加しているのだろうか?
俺は心に巻き起こった疑念をどうしても晴らしたかった。
人混みをかきわけ、退場口にはなんとかたどり着くことができたが、もうそこには黒いローブの男の姿はなかった。
「……」
「きゃあっ、もうすぐよ! 次はテオドール様よっ!」
「早く早くっ! 始まっちゃう」
立ち尽くす俺の後ろで、何人かのご令嬢たちが楽しげに通り過ぎていった。
ーーそうだ、もうすぐテオドールの試合が始まる。
いまから自分の席に戻っている時間はない。俺は仕方なく、退場口にほど近い立ち見席でテオドールを見守ることにした。
俺の応援などなくとも、おそらくはこの試合もあっという間に終わってしまうだろう。
しかし……。
俺は会場に掲げられているトーナメント表を見て、気づいた。
ーーこのまま勝ち進めば、あの黒いローブの男が、テオドールの決勝戦の相手となるのではないか?
俺はなにか、言いしれぬ嫌な予感を覚える。
ーーあの男は、一体何者なんだ?
顔には薄いベールがかかっており、その真の姿は誰からもうかがい知ることができない。
「不気味ね……。黒魔道士かしら? なぜ、魔道士が剣術大会に出ようと思ったのかしら?」
隣の席に座るシャンタルが呟いた。
「あの人は、一体何という人なのですか?」
得体のしれないオーラを持った黒魔道士に、俺はなにか引っかかりを覚えていた。
「フィリップ・ヴェルジー。私と同年代くらいかしら? おかしいわね、ヴェルジー家に魔道士なんていないはずよ。あそこは根っからの騎士家系で……」
シャンタルは出場者名簿を手に首をかしげる。
ーーもしかして、その名は偽名かもしれない……。
黒いローブの男に、俺はどうしようもない既視感を覚えていた。
ーーあの男は、もしかして……。
対戦相手のオーバンは、そんな妖しい男の様子に怯むことなく、手にした美しい魔剣にその魔力を込め始めた。
剣術にはそれほど自信がないというオーバンだったが、魔法を繰り出せる魔剣と、自らの瞬間移動の魔法で、今の所どの対戦相手にも圧勝していた。
だから、観客たちもその時までは、ノアイユ公爵家のオーバンの勝利を確信していた。
だが……。
オーバンが魔剣から発した鋭い魔力の攻撃に、その黒尽くめの男はあざ笑うかのように、手にした細く尖った剣を天に掲げた。
「まさか……っ」
シャンタルが息を呑んだのと同時に、オーバンからの攻撃はすべて男が手にした剣の中に集められていた。
「あの剣、魔力を吸収して……!」
黒いローブの男はくるくるとその剣先を回すと、すっとオーバンの身体に狙いを定めるように向けた。
「オーバン君危ないっ!!」
俺が叫んだと同時に、その細い剣先から出された魔力は、さらなる威力を持ってオーバンの身体を弾き飛ばしていた。
「……!!」
一瞬の出来事だった。観客たちも、何が起こったのかわかっていない様子だ。
見ると、オーバンは場外に飛ばされていた。
対戦相手に重症を与えたり、殺したりすることは禁じられているので、男もさすがに加減したのだろう。
オーバン自身も信じられないといった様子で、地面に両手をついていた。
「勝者、フィリップ・ヴェルジー」
審判を任されている近衛師団長の声が響いた。
会場からはどよめきと大きな拍手が送られる。
黒いローブの男は、まるでさきほどの試合などなかったかのように、悠然と退場口へと向かっていった。
「お姉様っ、俺、ちょっと席を外します!」
「ええっ? もうすぐテオドールの次の試合よ」
「すぐ戻ります!」
俺は、退場口へ近い通路へと向かった。
ーー黒いローブからのぞいていたのは、まちがいなく漆黒の髪。
あの超然とした雰囲気、シャンタルお姉様と同じ年頃、王族にも引けを取らない魔力の持ち主であるオーバンをいともたやすく打ち破ったあの男……。
そしてなにより、あの醸し出す雰囲気……。
ーーもしかして、彼はナイムではないのか?
騎士だったというナイム。この学園の卒業生である可能性は高い。
ナイムという名が偽名であることは、俺ももちろん気付いていた。だが、フィリップという名も本名ではないとしたら、一体彼はなんのためにこの御前試合に参加しているのだろうか?
俺は心に巻き起こった疑念をどうしても晴らしたかった。
人混みをかきわけ、退場口にはなんとかたどり着くことができたが、もうそこには黒いローブの男の姿はなかった。
「……」
「きゃあっ、もうすぐよ! 次はテオドール様よっ!」
「早く早くっ! 始まっちゃう」
立ち尽くす俺の後ろで、何人かのご令嬢たちが楽しげに通り過ぎていった。
ーーそうだ、もうすぐテオドールの試合が始まる。
いまから自分の席に戻っている時間はない。俺は仕方なく、退場口にほど近い立ち見席でテオドールを見守ることにした。
俺の応援などなくとも、おそらくはこの試合もあっという間に終わってしまうだろう。
しかし……。
俺は会場に掲げられているトーナメント表を見て、気づいた。
ーーこのまま勝ち進めば、あの黒いローブの男が、テオドールの決勝戦の相手となるのではないか?
俺はなにか、言いしれぬ嫌な予感を覚える。
ーーあの男は、一体何者なんだ?
85
お気に入りに追加
1,467
あなたにおすすめの小説
何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない
てんつぶ
BL
連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。
その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。
弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。
むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。
だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。
人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――
平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます
ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜
名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。
愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に…
「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」
美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。
🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶
応援していただいたみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました!
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

平民男子と騎士団長の行く末
きわ
BL
平民のエリオットは貴族で騎士団長でもあるジェラルドと体だけの関係を持っていた。
ある日ジェラルドの見合い話を聞き、彼のためにも離れたほうがいいと決意する。
好きだという気持ちを隠したまま。
過去の出来事から貴族などの権力者が実は嫌いなエリオットと、エリオットのことが好きすぎて表からでは分からないように手を回す隠れ執着ジェラルドのお話です。
第十一回BL大賞参加作品です。

からかわれていると思ってたら本気だった?!
雨宮里玖
BL
御曹司カリスマ冷静沈着クール美形高校生×貧乏で平凡な高校生
《あらすじ》
ヒカルに告白をされ、まさか俺なんかを好きになるはずないだろと疑いながらも付き合うことにした。
ある日、「あいつ間に受けてやんの」「身の程知らずだな」とヒカルが友人と話しているところを聞いてしまい、やっぱりからかわれていただけだったと知り、ショックを受ける弦。騙された怒りをヒカルにぶつけて、ヒカルに別れを告げる——。
葛葉ヒカル(18)高校三年生。財閥次男。完璧。カリスマ。
弦(18)高校三年生。父子家庭。貧乏。
葛葉一真(20)財閥長男。爽やかイケメン。
国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる