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第125話 秘め事
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ジュール、そろそろでしょ? これ、場所と時間よ」
意味ありげな視線。
シャンタルは俺に、赤い封緘が押されたクリーム色の封筒を手渡した。
「そろそろ……?」
自分の部屋で、領地経営について復習していた俺。
明日は、父親の口頭試問があるのだ。すでに頭の中はパンパンで、耳から覚えたことがこぼれ落ちそうな状態だった。
ちなみに俺が本宅に戻ったことで、テオドールが使用していたという俺の部屋は、元通り俺の部屋となっていた。だがしかし、部屋にはテオドールの痕跡がまだそこかしこに残されており、部屋を使用する俺としてはなんともこそばゆい気分になることが多かった。特にクローゼットには、聖教会にもっていかなかったテオドールの衣服がまだ半分以上残されており、俺はクローゼットに入るたびに、まるで……、まるで、テオドールとこの部屋で同居しているような感覚に陥るのだった。
机の上のテオドールのお気に入りの羽ペンや、ベッドの上のテオドールの趣味のブランケットなど、俺がどこかに片付けてしまってもいいのだろうが、俺自身が、なんというか……、テオドールの気配がそこにあることに安心してしまうようなところがあり、なんとなくそのままにしてしまっているのだった。
「新しい人はどうなの?」
お姉様の表情は、俺の現状を憐れんでいるようにも思えた。
「新しい……、人?」
封を開けると、封筒と同じ色のカードに、王都の高級宿屋の名前とその部屋の番号、日時が記されていた。そして「ナイム」とだけ書かれたサイン。
――ナイム。
あの激しい交わりの夜を思い出し、俺は小さくため息をついた。
父親からの苛烈な伯爵教育でしばらく忘れていた現実に、一気に引き戻された気分だった。
淫紋がある限り、俺はずっとこのようなことを続けていかなくてはならないのだ。
これからテオドールが王女と結婚し、俺が爵位を継いだとしても、ずっと、ずっと……。
「彼は……、いい人だと、思います」
俺はあの仮面の上からでもわかる、ナイムの何かに迷うような苦しげな表情を思い出していた。
――彼も、俺と同じように何かに苦しんでいた……。
「いい人……、そう。都合のいい言葉よね」
お姉様は言うと、寂し気な笑みを浮かべた。
「剣術大会が終わったら、いろいろなことにすべて区切りがつくかもしれないわね」
――この時のシャンタルの言葉は、まるで予言のように俺の未来を暗示することとなったのだった……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
控え目なノックの音がした。
「どうぞ」
真っ白いシーツがかけられた寝台に、俺は所在なげに腰掛けている。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
部屋に入ってきたナイムは、その姿をすっぽりと覆っていた黒い外套をとった。
現れたその端正な顔の目元は、やはり黒いベルベッドのマスクで隠されている。
「待ってなんていないよ。俺がちょっと早くに着いただけ」
バスローブを着ている俺に、ナイムは少し驚いた顔をした。
どうせやることは決まっているのだ。手っ取り早い方がいいと思い、俺はすでに湯浴みまで済ませていた。
時刻は夕方……。高級宿屋の一室での秘密の待ち合わせ。
まるで許されぬ恋に落ちた二人の密会のようだ。
「このような変則的な時間になってしまい申し訳ありません」
ナイムの低い声は、俺の耳に心地よく響いた。やはり、テオドールの声にとてもよく似ている。
「大丈夫だよ。俺も、最近王都の近くの本宅に戻ったんだ。だから、夜遅くは外出しにくいし、
このくらいの時間帯の方が、融通がきくんだ」
「そうですか……」
おそらくナイムも俺の事情は知っているのだろう。それ以上は何も聞いてこなかった。
部屋の明かりは落としていたので、室内は薄暗かった。
「こっちに、来ないの?」
俺の言葉に、ナイムはピクリと肩を震わせた。
まるで、俺のことを恐れているかのようだ。
気絶させるまで激しく俺を貫いていた男と同一人物とは、まるで思えない。
「失礼します……」
恐る恐るといった様子で、ナイムが俺の隣に腰掛けた。
「じゃあ……」
俺はナイムに向き直ると、そっとその手に触れた。
温かい、手だった。
「ジュール様っ!」
次の瞬間、俺はナイムにしっかりと抱きしめられていた。
さきほどまでの遠慮がちな態度が嘘のようだ。
「ナイム……?」
ナイムは俺の首筋に顔をうずめた。
「私がっ、あれからどれほど貴方に恋焦がれていたかわかりますかっ!?
毎日、貴方のことを想わない日はありませんでした。あの時の肌の感触、貴方の吐息、漏れた声まですべて……っ、私は思い出しては、もう一度あなたに触れたくて……。
でも、貴方は私のことなんてなんとも……っ!! それなのに、私は、ずっと、今日を待ちわびて……、狂おしいほど……っ、貴方をっ!」
「ジュール、そろそろでしょ? これ、場所と時間よ」
意味ありげな視線。
シャンタルは俺に、赤い封緘が押されたクリーム色の封筒を手渡した。
「そろそろ……?」
自分の部屋で、領地経営について復習していた俺。
明日は、父親の口頭試問があるのだ。すでに頭の中はパンパンで、耳から覚えたことがこぼれ落ちそうな状態だった。
ちなみに俺が本宅に戻ったことで、テオドールが使用していたという俺の部屋は、元通り俺の部屋となっていた。だがしかし、部屋にはテオドールの痕跡がまだそこかしこに残されており、部屋を使用する俺としてはなんともこそばゆい気分になることが多かった。特にクローゼットには、聖教会にもっていかなかったテオドールの衣服がまだ半分以上残されており、俺はクローゼットに入るたびに、まるで……、まるで、テオドールとこの部屋で同居しているような感覚に陥るのだった。
机の上のテオドールのお気に入りの羽ペンや、ベッドの上のテオドールの趣味のブランケットなど、俺がどこかに片付けてしまってもいいのだろうが、俺自身が、なんというか……、テオドールの気配がそこにあることに安心してしまうようなところがあり、なんとなくそのままにしてしまっているのだった。
「新しい人はどうなの?」
お姉様の表情は、俺の現状を憐れんでいるようにも思えた。
「新しい……、人?」
封を開けると、封筒と同じ色のカードに、王都の高級宿屋の名前とその部屋の番号、日時が記されていた。そして「ナイム」とだけ書かれたサイン。
――ナイム。
あの激しい交わりの夜を思い出し、俺は小さくため息をついた。
父親からの苛烈な伯爵教育でしばらく忘れていた現実に、一気に引き戻された気分だった。
淫紋がある限り、俺はずっとこのようなことを続けていかなくてはならないのだ。
これからテオドールが王女と結婚し、俺が爵位を継いだとしても、ずっと、ずっと……。
「彼は……、いい人だと、思います」
俺はあの仮面の上からでもわかる、ナイムの何かに迷うような苦しげな表情を思い出していた。
――彼も、俺と同じように何かに苦しんでいた……。
「いい人……、そう。都合のいい言葉よね」
お姉様は言うと、寂し気な笑みを浮かべた。
「剣術大会が終わったら、いろいろなことにすべて区切りがつくかもしれないわね」
――この時のシャンタルの言葉は、まるで予言のように俺の未来を暗示することとなったのだった……。
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控え目なノックの音がした。
「どうぞ」
真っ白いシーツがかけられた寝台に、俺は所在なげに腰掛けている。
「お待たせしてしまい、申し訳ありません」
部屋に入ってきたナイムは、その姿をすっぽりと覆っていた黒い外套をとった。
現れたその端正な顔の目元は、やはり黒いベルベッドのマスクで隠されている。
「待ってなんていないよ。俺がちょっと早くに着いただけ」
バスローブを着ている俺に、ナイムは少し驚いた顔をした。
どうせやることは決まっているのだ。手っ取り早い方がいいと思い、俺はすでに湯浴みまで済ませていた。
時刻は夕方……。高級宿屋の一室での秘密の待ち合わせ。
まるで許されぬ恋に落ちた二人の密会のようだ。
「このような変則的な時間になってしまい申し訳ありません」
ナイムの低い声は、俺の耳に心地よく響いた。やはり、テオドールの声にとてもよく似ている。
「大丈夫だよ。俺も、最近王都の近くの本宅に戻ったんだ。だから、夜遅くは外出しにくいし、
このくらいの時間帯の方が、融通がきくんだ」
「そうですか……」
おそらくナイムも俺の事情は知っているのだろう。それ以上は何も聞いてこなかった。
部屋の明かりは落としていたので、室内は薄暗かった。
「こっちに、来ないの?」
俺の言葉に、ナイムはピクリと肩を震わせた。
まるで、俺のことを恐れているかのようだ。
気絶させるまで激しく俺を貫いていた男と同一人物とは、まるで思えない。
「失礼します……」
恐る恐るといった様子で、ナイムが俺の隣に腰掛けた。
「じゃあ……」
俺はナイムに向き直ると、そっとその手に触れた。
温かい、手だった。
「ジュール様っ!」
次の瞬間、俺はナイムにしっかりと抱きしめられていた。
さきほどまでの遠慮がちな態度が嘘のようだ。
「ナイム……?」
ナイムは俺の首筋に顔をうずめた。
「私がっ、あれからどれほど貴方に恋焦がれていたかわかりますかっ!?
毎日、貴方のことを想わない日はありませんでした。あの時の肌の感触、貴方の吐息、漏れた声まですべて……っ、私は思い出しては、もう一度あなたに触れたくて……。
でも、貴方は私のことなんてなんとも……っ!! それなのに、私は、ずっと、今日を待ちわびて……、狂おしいほど……っ、貴方をっ!」
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