124 / 165
第124話 伯爵
しおりを挟む
というわけで、パーティは当然すぐにお開きとなり、会場となった別宅のフロアにはなんとも白けたムードが漂った。
とぼとぼと帰っていく招待客を尻目に、俺とシャンタルお姉様は、テオドールと父親とともに馬車で本宅へ戻ることとなった。
そして……、
「朝だぞ、ジュール!! 起きろっ!!」
俺は、なぜか父親に「テオドールにふさわしい人間になるように、根本から叩き直してやる」と宣言され、おはようからおやすみまで父親の監視下に置かれるという地獄のような生活を本宅で送る羽目になってしまったのだった!!
「お父様、まだ朝早いですし、もうすこし……」
まだ日も出ていないというのに、父親の一喝で起こされる俺の身にもなってほしい。
「何を甘えたことを! それでも伯爵家の嫡男か!?」
テオドールのおかげですっかり元気になったという俺の父親は、なぜか俺の「再教育」とやらに目覚めてしまったらしい。
もうすでにテオドールという立派な養子がいるのだから、俺のことはもうあきらめてほしいのだが、そうもいかないようだ。
そして俺は眠い目をこすりながら、父親の日課だという早朝の散歩に付き合わされている……。
「ジュール、王立学園の剣術大会のことはすでに聞いているな」
父親は咳ばらいをした。
「はい、聞いています」
俺はまだぼんやりする頭で反射的に答えていた。
最近寒くなってきたようで、朝の空気がとりわけ冷たく感じる。
「テオドールが優勝することも、もちろんわかっているな」
「はい、もちろんわかっています」
オウム返しのように俺は答える。
日課の散歩コースは常に決まっていて、父親は背筋をピンと伸ばしてシャキシャキと俺の隣を歩いている。
一時は、ベッドから起き上がれないほど臥せっていたとは思えないほどの快活さだ。
「優勝したテオドールがどうなるか、もちろん胡乱なお前にも想像がついているであろうな?」
もったいぶった言いまわしで、父親が言う。
「ええ、もちろん。どうなるかなんて、わかりきったことです」
シャルロット王女と婚約して、国を挙げての華々しい結婚式を挙げることを父親も心待ちにしていることであろう。
「お前は……、その……、心づもりはできているのだろうなっ!?」
なぜか急に怒ったような口調になった父親に、俺は面食らった。
「心づもり、ですか? まあ、それは、はい。それなりに……」
義理の叔父として、テオドールに恥ずかしくないふるまいをしろ、ということだろうか。
父親はまた、咳ばらいをすると俺の顔を見た。
「ジュール、私はテオドールの剣術大会での優勝を機に、お前に爵位を譲ることとするっ!」
「ええっ!?」
突然の爆弾発言に、俺は何と答えていいかさえもわからない。
ちなみに、テオドールが優勝することが前提条件となっているわけだが、これはもうゆるぎない決定事項として父親の頭の中にあるのだろう。
「お前にも聖騎士にふさわしいそれなりの称号が必要となるだろう。
お前が伯爵となれば、テオドールも隣にいて恥ずかしくないはずだ。
式に間に合うよう、私はお前に伯爵としての仕事の引継ぎをしていくから、そのつもりで!
ジュール、そんな呆けた顔をしてどうする! もう時間の猶予はないぞ!」
「へ、あ、はい? って、えええーっ!?」
テオドールの結婚式に間に合うように、俺を伯爵に?
ということは、結婚式で育ての親である俺が恥ずかしくないようにするそのためだけに、父親は俺に爵位を譲ろうというのか?
――どんだけ、テオドールファーストなんだよっ!!
っていうか、今までぐうたらな生活に慣れきってしまっている俺。
急に伯爵になれとか、絶対、絶対無理だあああああ!!!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しかし無情にも、日々は何事もなかったように過ぎていった。
俺は父親から昼夜問わず「伯爵としての心得」のスパルタ指導を受け、精神的にかなり追い詰められていた。どこをどう考えても、俺が父親の求める「立派なダンデス伯爵」となる未来がやってくるとは思えない。この際、聖騎士であるテオドールに爵位も一緒に継いでもらえないだろうかと、俺はそれとなく父親にほのめかしてみたが、もちろん秒で却下された。
そんな中でも、聖教会にいるはずのテオドールは毎日夕食時には本宅に顔を出したので、俺はここにきてようやくテオドールの聖騎士としての忙しい日々も伺い知ることができた。
相変わらずテオドールと俺は、お互い妙な距離感を感じてはいたが、夕食の席で会う限りは、いつものように会話することができていたので俺はほっとしていた。
テオドールも一応、父親の「詰め込み式・伯爵教育」については心配してくれているらしい。いつも顔色が悪い俺のためにと、もはや俺の専属メイドとなっているエマと共に、食後においしい果物のタルトを焼いてくれたりする。超多忙な聖騎士になっても、やっぱりテオドールは優しい。
ただ、そんな俺を見て、父親はすかさず「甘やかしすぎだ! 甘いものの過剰摂取は身体によくない!」と俺から一切れを残して残りのタルト全部奪い去ってしまうので、俺の父親に対する不満は日々募るばかりだった。
もちろん、毎日テオドールに会えて、父親も母親もとても嬉しそうだった。シャンタルお姉様は内心不服だったに違いないが、両親の手前、いつものように猫をかぶり、にこやかにテオドールに接していた。
というわけで、テオドールのおかげで、ダンデス家は一つにまとまり、今までの暗い過去などまるでなかったかのように平和な日々を過ごしていた。
――表面上は!
とぼとぼと帰っていく招待客を尻目に、俺とシャンタルお姉様は、テオドールと父親とともに馬車で本宅へ戻ることとなった。
そして……、
「朝だぞ、ジュール!! 起きろっ!!」
俺は、なぜか父親に「テオドールにふさわしい人間になるように、根本から叩き直してやる」と宣言され、おはようからおやすみまで父親の監視下に置かれるという地獄のような生活を本宅で送る羽目になってしまったのだった!!
「お父様、まだ朝早いですし、もうすこし……」
まだ日も出ていないというのに、父親の一喝で起こされる俺の身にもなってほしい。
「何を甘えたことを! それでも伯爵家の嫡男か!?」
テオドールのおかげですっかり元気になったという俺の父親は、なぜか俺の「再教育」とやらに目覚めてしまったらしい。
もうすでにテオドールという立派な養子がいるのだから、俺のことはもうあきらめてほしいのだが、そうもいかないようだ。
そして俺は眠い目をこすりながら、父親の日課だという早朝の散歩に付き合わされている……。
「ジュール、王立学園の剣術大会のことはすでに聞いているな」
父親は咳ばらいをした。
「はい、聞いています」
俺はまだぼんやりする頭で反射的に答えていた。
最近寒くなってきたようで、朝の空気がとりわけ冷たく感じる。
「テオドールが優勝することも、もちろんわかっているな」
「はい、もちろんわかっています」
オウム返しのように俺は答える。
日課の散歩コースは常に決まっていて、父親は背筋をピンと伸ばしてシャキシャキと俺の隣を歩いている。
一時は、ベッドから起き上がれないほど臥せっていたとは思えないほどの快活さだ。
「優勝したテオドールがどうなるか、もちろん胡乱なお前にも想像がついているであろうな?」
もったいぶった言いまわしで、父親が言う。
「ええ、もちろん。どうなるかなんて、わかりきったことです」
シャルロット王女と婚約して、国を挙げての華々しい結婚式を挙げることを父親も心待ちにしていることであろう。
「お前は……、その……、心づもりはできているのだろうなっ!?」
なぜか急に怒ったような口調になった父親に、俺は面食らった。
「心づもり、ですか? まあ、それは、はい。それなりに……」
義理の叔父として、テオドールに恥ずかしくないふるまいをしろ、ということだろうか。
父親はまた、咳ばらいをすると俺の顔を見た。
「ジュール、私はテオドールの剣術大会での優勝を機に、お前に爵位を譲ることとするっ!」
「ええっ!?」
突然の爆弾発言に、俺は何と答えていいかさえもわからない。
ちなみに、テオドールが優勝することが前提条件となっているわけだが、これはもうゆるぎない決定事項として父親の頭の中にあるのだろう。
「お前にも聖騎士にふさわしいそれなりの称号が必要となるだろう。
お前が伯爵となれば、テオドールも隣にいて恥ずかしくないはずだ。
式に間に合うよう、私はお前に伯爵としての仕事の引継ぎをしていくから、そのつもりで!
ジュール、そんな呆けた顔をしてどうする! もう時間の猶予はないぞ!」
「へ、あ、はい? って、えええーっ!?」
テオドールの結婚式に間に合うように、俺を伯爵に?
ということは、結婚式で育ての親である俺が恥ずかしくないようにするそのためだけに、父親は俺に爵位を譲ろうというのか?
――どんだけ、テオドールファーストなんだよっ!!
っていうか、今までぐうたらな生活に慣れきってしまっている俺。
急に伯爵になれとか、絶対、絶対無理だあああああ!!!!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
しかし無情にも、日々は何事もなかったように過ぎていった。
俺は父親から昼夜問わず「伯爵としての心得」のスパルタ指導を受け、精神的にかなり追い詰められていた。どこをどう考えても、俺が父親の求める「立派なダンデス伯爵」となる未来がやってくるとは思えない。この際、聖騎士であるテオドールに爵位も一緒に継いでもらえないだろうかと、俺はそれとなく父親にほのめかしてみたが、もちろん秒で却下された。
そんな中でも、聖教会にいるはずのテオドールは毎日夕食時には本宅に顔を出したので、俺はここにきてようやくテオドールの聖騎士としての忙しい日々も伺い知ることができた。
相変わらずテオドールと俺は、お互い妙な距離感を感じてはいたが、夕食の席で会う限りは、いつものように会話することができていたので俺はほっとしていた。
テオドールも一応、父親の「詰め込み式・伯爵教育」については心配してくれているらしい。いつも顔色が悪い俺のためにと、もはや俺の専属メイドとなっているエマと共に、食後においしい果物のタルトを焼いてくれたりする。超多忙な聖騎士になっても、やっぱりテオドールは優しい。
ただ、そんな俺を見て、父親はすかさず「甘やかしすぎだ! 甘いものの過剰摂取は身体によくない!」と俺から一切れを残して残りのタルト全部奪い去ってしまうので、俺の父親に対する不満は日々募るばかりだった。
もちろん、毎日テオドールに会えて、父親も母親もとても嬉しそうだった。シャンタルお姉様は内心不服だったに違いないが、両親の手前、いつものように猫をかぶり、にこやかにテオドールに接していた。
というわけで、テオドールのおかげで、ダンデス家は一つにまとまり、今までの暗い過去などまるでなかったかのように平和な日々を過ごしていた。
――表面上は!
92
お気に入りに追加
1,466
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。


【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
BL
オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。
懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。
義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる