上 下
122 / 165

第122話 誘惑

しおりを挟む
「聖騎士様は心から尊敬できる方ですが、ジュール様に対する態度だけはどうしても看過することはできません!
親友の想い人を強引に我がモノにして、こうして郊外の屋敷に囲って、昼夜問わず見張りまでつけて……!
こんなことをしていても、聖騎士様はジュール様に愛されるわけもありません!」

「え、は? ……ええっ!?」

 いや、そもそもここはダンデス家の別宅なのであるから、俺は別にテオドールに囲われているわけではなく、しかも大前提として俺とオーバンはそういう関係ではいっさいないわけで……!

「大丈夫です、ジュール様! このことは誰にも言っていません!
しかし、もし、オーバン様への文や、言付けがありましたらいつでも仰ってください! 俺が秘密裏に取り次ぎますから!」

 ロイクは声をひそめる。

「いや、ロイク、君は誤解してるよ! あのときの学園でのあれは、オーバン君がとっさについた嘘なんだよ! オーバン君と俺はそういう関係ではないし、俺はもともとテオドールとここに住んでいただけで……」

「わかっております、ジュール様! 決して公にはできないことですものね。このことが聖騎士様に知られては、オーバン様の身も危うくなることでしょう。ジュール様とて、あの嫉妬深い聖騎士様にどこぞに監禁されないとも限りません! ジュール様は、自分の本当の想いを偽ってまでオーバン様の身を案じて……! ううっ、尊いです!」

 ーー駄目だ、この子! 思い込みが激しすぎる!!


「ロイク、この件は今度ゆっくり説明するから! でも安心して! 君の心配するようなことは何もないよ。俺は大丈夫だから。
……俺、ちょっと疲れたから部屋に戻るね」


 今度オーバンに、しっかりとロイクに誤解を解いておくように諭しておこう!

 オーバンは根はいい子なんだが、いろいろなことを茶化して楽しむ傾向があるのが困ったところだ。

 ーーあんな純粋な子まで騙したままでいるなんて、年長者として見過ごすわけにはいかない!



 2階への階段を上がり始めたところで、また俺に声がかかった。

「ジュール!」


 ーーもういい加減にしてくれっ!


 感情がそのまま表情に出てしまったのだろう、振り向いた俺を見たその男は驚いた顔をしていた。


「あ、どうも……、何か、御用でしょうか?」

 俺は慌てて顔を真顔に戻した。
 おそらくお姉様のお友達である茶色い髪のにやけた男に、俺は少しだけ見覚えがあった。


「やあ、ジュール。久しぶりじゃないか。会えて嬉しいよ。俺のこと、もちろん覚えてるよな?」

 ーーもちろん、名前すらも思い出せない!


「あ、えーっと、その……」

「しばらく国を離れてたんだって? ずいぶん日焼けしてるじゃないか。
ところで婚約を解消したって本当か? 俺はまえから君はイネスとは合わないと思ってたんだ」

 男は俺に並ぶと、馴れ馴れしく肩を組んできた。


「はあ……、あの、せっかくですが俺、体調が悪いので、部屋に……」

「ああ、具合が悪いのか? それはいけないな。俺が部屋まで送ってやろう」


 男は俺の耳を舐め始めるんじゃないかというくらい近くで、俺のことをねっとりと眺めた。

「いえ、大丈夫、ですので……」

 男の腕を外そうと、身を捩ったところで、不意打ちで尻を鷲掴みにされた。

「ヒャっ!!」

「相変わらずいい反応だな。なあ、誘ってるんだろ?
俺も今日は男とヤりたい気分なんだ。……いいだろ?
いつもなら、シャンタルからジュールには絶対に近づくなってお触れが出るはずだけど、
今日に限ってはなんにも言われてない……、ってことは、俺にもチャンスがあるってことだよな?」

「は?」


 ーーなんだよ、そのチャンスっていうのはっ!

 男の欲に満ちた瞳に、俺はだんだんムカついてきた。


「ジュールのこと、昔っから一度啼かせてみたかったんだよな。
いいよな? 大先輩の俺が、ベッドの上であれこれいろいろと教えてやるよ!
学園時代にできなかったことを、今晩後輩の君にしっかりレクチャーしてやろう」


 ーーよし、一発殴る!

 これ以上のセクハラ発言は許さないとばかりに、俺が拳を握りしめたその時、冥界から魔王が蘇ってきたのかと思うほどの恐ろしい声が降ってきた。


「それはそれは、同じく学園の後輩である私にもぜひご教示いただきたいものです。
これからベッドの上で、私の叔父にいったいどんなことを教えてくださるというのでしょうか?
ミラボー大先輩は!」


「ひええええええええええええっ!!!! くっ、黒のっ、聖騎士パラディンっ!」


「テオドールっ!!」



 そこには完璧なまでの美しい微笑をたたえた聖騎士が、禍々しいオーラをまとって立っていた。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身代わりになって推しの思い出の中で永遠になりたいんです!

冨士原のもち
BL
桜舞う王立学院の入学式、ヤマトはカイユー王子を見てここが前世でやったゲームの世界だと気付く。ヤマトが一番好きなキャラであるカイユー王子は、ゲーム内では非業の死を遂げる。 「そうだ!カイユーを助けて死んだら、忘れられない恩人として永遠になれるんじゃないか?」 前世の死に際のせいで人間不信と恋愛不信を拗らせていたヤマトは、推しの心の中で永遠になるために身代わりになろうと決意した。しかし、カイユー王子はゲームの時の印象と違っていて…… 演技チャラ男攻め×美人人間不信受け ※最終的にはハッピーエンドです ※何かしら地雷のある方にはお勧めしません ※ムーンライトノベルズにも投稿しています

狂わせたのは君なのに

白兪
BL
ガベラは10歳の時に前世の記憶を思い出した。ここはゲームの世界で自分は悪役令息だということを。ゲームではガベラは主人公ランを悪漢を雇って襲わせ、そして断罪される。しかし、ガベラはそんなこと望んでいないし、罰せられるのも嫌である。なんとかしてこの運命を変えたい。その行動が彼を狂わすことになるとは知らずに。 完結保証 番外編あり

振られた腹いせに別の男と付き合ったらそいつに本気になってしまった話

雨宮里玖
BL
「好きな人が出来たから別れたい」と恋人の翔に突然言われてしまった諒平。  諒平は別れたくないと引き止めようとするが翔は諒平に最初で最後のキスをした後、去ってしまった。  実は翔には諒平に隠している事実があり——。 諒平(20)攻め。大学生。 翔(20) 受け。大学生。 慶介(21)翔と同じサークルの友人。

謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません

柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。 父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。 あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない? 前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。 そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。 「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」 今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。 「おはようミーシャ、今日も元気だね」 あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない? 義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け 9/2以降不定期更新

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

イケメン王子四兄弟に捕まって、女にされました。

天災
BL
 イケメン王子四兄弟に捕まりました。  僕は、女にされました。

婚約者は愛を見つけたらしいので、不要になった僕は君にあげる

カシナシ
BL
「アシリス、すまない。婚約を解消してくれ」 そう告げられて、僕は固まった。5歳から13年もの間、婚約者であるキール殿下に尽くしてきた努力は一体何だったのか? 殿下の隣には、可愛らしいオメガの男爵令息がいて……。 サクッとエロ&軽めざまぁ。 全10話+番外編(別視点)数話 本編約二万文字、完結しました。 ※HOTランキング最高位6位、頂きました。たくさんの閲覧、ありがとうございます! ※本作の数年後のココルとキールを描いた、 『訳ありオメガは罪の証を愛している』 も公開始めました。読む際は注意書きを良く読んで下さると幸いです!

処理中です...