上 下
116 / 165

第116話 王女とジュール

しおりを挟む
「……くっ、ジュール卿、このたびは私と、その側近の愚かな行為により、2年半以上もこの国を離れざるを得ない状況をつくりだし、大変反省しております……」

 シャルロット王女が俺に告げる。

 俺の記憶の中でのシャルロット王女は、まだもっと年若く、どちらかというと幼いという印象が強かった。だが、俺の目の前にいる19歳になった王女は、もうすっかり美しい大人の女性に変貌を遂げていた。
 その美しさは、見る者の心までも奪うようで、まさに聖女そのものだった。


「いえっ、もったいないお言葉でございます。もとは言えば、すべては私の不徳が致すところでございます。殿下にはご迷惑をおかけして……」

 俺は深々と首を垂れる。

「ジュール卿の殺害を画策した主犯のブロイは、一ヶ月以上の拷問の上処刑、その他かかわったものすべてを拷問の上、国外追放でよろしいでしょうか?」

「は……っ!?」

 鈴の鳴るような可愛らしい声で、とてつもなく恐ろしいことを告げられ、俺の身体は硬直した。


「拷問はどんな種類がお好みですか? 水責め? 何もない部屋に閉じ込めて徐々に衰弱させる? 薬を使った古来ゆかしい方法もありますわ。 城の地下には拷問器具もたくさんありますので、一度見学に……」

「いえっ! 拷問など、そのような残酷な処分は私は望みません! できれば、主犯のブロイに関しても、命は助けていただきたく……」

 俺の言葉に、シャルロット殿下は息を飲んでいた。


「まああああっ! ジュール卿はなんと、なんと寛大なお心をお持ちなんでしょう!」

「さすがはダンデス家の嫡男だけあるな。悪人にすら、情けをかけようという心意気は見事だ!」

 王女と王の誉め言葉に俺は首を振った。

「いえっ、俺はこの通り、元気にしておりますし、ブロイ氏もこの国を思っての犯行だったと聞いております。それは間違った行動ではありましたが、命をもって償わせるのは私は反対で……、あっ、申し訳ありません。俺は、大変無礼なことを……」

「いえいえ、良いのです。ジュール卿が大変心根の優しい青年だということがわかり、私も安心いたしましたわ」

 王妃が目を細めて俺を見る。


「あの……」

「これで私も、久方ぶりの王立学園の剣術大会を開くという決心がついたぞ!」

 王の言葉に、俺はドキリとした。

 ――王立学園の剣術の御前試合。


 そこでは、優勝したものは王に何でも願いを聞き遂げてもらうことができる……。

 だが、それは本当のところは建前で、実際は王女の結婚相手を国民に知らしめる場になるはずだ……と、オーバンは俺に教えてくれた。

 実際、その御前試合は、定期的に開催されるものなどではなく、歴史的にも王族への求婚のための華々しいイベントとなることが常であったらしい。

 事実、剣術大会の優勝候補は聖騎士であるテオドール以外にはおらず、ここでテオドールが優勝することで、彼の出自や王女との身分の違いに口を出す王の側近たちを形式上黙らせることができるというのだ。


「ああー、楽しみですわ。楽しみですわ! 黒の聖騎士が優勝し、会場一面が花吹雪に包まれる姿が目に浮かびますわ!」

 王女は羽の扇子を閉じ、うっとりと握りしめる。

 その後に行われる、テオドールからの求婚の様子を、夢見ているのだろうか…‥?


「シャルロット、そう浮かれるでないぞ。何事も準備が必要なのだからな」

「わかっておりますわ、お父様」

「というわけだから、その、なんだ……、うん、そなたは間違いのないよう段取りを進めるように。これはこの国にとっても大変重要な式典であるからな」

 王がいかめしく咳ばらいをする。


「……はい」

「ジュール卿もしっかり心づもりをしておいてくださいませね」

 ウキウキといった様子で、王女が俺に念を押す。

「……はい」

「ああーっ、ついに、ついに我が野望が実現っ! ジュール卿もすっかりその気でっ!?
それにしても、日焼けしたジュール卿、クルっ!!
危うく聖騎士団の全団員の夜のオカズになりかけたジュール卿の髪を伸ばしたところも見たかったけど、誰にも見せたくないから自ら切り落とすとか執着どんだけッ!?
ああ、でも、わかる、わかりますわ! こんなに無防備な姿を人目にさらしたら誰だって……!!
ああっ、なんでしょう、この胸の高鳴り! 久々の滾る感じはっ……! すぐに皆さまに報告せねばッ!
祭りよっ、祭り……、ああ、この際黒の聖騎士も招集して……」

 王女は急に立ち上がると、扇が壊れるのではないかと思うほど、ぎりぎりと両手で締め上げていた。

「おかず、祭り……? ……殿下?」

 うん……、やっぱり、シャルロット殿下は以前とあまりおかわりはないようだ。


「シャルロットっ!! はしたないですわ。あなた、そのおかしな言動を反省したと言ったのは嘘だったの!?」

 王妃は厳しい口調で王女をたしなめる。

「いえ、お母様、それとこれとは……っ! ……申し訳ありません」

 シャルロットは、慌てて椅子に座り直すと扇で顔を覆った。


「……とにかく、そなたは今後もしっかりと聖騎士・テオドールを支えていくように。いまや聖騎士は我が国の誇りである。
聖騎士の心の安寧は、すなわち国の安寧でもあるのだからな!」

「はっ。承知いたしました」



 結局、王との謁見もテオドールの話で締めくくられたのだった。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 謁見の間を出ると、なんと王宮の廊下のど真ん中で、テオドールがオーバンの首を締め上げているところだった。


「叔父様っ!!!!」

 テオドールは俺を見ると、オーバンを掴んでいた手を離す。その衝撃でオーバンは、赤い絨毯の床にドサリと倒れ込んだ。


「テオ? え、何で? っていうか、オーバン君っ!? 大丈夫っ!?」



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男は甥の前で当たり前の行動を取る

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

いつの間にか後輩に外堀を埋められていました

BL
2×××年。同性婚が認められて10年が経った現在。 後輩からいきなりプロポーズをされて....? あれ、俺たち付き合ってなかったよね? わんこ(を装った狼)イケメン×お人よし無自覚美人 続編更新中! 結婚して五年後のお話です。 妊娠、出産、育児。たくさん悩んでぶつかって、成長していく様子を見届けていただけたらと思います!

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

【完結】国に売られた僕は変態皇帝に育てられ寵妃になった

cyan
BL
陛下が町娘に手を出して生まれたのが僕。後宮で虐げられて生活していた僕は、とうとう他国に売られることになった。 一途なシオンと、皇帝のお話。 ※どんどん変態度が増すので苦手な方はお気を付けください。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

発禁状態異常と親友と

ミツミチ
BL
どエロい状態異常をかけられた身体を親友におねだりして慰めてもらう話

初恋を諦めるために惚れ薬を飲んだら寵妃になった僕のお話

トウ子
BL
惚れ薬を持たされて、故国のために皇帝の後宮に嫁いだ。後宮で皇帝ではない人に、初めての恋をしてしまった。初恋を諦めるために惚れ薬を飲んだら、きちんと皇帝を愛することができた。心からの愛を捧げたら皇帝にも愛されて、僕は寵妃になった。それだけの幸せなお話。 2022年の惚れ薬自飲BL企画参加作品。ムーンライトノベルズでも投稿しています。

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

処理中です...