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第108話 テオドールとプライド

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 お茶の時間が終わったところで、シャンタルから部屋に来るように言われた。

「ね、びっくりしたでしょう? もうこの家はテオドールに支配されているといっても過言ではないわ!」


 どうやら、この家の中でお姉様だけは俺の味方のようだった。
 シャンタルは俺にソファをすすめる。

 そういえば、お姉様の部屋に来るのも何年ぶりだろう。
 学園に通っていた頃は、よくここでお姉様に届いた恋文へのお断り状を代筆させられたものだ。
 ここだけは、何も変わっていないようで俺は安心した。


「そうだ、お姉様。俺の服を知りませんか? テオドールがこちらの家に持ってきているんじゃないかと思うんです」

 テオドールがこの本宅で暮らしていたというなら、こちらに俺を服を移していたのではないかと俺は考えた。

「あなたの服?」

「はい、別宅のクローゼットから昔俺が着ていた服が全部なくなっていて、代わりに新しい洋服がかけられていたんです」

「ああ……、そのことね、それは……」

 シャンタルは何かを言いかけて不意に口をつぐんだ。


「お姉様?」

「ジュール、あなた今着ている服、とても良く似合っているわ。生地もすごく上等よ」

 俺を見てシャンタルはニッコリと微笑む。

「はい! ありがとうございます」

「全部、テオドールが揃えたものよ」

「えっ、そうなんですか?」

 俺は驚いていた。帰ってくる俺のために、わざわざすべて新調してくれていたのだろうか?

「あの子ったら、聖騎士であることを利用して、王室御用達の洋品店なんか使っちゃって……、生地だって、最高級のものばかり……。私のドレスだって一着くらい作ってくれても良かったっていうのに……」

 なにかブツブツと言っているシャンタルお姉様。

「あのー、お姉様?」

「とにかくっ、そんなに新しくて素敵な服があるんだから、もういいじゃない。古い服のことなんて、もう忘れなさい!」

「でも、お気に入りの青い上着とか、着心地の良かったネグリジェとか……」

 俺の言葉に、シャンタルは怖い顔をした。

「忘れなさい! いいわね、ジュール。あと、古い服のことは、テオドールに聞いたら絶対ダメよ! あの子にも一応プライドってものがあるんですからねっ!」

「プライド?」

 なぜ俺の服と、テオドールのプライドが関係あるのか。

「あと、とにかく今日のところはテオドールの部屋に行っては絶対に駄目よ! テオドールにも知られたくないことや立ち入られたくないことがあるんですからねっ!」

「え、はい。そりゃ俺だってテオに黙って勝手に部屋に入ったりしません!」

 実はあとでこっそりテオドールのクローゼットを覗こうと思っていた俺は、シャンタルに完全に出鼻をくじかれてしまった。



 ーー結局、そのときの俺は、まだ何も知らないままだった。

 なぜ俺の古い服は消えたのか、そして、そのお気に入りの青い上着とネグリジェは一体どこにあるのか。
 そして……、その時のテオドールの部屋は一体どういう状態だったのか。

 今となっては、その時知らなくてよかったというべきか、……いや、知っていても知らなくても、結局は結末はおなじだったのだろうけど。

 ただ、今俺が思うことは、テオドールは俺が思っていたよりもずっと……。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 そして、連絡を受けたテオドールは、ダンデス家・本宅に帰ってきた。

 父親と母親は、数年ぶりに再会した息子の俺を見たときよりも、数段嬉しそうな顔をしてテオドールを迎え、俺はそれをジト目で見つめていた。

 漆黒の騎士服をまとったテオドールはやっぱりとんでもなく美しく、かつ威厳があり、それでいて慈愛に満ちていて、お母様はもちろんのこと、屋敷のメイドたちやお父様まで目がハートになっている有様だった……。

 そして俺の好物が揃えられたというディナーは、なぜか主菜が二品になっており、一つはたしかに俺の好物だったが、もう一つはテオドールの好物に変えられていた。


 ーーはっきり言って、もう何も信じられない!!!!



 結局、両親に泊まるようにしつこく言われたテオドールだったが、頑として俺と一緒に別宅に戻るといってきかなかった。

 俺は俺で、これ以上テオドールとのあからさまな処遇の格差を目のあたりにすることに耐えきれなかったので、これ幸いとテオドールと一緒に馬車に乗り込んだ。


「びっくりしたよ、テオ。お父様とすっかり仲良くなっていたんだね!」

 俺の言葉に、隣に座るテオドールは頬を赤らめた。

「ダンデス伯爵には、本当に良くしていただきました」


 テオドールの魅力の前には、あの朴念仁のお父様でさえ陥落したのか……。

 俺はため息をつく。だが……、次第になんだか可笑しくなってきた。


 父親がテオドールを見つめる瞳は、まるで恋する乙女のそれだった。
 俺が良く知る父親はいつも怒ったような顔をして、常に何かに対して不満を抱いている印象を俺に与えていた。何が面白くて毎日過ごしているんだろう、と不思議に思っていたことすらある。

 そのお父様が、あんな表情をするなんて!


「ははっ、あのお父様がっ……! 今思い出しても笑える!」


 今日の父親の表情はすごく優しくて、明るくて、楽しそうで……、そう、なにより幸せそうだった!!


「ふはっ、ははははっ!!」

 俺はこらえきれず腹を抱えて笑い出した。


「叔父様?」

 テオドールが不安げな顔をする。


「でも、それもこれもテオのおかげかな?」

 俺はテオドールの顔を覗き込んだ。

「?」

「俺、もしかしたら一生許してもらえないかもって思ってたんだ。ほら、俺ってマリユスの件でずっとお父様から勘当されてたんだよね。
あっ、このことはテオはもう知ってるのかな?
だからさ、今日、本宅に行くの、すごーく怖かったんだ。でもさ、マジで、笑えるよ。
みんな俺がしたことなんかどうでも良くなってて、テオのことしか考えてないんだからさ!
本当にテオってすごい! 聖騎士ってだけじゃなくて、俺にとってテオは……」


「叔父様にとって、俺は……、なんですか?」


 テオドールの真剣な瞳に、俺はどきりとする。

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