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第105話 お姉様とテオドール

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 テオドールが部屋から出ていったのを確かめてから、俺は枕に顔をうずめると、こらえきれず嗚咽を漏らした。

 涙はとめどなくあふれ、ずっと止まることはなかった。

 悲しくて、腹立たしくて……。
 
 テオドールは何も悪くない。
 悪いのは俺だ。これまでも、これからも……。





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 泣き疲れてそのまま眠ってしまったのか、気がつくと朝になっていた。
 しかも、すでにかなり日は高くなっている。
 テオドールは気を使って俺を起こさなかったのか、それとも……。

 肌はすっかり乾いていたが、俺は湯浴みをするために足音を立てずに階下へ向かった。
 
 そして俺は居間の前で足を止めた。中から言い争うような声が聞こえてきたからだ。


「だから……、私は最初から……って言ったでしょ!」

「でも、私は……、……なんです!」

「本当にどうしようもない……から、いったい、……で、……をどうするつもりなの!?」

「それでも私は……、……たいんです!」

「そんなこと、できるわけ……、だから……、……しかないんだから!
こんなことになるなら……、……だったのに!!」

 とぎれとぎれにしか声は聞こえてこない。
 どうやら中にいるのは、シャンタルとテオドールのようだった。

 二人は何かを激しく言い合っている。
 すぐにでもシャンタルに会いたかったが、俺はその場をそっと離れた。


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「ジュールっ! 会いたかったわ! お姉様がどれくらい心配したかわかる? あなたみたいに私に苦労をかける弟なんていないわよ!!
ほら、もっとよく顔をみせて! ああ、こんなに日に焼けて! でもちょっと逞しくなって、すっかり男らしくなったわね。素敵よ!
あとでゆっくりエディマでどんな暮らしをしていたかを聞かせて。……ああ、それより、時間がないわね。いまから本宅に向かうわよ。
お父様もお母様もあなたのことをずっと待ってるんだから!!」

 シャンタルは真っ赤な髪をなびかせると、勢いよく俺に飛びついてきた。
 そして俺に口をはさむすきをまったく与えず、一気に話し始めた。

「お姉様っ! え、あ、あの……、今から本宅へ!?」

「そうよ!」

 全くどこも何も変わっていないお姉様に、俺はちょっとほっとしていた。

「お父様は……、俺に会ってくださるの、ですか……?」

 あの事件から数年経っているとはいえ、俺はまだ勘当同然の身だった。

「ああ、お父様はもう大丈夫よ。今ではすっかり……、まあ、会えばわかるわよ。とにかく、お母様も貴方のことすごーく心配してたんだから。
もうすっかり着替えも済んだようだし、準備はいいわね。早く顔を見せにいきましょう!」

「シャンタル様、叔父様はまだ朝食も……」

「うっるさいわね! 負け犬のあなたは引っ込んでなさい、テオドール!!」

 シャンタルは凶暴な野犬のごとくテオドールに牙をむいた。


「お、お姉様っ!?」

 慌てる俺に、シャンタルはにっこりとほほ笑んだ。

「あ、あら、いいのよ。大丈夫なのよ、ジュール。お姉様とテオドールはちょっとした行き違いがあっただけ。
そう、よね!? テオドール!?」

「はい、シャンタル様……」

 シャンタルに睨みつけられ、しゅんとうなだれるテオドール。一体二人になにがあったのか。そもそも皆から、聖騎士とあがめられるテオドールを「負け犬」呼ばわりとは穏やかではない。

「ジュール、軽く朝食にして出発しましょう。テオドール、あなたはついてこなくていいですからね!」

「そんな、シャンタル様! 私もっ!」

「駄目よ、無理だわ、許しません! いいこと、テオドール、あなたはもう、余計なことはしないで! いいわねっ!?」

「はい、シャンタル様……」


「テオ……」

「いいのよ、ジュール。これでも聖騎士は忙しいの。さ、あなたは今すぐ聖教会に行ってきなさい。さあ、早く!」

「……」

 釈然としない顔をしながらも、テオドールはしぶしぶ席を立つ。


「叔父様、今日は早く戻りますから……」

「うん、テオ、行ってらっしゃい」

「叔父様も、ちゃんと、ここに、戻ってきてくださいね」

「わかってるよ。俺の家はここなんだから、当たり前だろ?」


 だが、シャンタルの来訪おかげで、テオドールと普通に話せたのも事実だった。

 また、あんな風にテオドールと仲たがいをしたくはない。



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「で、どうしてテオドールを拒んだの?」

 馬車に乗ってすぐ、シャンタルからの第一声。

「え……!?」

「テオドールはもう19歳よ。見た目も完璧だし、今や押しも押されもせぬ聖騎士様!
どうやらずっとジュールのことを慕っていたようだし、いったい何が不満なの!?」

 シャンタルは怒っているのか、あきれているのか、どちらともつかない声で俺に問いかける。


「お姉様? いったい、何を?」


「ああっ、もうっ……! だからっ、なんであなたは昨晩テオドールと寝なかったの!?
もしかして、エディマで出会ったとかいう、色気過剰な男のことが忘れられないとか言わないわよねっ!?」


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