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第101話 治療
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テオドールが俺の部屋を訪ねてきたのは、かなり夜が更けてからのことだった。
「叔父様、遅くなりました」
「いいよ。入って」
俺はすでに、用意されていた純白の絹のネグリジェに着替えていた。この寝間着にも俺に見覚えはなく、新しく揃えられたもののようだった。
「……っ!!」
夕食のときの格好のままだったテオドールは、俺を見て一瞬たじろいだ。
「あ、ごめん。もう寝るだけだと思って先に着替えちゃった。気になるならガウンを羽織ろうか?」
「いえっ! いいです! いいんですっ! どうか、どうかそのままで! その……、そのネグリジェ……、すごく、お似合いです」
なぜか頬を染め、俺から目を背けるようにして言うテオドール。
「ごめん、気を使わせちゃって。やっぱり、こんな高級な寝間着、俺には全然似合ってないよね。日に焼けちゃったし、なおさら……」
「そんなことはありませんっ!!」
テオドールの大きな声に、俺は目を見開いた。
「いえ……っ、その……、そのネグリジェは、俺が叔父様のために選んだものなので、その……、なんというか、着ていただけてとてもうれしいです!」
「そうなんだ! テオが選んでくれたんだ!」
俺はネグリジェの裾を少し持ち上げた。
「……くっ!!!!」
「すごくツルツルして良い手触りだね。センスもすごくいいし! ありがとう、テオ!」
「いえっ……」
テオドールは片手で口元を抑え、何かをこらえるようにしていた。
俺はテオドールを見上げた。
「テオ、本当に大きくなっちゃったね」
「まあ、毎日鍛えているので。騎士は身体が資本ですから」
「そっか、もう全然手も届かないや。これじゃテオドールの頭を撫で撫ですることも……」
俺はテオドールにむかって伸ばした手をハッと引っ込めた。
「叔父様?」
「ごめん、なんでもない」
オーバンから聞いた言葉が、俺の頭に残っていた。
ーーテオドールには、シャルロット殿下がいる。
それにテオドールはもう聖騎士だ。俺の保護など、必要ともしていない。
「傷の手当をしたいので、椅子にかけてもらえますか?」
テオドールは持ってきた籐のカゴをテーブルに置いた。そこには小さなガラス瓶がいくつか入っている。
「でもテオ、オーバン君が治してくれたから、もうどこにも傷はないよ」
椅子に座った俺のそばにひざまずいたテオドールは、その漆黒の瞳を俺に向けた。
「叔父様、手を出してください」
俺が両手を出すと、テオドールは俺の手に丁寧に軟膏を塗りつけていった。
「こんなにひどく荒れて……、ささくれもひどい」
だが、そういうテオドールの手も、所々に擦り傷や、まめがあった。きっと剣の鍛錬のせいだろう。
すっかり剣を扱う騎士の手になったテオドールに、俺の胸は苦しくなる。
「テオ、聖騎士になったいきさつ、聞かせて?」
俺が言うと、テオドールは俺の手に薬を塗り込みながら語りだした。
「あの指輪のおかげで、俺は叔父様がどこかで生きていることを知りました。だが、ブロイの工作のせいで、叔父様がまだ生きているということを誰も信じてはくれませんでした。だから、俺には力が必要になったんです。俺一人でも叔父様を探し出せる権力という力が!」
「それで、騎士団に入ったの?」
「ええ、セルジュの父親が騎士団長だったことと、シャルロット殿下に口添えしていただいたおかげで、すぐに騎士団にはいることができました。でも所詮は下っ端の騎士です。任務の時間外に、馬であたりを捜索したり、街で聞き込みをしたりすることくらいしか、できることはありませんでした。結局、叔父様への手がかりは何も見つけることができませんでした」
テオドールは俺の手に軟膏を塗り終えると、今度は頭を下げ、俺の室内履きを脱がせた。
「テオ!?」
「足先も、荒れているでしょう?」
有無も言わせず、足にも軟膏を塗りつけられる。たしかに、エディマでは裸足でいることも多かったので、俺の足の裏は擦り傷だらけだった。
「テオ……っ、くすぐったい……っ」
「騎士団の一員として限界を感じていたとき、シャンタル様がふと言われたのです。『聖騎士になったらすべてが解決する』と」
「シャンタル、お姉さまが?」
「シャンタル様としてはちょっとした思いつきだったのでしょう。ですが、私には天啓のように感じられました。聖騎士は聖教会だけに属し、騎士団も王宮ですら関与できない。聖騎士は聖騎士と言うだけで莫大な力を持っているのです」
「でも、聖騎士は……、んっ……!」
足の指先に円を書くように軟膏を塗られると、俺はがまんできず声を漏らした。
「試練を受けるのにたくさんの人に反対されました。最後はシャルロット殿下が国王陛下に直談判され、認められることができました。聖騎士に年齢制限を設けていなかったことを、王宮はとても後悔していましたが……。なにしろ、聖騎士の試練を受けるものがでたのも、200年ぶりということでしたので」
「200年!」
そうだ。聖騎士はだから伝説上の存在なのだ。
なぜなら、聖騎士になるためには、たった一人でドラゴンを倒さなければならないのだから!
「ああ、叔父様、そんな顔をしないでください。たしかに、ドラゴンは強敵でした。ですが、その昔は、ドラゴンを倒すことが騎士団の入団条件であったときすらあるのですよ!」
「でもそれは、みんなが魔法を使えて、騎士たちももっと強かった頃の話だろ!?
あっ、そこ……、そんなとこ、塗らなくて、いいっ、から……っ!」
「昔の人にできて、いまの俺にできないという話はありません」
「そう、だけどっ、でも、あっ! テオ、もう、いいからっ、あとは自分で……っ!」
「聖騎士になれた私は、聖騎士団を持つことが許されました。そこで、セルジュとオーバン、そして騎士団の年若い人材を引き入れ、叔父様の捜索に当たることができたんです」
テオドールが俺の足に軟膏を塗り終わった。ホッとする俺だったが、テオドールはなぜか俺をそのまま軽々と抱き上げた。
「ひゃっ、テオ、何?」
「ベッドまでお運びします」
ふかふかのベッドに落とされる。
足が軟膏でべとついているので、俺を歩かせないようにテオドールが気を利かせたのだろう。
「ありがとう、テオ」
「まだ、治療は終わっていません」
テオドールは俺の上に乗り上げると、ネグリジェの首元にある水色のリボンを解いた。
「叔父様、遅くなりました」
「いいよ。入って」
俺はすでに、用意されていた純白の絹のネグリジェに着替えていた。この寝間着にも俺に見覚えはなく、新しく揃えられたもののようだった。
「……っ!!」
夕食のときの格好のままだったテオドールは、俺を見て一瞬たじろいだ。
「あ、ごめん。もう寝るだけだと思って先に着替えちゃった。気になるならガウンを羽織ろうか?」
「いえっ! いいです! いいんですっ! どうか、どうかそのままで! その……、そのネグリジェ……、すごく、お似合いです」
なぜか頬を染め、俺から目を背けるようにして言うテオドール。
「ごめん、気を使わせちゃって。やっぱり、こんな高級な寝間着、俺には全然似合ってないよね。日に焼けちゃったし、なおさら……」
「そんなことはありませんっ!!」
テオドールの大きな声に、俺は目を見開いた。
「いえ……っ、その……、そのネグリジェは、俺が叔父様のために選んだものなので、その……、なんというか、着ていただけてとてもうれしいです!」
「そうなんだ! テオが選んでくれたんだ!」
俺はネグリジェの裾を少し持ち上げた。
「……くっ!!!!」
「すごくツルツルして良い手触りだね。センスもすごくいいし! ありがとう、テオ!」
「いえっ……」
テオドールは片手で口元を抑え、何かをこらえるようにしていた。
俺はテオドールを見上げた。
「テオ、本当に大きくなっちゃったね」
「まあ、毎日鍛えているので。騎士は身体が資本ですから」
「そっか、もう全然手も届かないや。これじゃテオドールの頭を撫で撫ですることも……」
俺はテオドールにむかって伸ばした手をハッと引っ込めた。
「叔父様?」
「ごめん、なんでもない」
オーバンから聞いた言葉が、俺の頭に残っていた。
ーーテオドールには、シャルロット殿下がいる。
それにテオドールはもう聖騎士だ。俺の保護など、必要ともしていない。
「傷の手当をしたいので、椅子にかけてもらえますか?」
テオドールは持ってきた籐のカゴをテーブルに置いた。そこには小さなガラス瓶がいくつか入っている。
「でもテオ、オーバン君が治してくれたから、もうどこにも傷はないよ」
椅子に座った俺のそばにひざまずいたテオドールは、その漆黒の瞳を俺に向けた。
「叔父様、手を出してください」
俺が両手を出すと、テオドールは俺の手に丁寧に軟膏を塗りつけていった。
「こんなにひどく荒れて……、ささくれもひどい」
だが、そういうテオドールの手も、所々に擦り傷や、まめがあった。きっと剣の鍛錬のせいだろう。
すっかり剣を扱う騎士の手になったテオドールに、俺の胸は苦しくなる。
「テオ、聖騎士になったいきさつ、聞かせて?」
俺が言うと、テオドールは俺の手に薬を塗り込みながら語りだした。
「あの指輪のおかげで、俺は叔父様がどこかで生きていることを知りました。だが、ブロイの工作のせいで、叔父様がまだ生きているということを誰も信じてはくれませんでした。だから、俺には力が必要になったんです。俺一人でも叔父様を探し出せる権力という力が!」
「それで、騎士団に入ったの?」
「ええ、セルジュの父親が騎士団長だったことと、シャルロット殿下に口添えしていただいたおかげで、すぐに騎士団にはいることができました。でも所詮は下っ端の騎士です。任務の時間外に、馬であたりを捜索したり、街で聞き込みをしたりすることくらいしか、できることはありませんでした。結局、叔父様への手がかりは何も見つけることができませんでした」
テオドールは俺の手に軟膏を塗り終えると、今度は頭を下げ、俺の室内履きを脱がせた。
「テオ!?」
「足先も、荒れているでしょう?」
有無も言わせず、足にも軟膏を塗りつけられる。たしかに、エディマでは裸足でいることも多かったので、俺の足の裏は擦り傷だらけだった。
「テオ……っ、くすぐったい……っ」
「騎士団の一員として限界を感じていたとき、シャンタル様がふと言われたのです。『聖騎士になったらすべてが解決する』と」
「シャンタル、お姉さまが?」
「シャンタル様としてはちょっとした思いつきだったのでしょう。ですが、私には天啓のように感じられました。聖騎士は聖教会だけに属し、騎士団も王宮ですら関与できない。聖騎士は聖騎士と言うだけで莫大な力を持っているのです」
「でも、聖騎士は……、んっ……!」
足の指先に円を書くように軟膏を塗られると、俺はがまんできず声を漏らした。
「試練を受けるのにたくさんの人に反対されました。最後はシャルロット殿下が国王陛下に直談判され、認められることができました。聖騎士に年齢制限を設けていなかったことを、王宮はとても後悔していましたが……。なにしろ、聖騎士の試練を受けるものがでたのも、200年ぶりということでしたので」
「200年!」
そうだ。聖騎士はだから伝説上の存在なのだ。
なぜなら、聖騎士になるためには、たった一人でドラゴンを倒さなければならないのだから!
「ああ、叔父様、そんな顔をしないでください。たしかに、ドラゴンは強敵でした。ですが、その昔は、ドラゴンを倒すことが騎士団の入団条件であったときすらあるのですよ!」
「でもそれは、みんなが魔法を使えて、騎士たちももっと強かった頃の話だろ!?
あっ、そこ……、そんなとこ、塗らなくて、いいっ、から……っ!」
「昔の人にできて、いまの俺にできないという話はありません」
「そう、だけどっ、でも、あっ! テオ、もう、いいからっ、あとは自分で……っ!」
「聖騎士になれた私は、聖騎士団を持つことが許されました。そこで、セルジュとオーバン、そして騎士団の年若い人材を引き入れ、叔父様の捜索に当たることができたんです」
テオドールが俺の足に軟膏を塗り終わった。ホッとする俺だったが、テオドールはなぜか俺をそのまま軽々と抱き上げた。
「ひゃっ、テオ、何?」
「ベッドまでお運びします」
ふかふかのベッドに落とされる。
足が軟膏でべとついているので、俺を歩かせないようにテオドールが気を利かせたのだろう。
「ありがとう、テオ」
「まだ、治療は終わっていません」
テオドールは俺の上に乗り上げると、ネグリジェの首元にある水色のリボンを解いた。
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