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第98話 知りたくない事実

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 馬車が砂漠を駆け抜け、無事国境を越えると、俺にとって懐かしい風景があたりに広がっていた。

 木々の緑、道端の草花。懐かしい街の香り。

 日差しはぐっと穏やかになり、頬を優しく包み込むような心地よい風が吹き抜けていった。

「叔父様、お支度もありますし、長旅でお疲れでしょうから、今日はゆっくりと屋敷でお休みください。
シャンタル様とご家族には先に事情は話しておりますので」

 ダンデス家の本宅ではなく、俺が住んでいた別宅に馬車はそのまま向かった。

 だが……、

 テオドールに付き添われ、懐かしい別宅に足を踏み入れた俺は、違和感を覚えた。



「テオ……、エマはどこにいるの? 誰もいないみたいだけど、テオはずっとここに一人で住んでたの?」

 部屋のなかは暗く、冷たかった。人のいた気配はない。
 整然とした空間が、俺の前に広がっていた。

 とても懐かしいのに、どこかが、何かが、違う……。


「すみません、叔父様。掃除は行き届いているはずですが、あまりに急いで出発したもので、帰ってからのことがすべて後回しになってしまいました。
使用人たちは今夜までに到着します。急いでお茶と湯浴みの準備をしますので、叔父様はくつろいでいてください」

 漆黒のマントと上着を脱ぎ捨てると、テオドールはそそくさと居間から立ち去ってしまう。

「テオ、大丈夫だよ。お茶の準備なら、俺が!」

「お願いですから叔父様は座っていてください!」

 懇願されるように言われると、俺としては従うしかなかった。


 いつものソファのいつもの席に腰掛けるが、なぜか落ち着かない気分だ。

 しばらくすると、テオドールは一人分のお茶とクッキーのセットをもってくると、俺の前に準備した。

「テオ? テオは……」

「叔父様、申し訳ありませんが、私は急ぎ王宮へ参ります。殿下に事の詳細をご報告したら、すぐに戻りますのでそれまでここでおくつろぎください。
湯浴みの準備もしております。着替えは叔父様の部屋にあるのでお好きなものをお選びください。
慌ただしくて申し訳ありません。では」

 まるで業務報告のように告げると、テオドールはまた聖騎士団の制服の上着とマントを手早く身につけた。

「テオ……!」

「すぐに戻ります。この屋敷自体は魔道具で結界を張っておりますのでどうかご心配なく!」

 そして俺の返事を待たずにテオドールは屋敷を出ていってしまった。



 聞きたいことがたくさんあった。
 言いたいことがたくさんあった。


 でも、テオドールはまるで俺を避けるみたいに、ここからいなくなった。

 なにか、言葉にできない寂寥感に俺の胸は苦しくなる。

 熱い紅茶のカップを手に取るが、口をつける気にならない。


 ーー何かが、おかしい。


 その時、誰もいないはずの居間の扉がノックされた。

 静かにドアを開けて入ってきたのは……、



「叔父様っ!」

「オーバン君!」

 オーバンはまだ聖騎士団の制服のままだった。
 マントだけを脱ぐと、当たり前のように俺の前に腰掛けてくる。


「ああ、そんなにびっくりした顔しないで!
たしかに結界はちゃんと張ってあったよ! でも魔道具ごときの結界じゃ、俺レベルには効き目ってないんだよね。
テオドールってば、久しぶりに叔父様に会えてちょっと舞い上がってるのかな? 
俺がここに来るかもっていう危機意識は働かなかったみたいだね」

「テオドールなら、王宮に急いで向かったよ」

「ふーん、やっぱりね。帰国一番シャルロットに会いに行ったか」

 オーバンはなにか含みのある言い方をした。


「オーバン君、俺、いまお茶いれるよ!」

 立ち上がろうとする俺を、オーバンは制した。

「いいよ。喉は乾いてない。それより、おりいってジュールに話があったんだ」

「そうなんだ。じゃあ、クッキーは?」

 俺はジャムクッキーの乗った皿をオーバンに示す。


「俺、シャルロットから婚約破棄されたから」

「え……?」

 俺は手に持っていたクッキーをぽとりと落とした。


「一体、いつ?」

「ジュールがいなくなってから、ちょっとしてから、かな?
もう2年半くらい経つのかな? シャルロットから直接言われたんだ。
ジュール、ジュールがいない間、本当にいろんなことがあったんだ。
テオドールが聖騎士になった経緯は、本人から聞いて!
俺はテオドールの勧めで、聖騎士団に入ったんだ。
俺の魔法は、戦いでもすごい武器になるって。あと、治癒魔法も使えることがわかってさ。
テオドールには本当に感謝してる。あいつはすごくいいやつだよ。
すごくいいやつで、それで……」

 オーバンは言葉を濁した。


「オーバン君、どうしたの? テオと、何かあったの?」

「どうせ、すぐにわかることだから先に教えておくよ。いま、王宮ではテオドールがシャルロットの結婚相手の最有力候補とされている」


「……!」

 俺の体をなにか冷たい衝撃が突き抜けていった。

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