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第96話 所有と独占

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 俺とテオドールが抱き合っているなか、礼拝堂の入り口ではセルジュとオーバンが押し寄せてくる人々をせき止めていた。


「散れっ、散れっ、見せもんじゃねーぞっ!! こらっ、このガキっ、噛みつくんじゃねえ!!」

「ああ、君、こっちの言葉もわかるんだよね!? じゃ、通訳してくれる?
ーーはーい、いい子のみんなはこっちに並んでね。大丈夫、ちゃーんと全員、聖騎士様と握手できるからね!
あっ、もちろん、そちらのお姉さんもどうぞどうぞ!
もう少ししたら、案内するんで、しばらくお待ちくださーい」


 教会への襲撃に驚いて駆けつけた村人たちが、ここにどうやら『聖騎士』が来ているらしい、と騒ぎ出した。
 そのため、今となってはもはや伝説上の存在である『聖騎士』を一目見ようと、村からたくさんの人が集まってきてしまったのだ。

「テオドール、いい加減もういいだろ? あとは国に戻ってからやってくれよ!」

 セルジュの苛立った声。

「みんな憧れの聖騎士様に会いたくて待ってるよ。叔父様は俺が見ておくから、早くみんなと握手してあげてよ! ファンサービスも聖騎士の務めだよね」

 オーバンの言葉に、テオドールは舌打ちして、俺から身体を離した。

「叔父様、すみません。しばらくお待ち下さい」

「すごいね、テオドール、本当に、聖騎士なんだ……」

 テオドールは黒の革手袋を脱ぎ捨てると、自らの左手の小指にはめていた指輪を抜き去った。

「叔父様、手を……」

「その指輪って……」

 見覚えがある黒い石がはまったその指輪。

 俺の形見として、国に残されていたものだ。

 やはりテオドールが持っていてくれていたのか……。



「もう二度とはずさないで」

 テオドールは言うと、俺の左手の薬指にその指輪をはめた。

「テオ……!」

 その時、セルジュとオーバンの制止を振り切って、礼拝堂に入ってくるものの姿があった。


「ジュールっ! 無事なのかっ!? 結界はっ!?」

「ファウロス!!」

 プラチナブロンドの髪を振り乱したその姿に、俺は立ち上がって駆け寄ろうとした。

 だが……、

「行かないで」

 強い力で、後ろから引き戻される。

「テオ……?」

「行かせない……」

 低く、テオドールは言うと、後ろから俺の身体を抱き込んだ。


「ジュール、そいつは、誰だ?」

 ファウロスは、顎を引きテオドールを睨みつけていた。


「離して、テオドール。大丈夫だから! ファウロス、あのね、この子は……」

「はじめまして。ファウロス・バラスカさんですね。私はジュール・ダンデスの甥、テオドール・ダンデスです」

 俺はそのときはじめてファウロスのファミリーネームを知った。


 テオドールはさらに強く俺を引き寄せた。まるで、ファウロスに見せつけるように。


「テオドール!? あんたが? まさか、あの魔石の指輪を贈ったのは……!」

「長らくの間、叔父を保護していただきありがとうございました。
これからは、私が叔父を守ります。ですので、こちらはお返ししておきます」

「テオ、ちょっと……っ!」

 テオドールは俺の耳たぶにあったピアスを、そっと引き抜いた。

「待てよ! あんたは、ジュールの甥っ子なんだろ!? それなのに、何で……」

 ファウロスはとても驚いている様子だった。

 テオドールは漆黒の瞳を、ファウロスに向けた。

「ああ、こちらもお返ししておきます。
ファウロスさんはとても魔力が強い方のようですね。そんな方に保護していただき、叔父もさぞかし安心だったでしょう」

 いいながら、テオドールは俺の長く伸びた髪を束ねていた紐を解いた。
 バサリと癖の強い髪が、俺の背中に散った。


「ですが、これ以上貴方にはご迷惑をおかけすることはできません。
叔父も幸い、私と共に国へ戻ると約束してくれました。これからは、片時も離れず私がそばにおりますので、どうかご安心を」

 テオドールは広がった俺の髪を、手のひらでゆっくりと撫でつけていった。


「テオ……、そんな言い方……」

「ははっ、まさか甥っ子が相手だったとは……。しかも聖騎士だって!?
たしかに、威嚇のオーラが半端ねえな。マジでビビるわ!
さすがに、これじゃどうやったって俺には勝ち目はない……か。
……ジュール、迎えが来てよかったな」

 ファウロスの口元が、苦しげに歪む。

「ファウロス……」

「指輪を……、ありがとうございました。あの指輪があったおかげで、私は叔父がどこかで生きていることを知ることができました。
叔父とまた再び会うことができたのも、貴方のおかげです」

 テオドールは、俺が身につけていたピアスと、髪紐をファウロスに渡すと、ファウロスに向かって敬礼した。

「いや……、俺も、もっと早くアンタに伝えてあげていればよかったな。手段をさがせば、ほかに方法はあったかもしれないのに……。
ジュール、すまなかった。俺のせいで長い間、この国に引き止めてしまった……」

「ファウロス、俺はっ……!」


「おい、テオドールっ! お前は仮にも聖騎士だろっ!? お前には血も涙もないのかっ!? 別れの抱擁ぐらいさせてやれ!」

 俺たちのやり取りを聞いていたのか、セルジュがこちらに振り向いて怒鳴った。

「おっ、セルジュもたまにはいいこと言うね! そうそう、聖騎士様! そんなにしっかり抱きしめておかなくても、もうジュール叔父様はどこにもいかないんだからさ、その人にお別れくらい言わせてあげなよ! 嫉妬深い男は、叔父様に嫌われるよー!」

「……クソっ! 相も変わらず余計なことを!」

 テオドールは眉間に深いシワを寄せ、しぶしぶといった様子で、俺を放した。

「叔父様、このまますぐにでも帰還したいと思っています。ですので、どうか手短に……」





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