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第91話 魔法のランタン
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気づくとこのエディマに来てから、あっという間に2年と数か月が過ぎていた。
この国の言葉も、日常会話くらいなら理解できるようになった。
教会の仕事を手伝う傍ら、ファウロスに言われて子供たちに簡単な算術や自分の国の言葉を教えたりもする。
畑仕事も板についてきて、定期的にベッドを共にしているファウロスによると、ここに来たころと比べると俺もすこしは逞しい体つきになったらしい。
肌は日に焼け、クセで波打つ髪は背中の半分近くまで伸びて、ファウロスに貰った紐で束ねている。
この国では男も女も髪を伸ばしている。俺が育った国では、男は短髪が普通で、長髪にしているものの多くは魔導士やそれに準じた職業に就くものだ。
屋敷に理髪師が習慣的に来るのが当たり前だった俺は、この国に来て髪を整えるのにも金がかかることを知った。
エディマで生活して俺は、今まで俺がいた環境で当たり前だったすべてのことが、それはとても貴重で、とても恵まれていたということを実感した。
「ジュールさん、こっちだよ!」
シモンが俺の手を引く。
ポルの村では祭りがおこなわれていた。
村の中心部には、たくさんの屋台がでており、あちこちからいい匂いがしてくる。
厚切りの肉や、揚げ菓子、果物や飴といった食べ物の店だけではなく、子どもが喜ぶような玩具を扱う店もたくさんあった。
俺は教会の子供たちを連れて、あちこちを見て回る。
光る石の店をのぞき込んでいると、後ろから肩をたたかれた。
「あら、ジュールじゃない。ねえ、ファウロスとはいつ別れるの?」
祭りのために着飾った村の娘たちが数人、あっという間に俺を取り囲む。
「ははっ、今のところまだ予定はない、かな?」
「いい加減、ファウロスを自由にしてよ!」
「そうよ! ファウロスはみんなのものなんだから!」
「えーっと……」
こんな感じで、俺が村を歩いていると、よく女性たちに冗談交じりに絡まれる。
それもこれも、ファウロスが俺のことを『真剣につきあっている唯一無二の恋人』だと周りに宣言しているせいだ。
実際のところ、身体の関係があるとはいえ、ファウロスと俺とは恋人といった甘ったるい関係ではない。
あえて言うならば、同士や相棒といった関係が近いだろう。だがそんな言い訳は女性たちには通用するはずもなく……。
「おいおい、やめておけよ。見ててわかるだろ。どっちかってーと、ファウロスの方がジュールに夢中なんだよ!」
店の男が、にやにやしながらひげを撫でる。
「うそよ! この男、絶対ファウロスに悪い魔法をかけたんだよ!」
「じゃなきゃ、あんなに女好きだったファウロスが男に夢中になるわけなんてない!」
「ジュール、早くファウロスにかけた魔法をといてよ!」
「えっと、俺は魔法が使えるほど魔力はなくて……」
女たちの迫力に、俺は一歩後ずさる。
ファウロスの恋人だと周知されることで、俺はその辺の男に絡まれる心配もないし、方々の店でもいろいろとサービスされたりとありがたいことも多い。
だが、村の娘たちや、娼館の女性たちの俺への当たりは確実にキツくなっている!!!!
「ジュールさん、ほら、あっち! ランタンの店が出てるよ!」
シモンが俺の手を引き、女性たちのなかから引っ張り出してくれた。
「あっ、ちょっと!」
「まだ話は終わってないんだから!」
「ファウロスにたまには店に来るよう言っておいてよ!」
「お姉さんたち、またね!」
いつも気の利くシモンは、こうして俺をいつも助けてくれる頼りになる存在だった。
シモンは、魔法の火で灯すランタンの店に、俺を連れて行った。
「このランタンに想いを乗せて飛ばすと、大切な人のもとに届けてくれるって言われているんです」
「へえ、すごくきれいだね」
臙脂のベールをかぶった初老の女性が、俺に一つのランタンを差し出してくる。
「うちのランタンは特別だよ。世界中どこへでも、想い人に愛を届けられるんだから。その上、愛が実ること間違いなし!
お兄さんも、おひとついかが?」
「世界中……、どこにでも……」
この小さなランタンが、まさか本当に砂漠を超えることなどできないだろう。手に取ったこのランタン自体にも、魔力はそれほど感じられない。
おそらくこのランタンは、ちょっとしたおまじないや願掛けといった側面が強いのだろう。
でも……。
今のところ国に戻る何の手立てもない俺は、このランタンにとても心惹かれた。
もし、このランタンが砂漠を超え、テオドールの元に届けば……。
――俺の気持ちが、伝えられるだろうか?
「一つ、ください」
俺の代わりに、シモンが銅貨を店の女性に渡していた。
「はい、ジュールさん。これで、ジュールさんの国の大切な人に、想いを届けて」
「でも、シモン、もっと他に欲しいものは……?」
シモンは首を振って、俺にランタンを押し付ける。
「僕からのプレゼントだよ」
「シモン……、ありがとう」
俺はシモンの優しさを素直に受け取ることにした。
「ランタンに乗せられるメッセージは一言だけだよ。届けたい人を思い浮かべて、魔力を込めて。
その想いが強ければ強いほど、ランタンは高く上がっていくよ!」
店の女性の説明に、俺は頷き魔力を込める。
――俺にもっと力があれば、遥かかなたまで、ランタンを飛ばすことができるのに……!
「そうそう、その調子だよ! いいねえ、ゾクゾクしてきたよ!
じゃあ、私からもサービスだよ。
火力強めで熱く、もっと熱く……、高く高く、飛ぶように……、さ、メッセージを乗せるんだ!」
俺の持つランタンに、思いのほか強い魔力が店の女性から注ぎ込まれる。
それと同時に、俺はきつく目を閉じ、指先に力を集める。
『――大好きだよ』
ランタンに熱い魔力がたまるのを待って、俺は両手を高く上げた。
そっと手を離すと、ランタンは上空へ高く、高くのぼっていった。
――この想いが、どうか届きますように。
この国の言葉も、日常会話くらいなら理解できるようになった。
教会の仕事を手伝う傍ら、ファウロスに言われて子供たちに簡単な算術や自分の国の言葉を教えたりもする。
畑仕事も板についてきて、定期的にベッドを共にしているファウロスによると、ここに来たころと比べると俺もすこしは逞しい体つきになったらしい。
肌は日に焼け、クセで波打つ髪は背中の半分近くまで伸びて、ファウロスに貰った紐で束ねている。
この国では男も女も髪を伸ばしている。俺が育った国では、男は短髪が普通で、長髪にしているものの多くは魔導士やそれに準じた職業に就くものだ。
屋敷に理髪師が習慣的に来るのが当たり前だった俺は、この国に来て髪を整えるのにも金がかかることを知った。
エディマで生活して俺は、今まで俺がいた環境で当たり前だったすべてのことが、それはとても貴重で、とても恵まれていたということを実感した。
「ジュールさん、こっちだよ!」
シモンが俺の手を引く。
ポルの村では祭りがおこなわれていた。
村の中心部には、たくさんの屋台がでており、あちこちからいい匂いがしてくる。
厚切りの肉や、揚げ菓子、果物や飴といった食べ物の店だけではなく、子どもが喜ぶような玩具を扱う店もたくさんあった。
俺は教会の子供たちを連れて、あちこちを見て回る。
光る石の店をのぞき込んでいると、後ろから肩をたたかれた。
「あら、ジュールじゃない。ねえ、ファウロスとはいつ別れるの?」
祭りのために着飾った村の娘たちが数人、あっという間に俺を取り囲む。
「ははっ、今のところまだ予定はない、かな?」
「いい加減、ファウロスを自由にしてよ!」
「そうよ! ファウロスはみんなのものなんだから!」
「えーっと……」
こんな感じで、俺が村を歩いていると、よく女性たちに冗談交じりに絡まれる。
それもこれも、ファウロスが俺のことを『真剣につきあっている唯一無二の恋人』だと周りに宣言しているせいだ。
実際のところ、身体の関係があるとはいえ、ファウロスと俺とは恋人といった甘ったるい関係ではない。
あえて言うならば、同士や相棒といった関係が近いだろう。だがそんな言い訳は女性たちには通用するはずもなく……。
「おいおい、やめておけよ。見ててわかるだろ。どっちかってーと、ファウロスの方がジュールに夢中なんだよ!」
店の男が、にやにやしながらひげを撫でる。
「うそよ! この男、絶対ファウロスに悪い魔法をかけたんだよ!」
「じゃなきゃ、あんなに女好きだったファウロスが男に夢中になるわけなんてない!」
「ジュール、早くファウロスにかけた魔法をといてよ!」
「えっと、俺は魔法が使えるほど魔力はなくて……」
女たちの迫力に、俺は一歩後ずさる。
ファウロスの恋人だと周知されることで、俺はその辺の男に絡まれる心配もないし、方々の店でもいろいろとサービスされたりとありがたいことも多い。
だが、村の娘たちや、娼館の女性たちの俺への当たりは確実にキツくなっている!!!!
「ジュールさん、ほら、あっち! ランタンの店が出てるよ!」
シモンが俺の手を引き、女性たちのなかから引っ張り出してくれた。
「あっ、ちょっと!」
「まだ話は終わってないんだから!」
「ファウロスにたまには店に来るよう言っておいてよ!」
「お姉さんたち、またね!」
いつも気の利くシモンは、こうして俺をいつも助けてくれる頼りになる存在だった。
シモンは、魔法の火で灯すランタンの店に、俺を連れて行った。
「このランタンに想いを乗せて飛ばすと、大切な人のもとに届けてくれるって言われているんです」
「へえ、すごくきれいだね」
臙脂のベールをかぶった初老の女性が、俺に一つのランタンを差し出してくる。
「うちのランタンは特別だよ。世界中どこへでも、想い人に愛を届けられるんだから。その上、愛が実ること間違いなし!
お兄さんも、おひとついかが?」
「世界中……、どこにでも……」
この小さなランタンが、まさか本当に砂漠を超えることなどできないだろう。手に取ったこのランタン自体にも、魔力はそれほど感じられない。
おそらくこのランタンは、ちょっとしたおまじないや願掛けといった側面が強いのだろう。
でも……。
今のところ国に戻る何の手立てもない俺は、このランタンにとても心惹かれた。
もし、このランタンが砂漠を超え、テオドールの元に届けば……。
――俺の気持ちが、伝えられるだろうか?
「一つ、ください」
俺の代わりに、シモンが銅貨を店の女性に渡していた。
「はい、ジュールさん。これで、ジュールさんの国の大切な人に、想いを届けて」
「でも、シモン、もっと他に欲しいものは……?」
シモンは首を振って、俺にランタンを押し付ける。
「僕からのプレゼントだよ」
「シモン……、ありがとう」
俺はシモンの優しさを素直に受け取ることにした。
「ランタンに乗せられるメッセージは一言だけだよ。届けたい人を思い浮かべて、魔力を込めて。
その想いが強ければ強いほど、ランタンは高く上がっていくよ!」
店の女性の説明に、俺は頷き魔力を込める。
――俺にもっと力があれば、遥かかなたまで、ランタンを飛ばすことができるのに……!
「そうそう、その調子だよ! いいねえ、ゾクゾクしてきたよ!
じゃあ、私からもサービスだよ。
火力強めで熱く、もっと熱く……、高く高く、飛ぶように……、さ、メッセージを乗せるんだ!」
俺の持つランタンに、思いのほか強い魔力が店の女性から注ぎ込まれる。
それと同時に、俺はきつく目を閉じ、指先に力を集める。
『――大好きだよ』
ランタンに熱い魔力がたまるのを待って、俺は両手を高く上げた。
そっと手を離すと、ランタンは上空へ高く、高くのぼっていった。
――この想いが、どうか届きますように。
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