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第84話 切迫した事情

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 ほどなくして、先ほどの女性はまるまると太った中年男性を連れて戻ってきた。

 その男性は俺をじろじろと観察したあと、赤いドレスの女性となにやら話し始めた。
 しばらく、早口での応酬が続いた後、男性はうなずくとスーツの胸ポケットの財布から銀貨を数枚取り出し、女性に渡した。

 そしてその太った男性は俺のそばまでやって来ると、満面の笑みで俺の尻をひと撫でした。

「ヒッ!」

 背中に悪寒が走る。

「良かったね、お兄さん、この人やっぱりお兄さんのこと気に入ったって。
この人、すぐそこのエゲツないプレイで有名な娼館のオーナーなんだ!
金ならあるから、気に入ったらきっと愛人にしてくれるよ」

「はいっ!?」

「はい、これあんたの取り分ね。銀貨2枚は紹介料としてもらっとくよ。
じゃ、しっかりやんな!」

 女性は無理やり俺に銀貨を握らせると、くるりと背を向けて立ち去ってしまった。

「ちょ、ちょっと待ってください! このお金は!」

「%’())&%%$#!!」

 女性を呼び止めようとした俺は、その男性に強く腕を引かれた。

「ヒエッ! あ、あのすみません、俺はそのっ!」

 男性は俺の腰にしっかりと手を回すと、強引に歩き始めた。

 俺はさあーっと血の気が引いていく。


 ーーもしかして、もしかしなくても俺、この人に買われちゃったの!?

 ーーそんでもって俺は、この人にエゲツないプレイとやらをされちゃうの!?




 ーーこのままではいけない!!

 俺は立ち止まり、腰に回された手を振りほどいた。


「#&%&””#>¥??」

 目の前の太った男性は俺になにか文句を言っているようだ。

 しかし、この褐色の肌の男性……、人種は違えど、見れば見るほど……、

 ーーかのペラム子爵にそっくり!!


 かつてまだ少年だった頃の俺にセクハラし、俺の可愛いテオドールを養子にして好き勝手しようとしたペラム子爵!
 目の前のこの異国の男性は、まさにエディマ版・ペラム子爵だった。

「大変申し訳ないのですが、俺、やっぱり無理です。ごめんなさいっ!」

 俺はさきほどの女性に握らされた銀貨を、男性に返そうと手を伸ばすが、男性はその手をぐっと掴むと、俺の身体を強い力で引き寄せた。

「ぐっ、うわあっ!」

 恰幅のいい男に抱き込まれ、首筋の匂いをクンクンと嗅がれる俺。
 全身に鳥肌がたった俺は暴れるが、相手の力が強すぎて離してもらえない。

「$###&%$!!!!」

「ぎゃあああああ!!!!」

 ぺろりと首筋を舐められ、俺は絶叫した。


 無理無理無理無理!!!!

 相手を選んでいる場合ではないし、相手を選べるような立場にないことは重々承知の上だが、それでも!

 絶対、ムリーーーー!!!!


 俺の尻をむんずと掴んだその手をなんとか外そうと、渾身の力を込めたその時、


「あれ?」

 目の前から男が瞬時に消えた。


 ーー魔法か?

 呆然とする俺の肩を、誰かが掴んだ。


「おい、ジュールっ! こんなところで一体なにやってるんだっ?」

 振り返ると、ハシバミ色の瞳が俺を睨みつけていた。


「ファウロスっ!!」



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 魔法で消えたと思った中年男性は、ファウロスの拳にふっ飛ばされていただけだった。

 怒鳴りながら地面から起き上がった男は、その場で仁王立ちするファウロスを見つけて顔色を変えた。

「$’()’’##%”!」

 慌てて男はなにか言うが、ファウロスがすぐさま強い口調で言い返すと、尻もちをつきながら逃げていってしまった。


 ーー助かった。


「ファウロス、ありがとう、その……」

「ジュール、まさか、あんた……、ああいうのがタイプなのか?」

 ファウロスのプラチナブロンドがさらさらと夜風にゆれていた。


「違うっ! 断じて違うっ」

「だよな。びっくりしたよ。あの男はこの界隈じゃ変態で有名な男だぜ。
ったく、あのまま連れ去られてたらどうなってたか……。
シモンに感謝しろよ! あいつが『ジュールさんがいない』って大騒ぎしたから俺が探しに来たんだ」

 あきれるような視線に俺はうつむいた。

「ごめん、ファウロス」

「どうせ道に迷ったんだろ?
シスターから全部聞いたよ。女を抱きにきたんだろ?
俺もちょうどあの店には不義理してたところだから、一緒に付き合ってやるよ」

 ニヤリと笑うと、ファウロスは俺の肩を抱いた。


「ところでジュールってどんな女がタイプなの? 俺が紹介してやるよ」

「いや、その、実は俺、そうではなくて……」

「年下? 年上? やっぱりジュールって年上の女に可愛がられるタイプ?」

「いえ、あの、つまりは……」

「胸と尻ならどっちを重視する? これって好みが分かれるんだよなー、俺は脚の綺麗な娘が……」

「……っ! 俺は男性を探してるんだっ!!」

 ファウロスの足が止まった。

「男……?」

 ファウロスが怪訝な表情で俺を見る。

「そう、男の、人……」

「え、そうなの……? ジュールって……」

 するりと、俺の肩からファウロスの腕が外れる。

「いや、俺は取り立てて、男性が好きだとか、女性が苦手だとか、そういうわけではないんだが、ことは急を要していて、つまりは俺はすぐにでも男に抱かれなければいけないんだっ!」

「は? なに、それ?」

「実は俺は……」

「わかった、ジュール! 心配するな」

 ファウロスは急に大きな声を出すと、俺の背中を励ますように叩いた。

「あんたの国じゃ、初めての相手が男ってのもよくある話らしいからな。
ジュール、あんたは女を抱いたことは?」

「ない、ない、けど……」

 そんなことは今は関係がなくて……!

「やっぱりな。この国のいい女を一度抱けば、ジュールもきっと考え直すよ。
女はいいぜ。柔らかくて、いい匂いがして、温かくて……。
男なんてやめておけよ。ゴツゴツして抱き心地も悪いだけだって。
大丈夫、俺がすごく優しい女をつけてやるから……」


 ーー駄目だ、このままじゃ平行線だ。

 俺が直面している問題は、異性愛とか同性愛とか、そういうのとは次元を超えた問題なのだ!

 ーーでもそれをどうやって説明すればいいのか……。



 そうこうしているうちに、地面がぐるぐると回り始めた。

 ーーまずい。そういえば、2日ほどまえから、食事もほとんど受け付けなくなっているんだった……!


「おいっ、ジュール、どうした!? あんた、顔色が……っ!」

 驚いた顔のファウロスが、ふらりと傾いだ俺の身体を支えた。


「……ファウロス、俺っ、淫紋のせいで、男の、精が、どうしても必要なんだ……」

 それだけ言うと、俺はついに意識を失ってしまった。




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