76 / 165
第76話 王女の婚約者
しおりを挟む
「なるほどな、だからテオドールのヤツ、学園であんなに機嫌が悪かったんだな……」
目の前のオーバンは、あきれたように俺を見る。
俺はうつむき、目の前のジャムクッキーに手を伸ばした。
「で、ケンカの原因は何だよ?」
俺は思わず、クッキーをのどに詰まらせそうになる。
「む、……言えない」
結局あれから5日たった今も、テオドールとはちゃんと話せていない。
どんなことがあっても続いていた、行ってきますとおかえりなさいのハグだってなくなっている。
「どうせ、くだらないことなんだろ? さっさと仲直りしろよ! こっちも迷惑なんだよな。あいつがむすっとしてるとシャルロットたちもうるさいし」
「ゴメン……」
「はーっ、そんな顏するくらいなら、ジュールから折れてやれよ! どうせあいつはジュール叔父様のことなら全肯定なんだからさ!
ごめんねって可愛く言って、頬っぺたをすりすりしてやればすぐに機嫌直るだろ!」
「でも、今回はそう簡単にはいかなさそうなんだよね……」
俺は紅茶のカップをそっと指で撫でた。
なんだかんだいって、オーバンとのこの「秘密の会合」もずいぶん長い間続いている。月に1回程度こうして秘密裡にお茶をしているだけなのだが、オーバンから聞けるテオドールでの学園での活躍ぶりは、俺にとっては貴重な情報だった。
「あーあ、……ったく、どいつもこいつも……、俺だって今大変な目に遭ってるってのに」
オーバンは天井を仰ぐ。
どうやらオーバンは甘いものが苦手らしい。だが、毎回俺のために、テーブルの上にはたくさんのお菓子を用意してくれている。そういうところもとても好感がもてるが、あいかわらずシャルロット王女の前ではなかなか素直になれないらしく、いつも俺は王女の愚痴を聞かされている。
「シャルロット殿下と何かあったの?」
俺の言葉に、オーバンはめずらしく顔を曇らせた。
「あのさ、俺、シャルロットの婚約者をおろされるかもしれない」
「おろされる……?」
オーバンは神妙な顔をして頷いた。
「シャルロットの魔力が規格外ってのは知ってるよな? だが、シャルロットは自身は、自分の魔力の強大さについてはあまり頓着していないらしい。最近はあんたやテオドールを追いかけまわすのに夢中だからな。国王陛下も、シャルロットが幸せならそれでいいっていう考えだ。だが、古参の大臣たちの考えは違う。シャルロットは国の宝だ、とかなんとかいって、昔から信奉してるんだ。そして、その魔力をシャルロットの子どもに引き継がすのが、自分たちの使命だ、とかなんとか……。で、家柄は良くても、魔力量はそこそこしかない俺は、シャルロットの結婚相手としては不足なんだってさ……」
「そんな、酷い……!」
まるでシャルロット王女とその子どもを、自分たちのために利用しようとしているように聞こえる。
「最近シャルロットの魔力量がさらに増えたんだ。多分、成長が止まる20歳過ぎくらいまでは増え続けるんじゃないかな? それを知った大臣の爺さんたちは大喜びでさ! 最近じゃ、シャルロットのことを聖女扱いしてるんだ。やばいよ、アイツら、マジで……。だから今王宮では、シャルロットの新しい婚約者として、魔力の強い魔導士たちの名前があがってる……。家柄や血筋よりも、魔力の継承を優先させるべきだってね」
「勝手に婚約者を代えるなんて! シャルロット殿下の気持はどうなるんだよっ!」
俺は思わず大声を出していた。
オーバンはため息をつく。
「今はまだ水面下で動いているだけだが、そのうち、国王陛下に進言するやつがでてくるだろう。俺の父上は絶対に反対するって言ってたけど、どうなるか……」
「オーバン君のシャルロット殿下への気持は本物だよ! 俺が証明するっ!」
オーバンは俺の手を取った。
「ありがとう、ジュール。やっぱりあんただけだよ。俺のことをわかってくれてるのは!」
「オーバン君っ! 俺はいつも君の味方だよ!」
俺たちはしっかり手を握り合った。
――だが、そんな俺たち二人の真の目的は、テオドールとシャルロット王女の結婚なのだから、まったくもって訳が分からない……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
帰り際にオーバンに念を押された。
「ジュール、あんたも身の回りには気を付けた方がいい。あんまり一人で出歩かない方がいいぞ。
王都に出るときは、護衛にテオドールを連れて行くように!」
「またまたぁ、大げさだなあ、オーバン君は! 俺なんて、誰に狙われるんだよ!」
へらりと笑う俺に、オーバンは怖い顔をした。
「学園ではシャルロットに言い寄ってた男がつぎつぎ尋問にかけられてるんだ。まあどれも、大事にはなってないみたいだけど……。
あんたが思ってるより、ことは重大だぞ!」
「……わかった。気を付けるよ、オーバン君」
だが、その時の俺は、オーバンに言われたことをたいして気に留めておらず、他人事のように感じていた。
――だから結局、オーバンの警告を無視した俺は、取り返しのつかない事態に巻き込まれることになってしまったのだ……。
目の前のオーバンは、あきれたように俺を見る。
俺はうつむき、目の前のジャムクッキーに手を伸ばした。
「で、ケンカの原因は何だよ?」
俺は思わず、クッキーをのどに詰まらせそうになる。
「む、……言えない」
結局あれから5日たった今も、テオドールとはちゃんと話せていない。
どんなことがあっても続いていた、行ってきますとおかえりなさいのハグだってなくなっている。
「どうせ、くだらないことなんだろ? さっさと仲直りしろよ! こっちも迷惑なんだよな。あいつがむすっとしてるとシャルロットたちもうるさいし」
「ゴメン……」
「はーっ、そんな顏するくらいなら、ジュールから折れてやれよ! どうせあいつはジュール叔父様のことなら全肯定なんだからさ!
ごめんねって可愛く言って、頬っぺたをすりすりしてやればすぐに機嫌直るだろ!」
「でも、今回はそう簡単にはいかなさそうなんだよね……」
俺は紅茶のカップをそっと指で撫でた。
なんだかんだいって、オーバンとのこの「秘密の会合」もずいぶん長い間続いている。月に1回程度こうして秘密裡にお茶をしているだけなのだが、オーバンから聞けるテオドールでの学園での活躍ぶりは、俺にとっては貴重な情報だった。
「あーあ、……ったく、どいつもこいつも……、俺だって今大変な目に遭ってるってのに」
オーバンは天井を仰ぐ。
どうやらオーバンは甘いものが苦手らしい。だが、毎回俺のために、テーブルの上にはたくさんのお菓子を用意してくれている。そういうところもとても好感がもてるが、あいかわらずシャルロット王女の前ではなかなか素直になれないらしく、いつも俺は王女の愚痴を聞かされている。
「シャルロット殿下と何かあったの?」
俺の言葉に、オーバンはめずらしく顔を曇らせた。
「あのさ、俺、シャルロットの婚約者をおろされるかもしれない」
「おろされる……?」
オーバンは神妙な顔をして頷いた。
「シャルロットの魔力が規格外ってのは知ってるよな? だが、シャルロットは自身は、自分の魔力の強大さについてはあまり頓着していないらしい。最近はあんたやテオドールを追いかけまわすのに夢中だからな。国王陛下も、シャルロットが幸せならそれでいいっていう考えだ。だが、古参の大臣たちの考えは違う。シャルロットは国の宝だ、とかなんとかいって、昔から信奉してるんだ。そして、その魔力をシャルロットの子どもに引き継がすのが、自分たちの使命だ、とかなんとか……。で、家柄は良くても、魔力量はそこそこしかない俺は、シャルロットの結婚相手としては不足なんだってさ……」
「そんな、酷い……!」
まるでシャルロット王女とその子どもを、自分たちのために利用しようとしているように聞こえる。
「最近シャルロットの魔力量がさらに増えたんだ。多分、成長が止まる20歳過ぎくらいまでは増え続けるんじゃないかな? それを知った大臣の爺さんたちは大喜びでさ! 最近じゃ、シャルロットのことを聖女扱いしてるんだ。やばいよ、アイツら、マジで……。だから今王宮では、シャルロットの新しい婚約者として、魔力の強い魔導士たちの名前があがってる……。家柄や血筋よりも、魔力の継承を優先させるべきだってね」
「勝手に婚約者を代えるなんて! シャルロット殿下の気持はどうなるんだよっ!」
俺は思わず大声を出していた。
オーバンはため息をつく。
「今はまだ水面下で動いているだけだが、そのうち、国王陛下に進言するやつがでてくるだろう。俺の父上は絶対に反対するって言ってたけど、どうなるか……」
「オーバン君のシャルロット殿下への気持は本物だよ! 俺が証明するっ!」
オーバンは俺の手を取った。
「ありがとう、ジュール。やっぱりあんただけだよ。俺のことをわかってくれてるのは!」
「オーバン君っ! 俺はいつも君の味方だよ!」
俺たちはしっかり手を握り合った。
――だが、そんな俺たち二人の真の目的は、テオドールとシャルロット王女の結婚なのだから、まったくもって訳が分からない……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
帰り際にオーバンに念を押された。
「ジュール、あんたも身の回りには気を付けた方がいい。あんまり一人で出歩かない方がいいぞ。
王都に出るときは、護衛にテオドールを連れて行くように!」
「またまたぁ、大げさだなあ、オーバン君は! 俺なんて、誰に狙われるんだよ!」
へらりと笑う俺に、オーバンは怖い顔をした。
「学園ではシャルロットに言い寄ってた男がつぎつぎ尋問にかけられてるんだ。まあどれも、大事にはなってないみたいだけど……。
あんたが思ってるより、ことは重大だぞ!」
「……わかった。気を付けるよ、オーバン君」
だが、その時の俺は、オーバンに言われたことをたいして気に留めておらず、他人事のように感じていた。
――だから結局、オーバンの警告を無視した俺は、取り返しのつかない事態に巻き込まれることになってしまったのだ……。
82
お気に入りに追加
1,463
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
【完結】愛執 ~愛されたい子供を拾って溺愛したのは邪神でした~
綾雅(要らない悪役令嬢1巻重版)
BL
「なんだ、お前。鎖で繋がれてるのかよ! ひでぇな」
洞窟の神殿に鎖で繋がれた子供は、愛情も温もりも知らずに育った。
子供が欲しかったのは、自分を抱き締めてくれる腕――誰も与えてくれない温もりをくれたのは、人間ではなくて邪神。人間に害をなすとされた破壊神は、純粋な子供に絆され、子供に名をつけて溺愛し始める。
人のフリを長く続けたが愛情を理解できなかった破壊神と、初めての愛情を貪欲に欲しがる物知らぬ子供。愛を知らぬ者同士が徐々に惹かれ合う、ひたすら甘くて切ない恋物語。
「僕ね、セティのこと大好きだよ」
【注意事項】BL、R15、性的描写あり(※印)
【重複投稿】アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、エブリスタ
【完結】2021/9/13
※2020/11/01 エブリスタ BLカテゴリー6位
※2021/09/09 エブリスタ、BLカテゴリー2位
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。
きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。
私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。
だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。
なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて?
全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです!
※「小説家になろう」様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる