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第73話 懐かしい顔
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「お久しぶりです、ジュール様」
甘く低い声。少し前まで、俺がずっと恋焦がれていた声だ。
抱きしめられると品のいい香水が、ふわりと香った。
銀色の長い髪が、はらりと肩から落ちる。
「久しぶりだね。アンドレ。今日はわざわざありがとう。ごめんね、無理言って」
俺の連絡に、アンドレはすぐに反応してくれた。
「何をおっしゃるんです? 前にも言いましたよね。いつでも頼ってください、と」
人差し指でさっと唇を撫でられた。
こういう仕草、変わっていない。
「俺の言った通り、できるかな?」
「もちろん、私を誰だと思っているんです。しかし……」
美しいアクアブルーの瞳が俺をのぞき込んだ。
「ジュール様は本当にいいんですか? 後悔しませんか?」
「……しない」
俺は顎を引いた。
これは俺の贖罪なんだ……。
エリオットからしめされた場所は、王宮の側にある敷居の高いレストランだった。
馬車を降りた俺とアンドレは、今二人でその場所に向かっている。
「知っていますか? あそこは王都でも有名なところなんですよ。
かならずプロポーズが上手くいくと評判のレストラン!
まあ、貴族の方限定でしょうが……」
ほほ笑むアンドレに、俺は顔をしかめた。
「プロポーズ? ありえないよ、だって……」
エリオットから渡された封筒に入っていたカードに、俺は目を落とした。
内容はいたってシンプル。時間と場所が示されているだけだ。
末尾には、エリオットの流麗な文字でサインがしてある。
「なぜジュール様はその可能性を否定されるのでしょう?
私は貴族社会のプロポーズのルールは良く存じませんが、そのような招待状をもらって
しかるべき場所で婚姻の申込を受けるというのは、古来ゆかしい方法であると聞いたことがあります。
伝統を重んじるエリオット・ヴァロア様らしいやり方といえばいいでしょうか?」
「そんなわけない。だって、エリオット先輩が俺のこと、好きなわけないし……」
「好きでもない人間と1年以上もエリオット様は関係を続けてこられたのですか?
効率を重んじるエリオット様にはふさわしくない行動に私には思えますが……。
ジュール様は、エリオット様に好意を示されたことは? 例えばあの最中や、事後に愛してる、と言われたことはありますか?」
「む……、愛してる、はない、たぶん…‥、でも」
「でも?」
穏やかな瞳に、俺はうろたえてしまう。
「でも、でもさ、そういうことしてる時って、つい言っちゃうよね? 好きだとかさ、もっとだとかさ!
だから、俺もそうだったけど、エリオット先輩だって、きっとそういう感じで言っただけであって……」
俺の言葉に、アンドレはくすっと笑った。
「本当に、貴方という人は……。こういうことを聞かされて、私がもう何も思わないとでも?」
言うとアンドレは、隣を歩く俺の肩を抱き寄せた。
「あ、アンドレっ……」
「ほら、もっと私に身を寄せてください。もうすでに始まっているんですよ。
ぎくしゃくしていては、嘘だと見抜かれてしまいます」
「……っ、だって!」
「状況はだいたいわかりました。同じ男としては、エリオット・ヴァロア様に心から同情しますがね。
しかし、婚約者がジュール様のところまで出張ってきたということは、彼女もそれなりに逼迫した状況なのでしょう。
そして私個人としては、もちろんうれしくもあります。こうやってまた、貴方が私を頼ってくれた」
アンドレに腰のあたりを撫でられ、俺の身体はピクリと反応した。
「駄目、だよ…‥アンドレ、だって、俺たちは……」
「わかっています。私はいつだって、貴方のお気持ちを一番に尊重いたします。
……おや、ジュール様、その指輪は?」
アンドレが俺の左手を握った。
「ああ、これ。テオドールがくれたんだ。学園の魔法の授業で作ったんだって」
俺は左手を太陽に透かした。
「美しい守護石ですね。……驚きました。テオドール様は魔導士になられるのですか?」
「いや、テオドールは騎士になるんだよ」
「へえ、それにしては、授業で制作するにしてはずいぶんと手の込んだ……、これはまた……、なんとも……」
アンドレは俺の指に嵌った黒い守護石をしげしげと観察した。
「え、何? なにかあるの、アンドレ?」
「いえ、何も……、ただ」
アンドレは俺の頬を愛しげに撫でた。
「ただ?」
「少し寂しい気持ちになっただけです。ジュール様、もしかしたらジュール様の運命のお相手は、案外すぐそばにいるのかもしれませんね」
「え……?」
「今はまだ、わからなくていいですよ」
そう言ってアンドレは、俺を優しく見つめた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
甘く低い声。少し前まで、俺がずっと恋焦がれていた声だ。
抱きしめられると品のいい香水が、ふわりと香った。
銀色の長い髪が、はらりと肩から落ちる。
「久しぶりだね。アンドレ。今日はわざわざありがとう。ごめんね、無理言って」
俺の連絡に、アンドレはすぐに反応してくれた。
「何をおっしゃるんです? 前にも言いましたよね。いつでも頼ってください、と」
人差し指でさっと唇を撫でられた。
こういう仕草、変わっていない。
「俺の言った通り、できるかな?」
「もちろん、私を誰だと思っているんです。しかし……」
美しいアクアブルーの瞳が俺をのぞき込んだ。
「ジュール様は本当にいいんですか? 後悔しませんか?」
「……しない」
俺は顎を引いた。
これは俺の贖罪なんだ……。
エリオットからしめされた場所は、王宮の側にある敷居の高いレストランだった。
馬車を降りた俺とアンドレは、今二人でその場所に向かっている。
「知っていますか? あそこは王都でも有名なところなんですよ。
かならずプロポーズが上手くいくと評判のレストラン!
まあ、貴族の方限定でしょうが……」
ほほ笑むアンドレに、俺は顔をしかめた。
「プロポーズ? ありえないよ、だって……」
エリオットから渡された封筒に入っていたカードに、俺は目を落とした。
内容はいたってシンプル。時間と場所が示されているだけだ。
末尾には、エリオットの流麗な文字でサインがしてある。
「なぜジュール様はその可能性を否定されるのでしょう?
私は貴族社会のプロポーズのルールは良く存じませんが、そのような招待状をもらって
しかるべき場所で婚姻の申込を受けるというのは、古来ゆかしい方法であると聞いたことがあります。
伝統を重んじるエリオット・ヴァロア様らしいやり方といえばいいでしょうか?」
「そんなわけない。だって、エリオット先輩が俺のこと、好きなわけないし……」
「好きでもない人間と1年以上もエリオット様は関係を続けてこられたのですか?
効率を重んじるエリオット様にはふさわしくない行動に私には思えますが……。
ジュール様は、エリオット様に好意を示されたことは? 例えばあの最中や、事後に愛してる、と言われたことはありますか?」
「む……、愛してる、はない、たぶん…‥、でも」
「でも?」
穏やかな瞳に、俺はうろたえてしまう。
「でも、でもさ、そういうことしてる時って、つい言っちゃうよね? 好きだとかさ、もっとだとかさ!
だから、俺もそうだったけど、エリオット先輩だって、きっとそういう感じで言っただけであって……」
俺の言葉に、アンドレはくすっと笑った。
「本当に、貴方という人は……。こういうことを聞かされて、私がもう何も思わないとでも?」
言うとアンドレは、隣を歩く俺の肩を抱き寄せた。
「あ、アンドレっ……」
「ほら、もっと私に身を寄せてください。もうすでに始まっているんですよ。
ぎくしゃくしていては、嘘だと見抜かれてしまいます」
「……っ、だって!」
「状況はだいたいわかりました。同じ男としては、エリオット・ヴァロア様に心から同情しますがね。
しかし、婚約者がジュール様のところまで出張ってきたということは、彼女もそれなりに逼迫した状況なのでしょう。
そして私個人としては、もちろんうれしくもあります。こうやってまた、貴方が私を頼ってくれた」
アンドレに腰のあたりを撫でられ、俺の身体はピクリと反応した。
「駄目、だよ…‥アンドレ、だって、俺たちは……」
「わかっています。私はいつだって、貴方のお気持ちを一番に尊重いたします。
……おや、ジュール様、その指輪は?」
アンドレが俺の左手を握った。
「ああ、これ。テオドールがくれたんだ。学園の魔法の授業で作ったんだって」
俺は左手を太陽に透かした。
「美しい守護石ですね。……驚きました。テオドール様は魔導士になられるのですか?」
「いや、テオドールは騎士になるんだよ」
「へえ、それにしては、授業で制作するにしてはずいぶんと手の込んだ……、これはまた……、なんとも……」
アンドレは俺の指に嵌った黒い守護石をしげしげと観察した。
「え、何? なにかあるの、アンドレ?」
「いえ、何も……、ただ」
アンドレは俺の頬を愛しげに撫でた。
「ただ?」
「少し寂しい気持ちになっただけです。ジュール様、もしかしたらジュール様の運命のお相手は、案外すぐそばにいるのかもしれませんね」
「え……?」
「今はまだ、わからなくていいですよ」
そう言ってアンドレは、俺を優しく見つめた。
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